オリジナルコテージ
リカントロードを倒した後、ボク達は周辺の安全を確認し終えると、優夏に事の顛末を詳しく説明した。
主に説明していたのはアルさんで、ボクはというと、改めて自分のやるべきことを再確認しながら一緒に説明を聞いていた。
優夏は説明を受けながら、自分の体験したことと照らし合わせているのか、驚いたり苦々しそうな顔をしていた。
しかし、優夏の中で、どうにか折り合いをつけたらしく、渋々といった感じで納得したようだった。
「はぁ…お兄ちゃんが呼び出されるのに巻き込まれたなんて…」
「え~と…なんか色々とごめんな優夏」
頭を抱えている優夏を見るといたたまれなくなり、ボクは誤ることしか出来ない。
「いや、お兄ちゃんが誤ることじゃないよ。それはさっきアルさんも言ってたけど、お兄ちゃんだって巻き込まれた側なんだしさ」
「そうだぞミネルバ。君は悪くない。非は我々にあるんだ。それなのにも関わらず君は自分達のためという理由はあるが、私たちに協力してくれると言った。私自身、それだけでどれだけ気持ちが救われたことか…」
アルさんがボクを見て、申し訳なさと感謝の気持ちが入り混じった微妙な微笑を向けてくる。
こんな表情を向けられ慣れていないボクは気恥ずかしくなってしまい、照れて俯くと、「でも」と優夏が続く言葉を発する。
「こんなことになるなんて思ってもいなかったけど、お兄ちゃんで良かったとも思ってるんだよね」
「ん?それはどういう意味で?」
いまいち要領を得ない言い回しをした優夏に問いかける。
「だって、お兄ちゃんだからこそ、その素材集めのお手伝いをするって言えたんだろうし、仮に巻き込まれたのが私じゃなくてもお兄ちゃんは助けたでしょ?」
「いや…まぁ…どうかな?」
面と向かって言われると、正直自分でも何故こんなアクティブな行動をしているのか分からなかった。そのため、言葉を濁していると、優夏ははっきりと言い切った。
「助けるよ。だってお兄ちゃんは自分のことは後回しで、困ってる人を放って置けない人だもん。お兄ちゃんに助けられたって人、FLOでも沢山いたし」
「いや、それは成り行きというか仕方なくというか…」
「でも結果的に助けてるじゃない」
まったく…敵わないな…
一つため息をつき、項垂れて降参の意を示すと、満足そうに優夏は微笑んだ。
「仲が良いんだな君達は」
ボク達のやり取りを見ていたアルさんの一言に優夏が嬉しそうに答える。
「私の自慢の兄ですから」
「ふむ。いいことだな…ところで、さっきから気になっていたのだがな?」
「どうかしましたか?」
アルさんが改まって首を傾げている。
気になって、ボクが聞き返すと
「優夏、君は何故、ミネルバを『お兄ちゃん』と呼ぶのだ?ミネルバは女の子なのだから、そこは『お姉ちゃん』が正しいのではないか?」
ボクは固まった。
表情、思考、動作、ボクのありとあらゆる物が見事にフリーズした。
出来ることならそこには触れて欲しくなかったのだが…
フリーズしているボクを見て、優夏が代わりにアルさんに説明すると、聞き終えたアルさんはボクに向き直り、ボクの両肩を掴むと
「二重の意味で…本当にすまない!!」
深く頭を下げて、本当に申し訳なさそうに、全力でボクに謝罪してくるのだった。
そんなやり取りをしていたところ、どこに行っていたのか、アテナが両手で何かを抱えて持ってきた。
「ネルたん、はいコレ」
「何コレ?というかどこに行ってたんだ?一人で歩き回っちゃ危ないだろう」
いくら周囲に危険を感じなかったとはいえ、一人で行動していたアテナを軽く叱る。
それにしてもアテナが持って来たコレは何だろう?
水晶のような丸い石で、色は濁った赤色。
手に持ち眺めていると、それが何なのかアルさんが教えてくれた。
「それは魔晶石。簡単に言えば魔物の核のようなものだ。核といってもそれ自体には何の能力も無いから心配無用だ」
大きさは直径およそ20センチ程で、結構大きい。
「おそらく、リカントロードの魔晶石だろう。ここまでの大きさのものも珍しいが…何にせよ、近々役に立つだろうから持っていろ」
ふむ…
役に立つのかどうか、こちらの知識の無いボクは言われるがままインベントリにしまう。
確認すると確かに『RLの魔晶石』という名称で収まっていた。
補足として、これは素材アイテムらしい。
「さて、ここでずっとこうしていても仕方ない。かなり距離はあるが、セントマルクスに向かうぞ」
「「セントマルクス?」」
聞き慣れない単語に、ボクと優夏は口を合わせて首を傾げる。
すると、アルさんも察したのか説明を加えてくれた。
「セントマルクスはこの大陸『セントラルポートピア』の中央都市で王都とも呼ばれている。他の街や村にもあるんだが、そこにはこの大陸で一番大きな冒険者ギルドがあるんだ。君達もこの世界を歩き回ることになるなら、信用の置ける場所に所属しておいた方がいい」
つまり、アルさんはボク達二人を、その冒険者ギルドに登録させたいらしい。
ボクの認識が間違っていなければ、冒険者ギルドは様々なゲームにも存在しているものと同じ役割を果たす団体だろう。
主な役割として、冒険者への仕事の依頼や斡旋、サポートを行っている組合のようなものであり、依頼をこなした場合に、成功報酬としてお金やアイテムなどを代価として支払う。
そういったものと思い、アルさんに確認すると「その通りだ」と肯定される。
「しかしそれだけではない。私達が作ろうとしている送還装置の素材は、そのほとんどが厳しい環境の中にあるものなんだが、場所によってはギルドが管轄している場所もあり、許可が下りなければ立ち入れない場所もあるのだ」
なるほど…
登録させようとしているのは主にこれが理由だろう。
それに絶対に安全とは言い切れないが、サポートがあるのと無いのではまったく話が変わってくる。
何事も命あっての物種だ。
いのちだいじに
コレ重要。
そんな会話をしながら森の中を歩いていると、水のせせらぎが聞こえ、そちらに向かうと開けた場所になっており、中央に大きな湖がある神聖な空気に包まれた空間に到着した。
「ふむ…どうやらここは安全区域のようだな。陽も傾いてきているし、今日はここで休むことにしよう」
「はぁ~…つっかれたぁ…」
アルさんの言葉に気が緩んだのか、その場に崩れるように座り込む優夏。
もっとも、いきなりこんな異世界に飛ばされた挙句に、命の危機に晒され、ここまでの道中ボクが魔物を処理していたとは言っても、優夏よりも強い敵をずっと警戒しながら歩いてきたのだ。そうなるのも無理は無い。
そんな優夏を見て苦笑し、ボクは湖の近くまで歩いて行きあることを試す。
何をするのか気になったらしいアテナが、ボクの横に並び尋ねてきた。
「ネルたん、何してるの?」
「ん?ちょっと試したいことがあってね」
「???」
頭に?を浮かべ、興味深そうに眺めてくる。
「え~っと…あった。これをこうして…と――」
自分のインベントリを開き、入っているアイテムを選択すると、視界に長方形の大きな枠線が出現する。
それを指定したポイントに合わせ決定と呟くと、そのポイントの大きさ通りのコテージが出現した。
「ほわっ!?おぉ~♪」
突然現れたコテージに驚くも、それが何なのかが分かると、早速中に入りはしゃぐアテナ。
「すごいねネルたん♪これもネルたんの魔法なの?」
「ん~…魔法ではないけど、まぁ似たようなものかな?」
「あははは!ベッドがふかふかだよぉ~♪」
質問してきておきながら全然聞いてない…
これがアテナクオリティ…
本当にブレない女神様である…
ベッドの上で飛び跳ねているアテナを眺めていると、ほどなくしてアルさん、優夏もコテージの中に入ってきた。
「これは…見事だな…」
「お兄ちゃん、これってもしかしてオリジナルコテージってやつ?たしかすごい高額で取引されてたような…」
入ってくるなり、二人はそれぞれ感想を述べる。
中はおよそ20畳ほどの広さがあり、シングルベッドが3台、その他にバスルームとトイレも完備してある。
少し広めのリビングルームと寝室が一緒になったような造りだ。
優夏が言う通り、このコテージは『オリジナルコテージ』と呼ばれる物で、趣味アイテムとも揶揄されている。
FLOの相場ではピンからキリまであるが、安い物で100万から、高額なもので1000万以上する物もあった。
「何でこんなものまで持ってるのよ…お兄ちゃん、もしかして買ったの?」
「こんな高い買い物するわけがない。そもそも、ボクがFLOで最後にお金を使ったのなんて1年位前に少し素材を買ったくらいで、お金なんて増える一方だよ」
「でもオリジナルコテージなんて、沢山の生産職をマスターしないと作れないって聞いたけど…えっ…まさか!?」
「ボクが作ったコテージだよ」
「…………」
本当のことを言っただけなのだが、何故か優夏は唖然としている。
ボクとしては単純に暇つぶしで作成したものを、この世界でも使えるのかどうかを確かめたかっただけなので、使えて一安心といったところなのだが…
とりあえず、呆けている優夏は放っておいて、内部に備え付けたものがちゃんと機能しているかを確認すると、お風呂、トイレ、照明も問題無く利用出来た。
「こんな物まで持っていたとは…ここまでの機能を備えた場所など、王都にある王室御用達のホテルくらいのものだぞ?」
感嘆としてコテージ内の機能を賞賛するアルさんにボクは告げる。
「まぁ、ボクとしてはこっちでも使えるかどうか試したかっただけなんで…使えるようで何よりといったところですけどね」
ともかく、これで寝床が確保出来たわけだが、ベッドの数は3つ。
誰かがあぶれることになってしまう。
そこでボクは、インベントリにもう一つあるコテージを使うことにした。
いろいろと調べたいこともあったので、元々そのつもりではあった。
「このコテージは3人で使ってください。ボクはボクで別のコテージがまだあるから隣に出しますので」
そう言って外に出ようとすると、タックルするかのようにアテナが後ろから抱き着いてきた。
「なんでネルたんだけ別で寝るの?」
「いや、ほら、ベッドも3つしかないし、それにボクは――」
男だからと言おうとすると、それに被せるようにアテナが先を言わせない。
「ベッドが足りないなら私と一緒に寝ようよ」
う~む…
そう来るとは思っていたが…
絵面的には、まぁ問題は無いのだろうが、その辺は精神面でやはりよろしくない。
端から見れば、仲の良い姉妹が一緒に寝ているだけのように見えるだろうが、中身はそうじゃない。
中学3年の男子と、見た目は幼女でも女神様だ。
ボクがどうしたものかと難色を示していると、アルさんが助け舟を出してくれた。
「ミネルバはミネルバで、色々確かめたいことがあるのだろう?別行動とは言っても、隣に居ると言っているのだ。邪魔をするのはどうかと思うぞ?」
「うぅ~…でもぉ…」
「ごめんなアテナ。その代わりってことでもないけど、美味しいご飯作るからさ」
「むぅ~…分かった…」
渋々といった感じではあったが、何とか納得するアテナ。
ご飯を作るとは言ったが、実際このコテージは暇潰しで作った物なのでキッチンは備えていなかった。
そのため、ボクが使うつもりである作業用のコテージを利用することは元より決定事項なのだ。
「じゃあボクはこれからご飯を作ってくるから、その間ゆっくり休んでてよ」
そしてようやく外に出ることが出来ると、先程と同じように操作し、使い慣れた作業用コテージを出し中に入る。
こちらの造りは16畳ほどの広さで、半分をレストスペース、もう半分を作業部屋として利用している。
作業内容次第で、中身をその都度変更しなければならないが、ショートカット機能で登録してある内装を呼び出せるので苦ではない。
「さてと…やりますか~」
作業部屋の中身をリセットし、登録しておいた厨房セットを選択すると、何も無くなった部屋が一変する。
(う~ん…現実って言われたけど、こうしてると場所が違うだけで、実はFLOの中なんじゃないかって思っちゃうな…)
そんなことを思いながら、クラスを『料理師』に変え、夕飯を作り始める。
この時作ったのは、材料との兼ね合いから、焼きたてのロールパンと、それに合わせてクリームシチュー、おかずとして、肉が好きな優夏もいたのでハンバーグと生野菜のサラダを用意した。
これらの食べ物は、異世界に住むアテナとアルさんの口にも合ったらしく、特にアテナは残さずモリモリ食べていた。
食後のデザートとして、ミルクティーとフルーツゼリーをテーブルに出すと、瞳を輝かせてはしゃいでいたアテナが子供らしく見え、微笑ましい印象の強い、穏やかな夕食会となった。