救出作戦
少し時間は遡る。
アテナから伝えられた内容を聞いたアルさんは、アテナが映し出した映像を確認すると、その場所の特定をしていた。その場所は、後から聞いた話だと、広大な森であり、リカントという二足歩行の人狼が数多く徘徊している危険な森とのことだった。
だが映し出された映像に映る少女の姿を確認したボクは、その姿を見て、それが自分の妹であったことが信じられなかった。
「優夏…?」
ボクは無意識に妹の名を口に出していた。
だってそうだろう?
偶然にもそれが、まさか自分の妹だとは思うわけがない。あぁ…これはやっぱり夢だと、そう思ったときに、アルさんの一言が偶然ではないと突き付けてきた。
「まさか…同じ通信回線を使っていたりするのか?」
「そうですね…今も昔も、よほどのことがない限りは同じルーターを使ってますが…」
「くっ…そういうことか…」
どうやらアルさんの中では合点がいったようだ。
仕組みが何でもアリ過ぎて、いまいち理解していないボクにアルさんが説明してくれる。
「おそらくだが…この召喚装置は通信回線の情報を読み取り、我々の神力を合成することで召喚すると先ほど説明したが、読み取る内容は一つの情報だけではない。今回の場合、君に類する情報、つまり、君を基準にした関連のある全ての情報を読み取り召喚したことになるんだが、この娘も、君が仮想世界に入る際に同じ回線を使い、仮想世界にいたのだろう。君諸共、訳も分からずこちらに呼び出されてしまったということだ」
「そんな…なんとかならないんですか!?」
目の前で事が起きているなら、すぐに介入して優夏を助けることが出来るかもしれないのに、今のボクにはどうすることも出来ないために、目の前の神様にすがるしかない。だが返ってきた言葉は…
「すまない…我々が神だと言っても誓約があってな…我々は君たち人間に直接手出しをすることが出来ないのだ」
ボク達を勝手に呼び出しておいてどういうことだと、ボクは内心、憤りを隠せないでいるとアルさんは「だが…」と続きを付け加える。
「直接手は出せないが、その代わりに、この場所に転移することは可能だ。すでに座標の特定は済んでいる。我々には戦う力は無いが、君をサポートすることくらいは出来る」
言い終わると同時に、アルさんの足元に幾何学模様の魔法陣が展開され、輝きを放つ。
「これよりリカントの森に飛ぶ。準備を急げ!」
アルさんの檄が飛び、半ば放心状態だったボクの身体に意識が戻る。
事は一刻を争うために、必要最低限の準備だけにしなければならなかった。
先ほど確認して分かっていたことだが、ログアウト機能が無くなっていただけで、FLOの仕様はほとんどが生きていた。だがこちらの世界に来たことで、一部の機能がデフォルトに戻っていたため、自分が設定していた内容を元に戻す必要があった。
FLOではどんなプレイヤーでも簡単に遊べるようにするため、操作方法をいくつか選べるようにしている。
VR初心者のための補助をするためのオートモード。
これはアバターを動かすのに慣れていない人のための動作補助モードで、単純なことしか出来ない完全初心者モードだ。
次に、ある程度VR操作に慣れた人が利用しているセミオートモード。
通常動作である歩行や、走ったり跳ねたり等は自分の意思で行えるが、こちらは主に、戦闘面を補助するモードになる。
これは、攻撃動作が決まりきっていて、例えば、剣で斬るといった動作をする際に、システムに登録されている軌道をなぞって斬りつけるといった、ゲーム序盤のプレイヤーが戦闘感覚を覚えるためによく使われている。
最後にマニュアルモード。これは全ての動作を自分の意思で動かすモードだ。
戦闘時でもセミオートのような制限が無いため、自由に攻撃を繰り出せる。いわば上級者モードだ。
そして、もう一つ重要な設定がある。設定方法の方式だ。
この方式は二つあり、全てをコマンド指定していくコマンド入力方式と、自分の声で設定を指定する、音声入力方式だ。ゲーム序盤であれば、出現するMOBも弱いために、余裕を持ってコマンド入力することも可能だが、ある程度ゲームが進むと、そんな余裕が無くなる。いちいちアイテムを選ぶために画面を開いたりしていたら、あっという間にMOBに倒されてしまう。それを理解したプレイヤーは皆、早い段階で音声入力に切り替えているのがFLOでは主流になっている。
ボクの設定内容は、当然、マニュアルと音声入力だ。
動作方法さえ元に戻せば後はどうとでもなる。
すぐに切り替えを終えたボクは、首を縦に振ることでアルさんに準備を終えた旨を伝える。
「よし。では行くぞ!!」
アルさんの掛け声と同時に、魔法陣が輝きを増した。
すると、魔法陣の外にいたアテナがボクに抱きついてきた。
「ちょっ!待っ――」
ボクは転移を止めてもらおうと呼びかけたが、時すでに遅し…
ボク、アルさん、アテナの3人は、妹が逃げ回っている森へと転移を開始したのだった。
転移の時間は一瞬だった。
だが、転移前にアテナがボクに抱きついてきていたため、ボクはバランスを崩し、アテナを抱き止める格好で、転倒しながらの到着だ。
「イタタ…アテナ!危ないじゃないか!」
ここが危険な場所だというのに着いてきてしまったアテナにボクは怒鳴った。だが怒鳴られたアテナは引かない。
「だって…ネルたん達を巻き込んだのは私だもん!」
「だからって…あぁもう!」
どうやらアテナは自分の意見を曲げる気は無いようだ。
何をどう言っても譲らない。そんなアテナの意思が、僕を見つめるアテナの瞳から感じられた。
「着いて来てしまっては仕方ない。それに、こうなったアテナは絶対に引かん。諦めるんだな」
付き合いの長いであろうアルさんが呆れながら呟く様を見るに、やっぱり何を言っても無駄らしい…
「こうなったら仕方ない…アテナ、ボクとアルさんから離れるなよ?」
「うん。分かった!」
力強く頷くアテナ。きっと根は素直なんだろう。元気に返事をするアテナの頭を撫で立ち上がる。
「アルさん、方角は?」
「向こうだ。急ごう」
優夏がいるであろう方角を見据え、ボク達は鬱蒼とした森を駆け出した。
アルさんが示した方角へ走っていると、その方向から、確かにいくつかの気配が感じられた。現実世界ではこんな「気配を感じる」なんてこと中二病染みていて考えられなかったものだが、実際に感覚がある。これはFLOとの情報統合が絡んでいるからなのだろうか?上手く説明は出来ないが、理屈抜きでそう感じるのだ。
ボクが感じ取った気配は全部で6つ。
一つは優夏の物としても、その他に5つの気配を感じた。狩りをする獣のように陣形を組み、獲物を追い詰めるような動きを取っている。
そして逃げている優夏の気配の動きが止まった。
マズイ…
優夏がいるであろう場所まではまだ少しかかる。このままでは間に合わないと直感したボクは、並んで走る二人に告げた。
「すいません、飛ばします!」
「何?ちょっと待――」
答えたのはアルさんだろう。でもボクは呼びかけを聞くよりも速く、足を一歩土に踏みつけ一気に加速した。
ボクのスピードは、自分で言うのもなんだが結構速いほうだ。
というのも、FLOではLvアップの際にステータスポイントという物が得られる。一つLvが上がる毎に3ポイント。これを自分のスタイルに振り分けてステータスを強化していく。
通常であれば、振り分けられる上限は99までなのだが、FLOのエンドコンテンツに進んだ際に、この上限を突破するためのクエストが受けられるようになる。
攻撃力に補正のかかるSTR
防御力、HPの増加量に補正のかかるVIT
魔法攻撃力に補正のかかるINT
魔法防御力とMPの増加量に補正のかかるMIND
素早さに補正のかかるAGI
器用さに補正のかかるDEX
運が関わるものに補正のかかるLUC
これら7つの項目に対するクエストが新たに追加されるのだが、これらは全て、ソロでクリアしなければならない上に、攻略がやや難しい物となっていた。
生半可なプレイヤースキルではクエスト開始と同時に失敗するほどの難易度だ。
ちなみに、上限が開放されたときの新たな上限は150となっている。
ボクの場合、LUC以外の6つの項目の上限開放をしてある。
現在のボクのステータスは以下の通り。
STR…150
VIT…100
INT…100
MIND…100
AGI…150
DEX…150
LUC…20
得られるステータスポイントが限られているため、全ての項目にはどうしても振り分けられないのだが、ソロでこのステータスは、正直なところおかしな部類になるだろうが、ボクことミネルバのアバターLvは上限とされている250であり、、全てのステータスポイントを振り分けているため、事実上、これ以上は上がらない。完全なる頭打ちである。
逆に言えば、これくらいのステータスでなければ、ソロで最難関クエストをクリア出来ないだろう。
ともあれ、AGIを上限まで上げているボクの足でも、間に合うかどうかはギリギリだろう。
(もっと速く…もっと速く…!!)
首筋にチリチリとした感覚を感じながら猛然と爆進する。
そしてついに数百メートル先に、優夏の姿を捉えた。
(見つけた!!)
だが、発見した優夏は、何かに躓いて転んだようだ。
(くっ…早くしないと!)
残りおよそ300メートル程まで来た時だった。
「グルルル…グルァ!!」
「きゃあああああ!!」
ボクの身体はさらに加速した。
この300メートルという距離を、わずか3秒、つまり時速100kmの速度で駆け抜け、その勢いのまま眼前の敵を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた敵は、最大値まで引き上げられたSTRの力に、速度も相まって、勢いを止めることなく木々を十数本薙ぎ倒したところでようやく止まり、その活動を停止させた。
ボクも突撃の勢いを止めるべく、土煙を上げながら地面を抉りつつようやく止まる。
すると数十秒後、ボクが通ってきた道の奥から声が上がる。
「おい、君。大丈夫か!?」
「うはぁ…ネルたんすごぉい」
どうやら後から続いていたアルさんとアテナが優夏を保護するのに成功したようだ。
土煙が晴れていく中、歩いて戻っていくと、擦り傷などが見られるものの、無事らしい優夏を確認して、ほっとため息をつき、手を差しのべる。
「良かった…間に合ったみたいだね…大丈夫?」
「え…?なんで…?本当に…お兄ちゃんなの?」
信じられないような目でボクを見上げる優夏。だがボクは、周囲にまだいた4体の気配が、どこかに集合する動きをしていたことを感知していた。そして、殴り飛ばした敵よりも何倍も強力であろう気配も…
だが今は、呆然としている優夏を落ち着かせるのが先決だ。
「あ~…なんていうか…その…」
「ここは何なの!?どうしてゲームの世界で本当に血が出たりするの!?」
「君!落ち着くんだ!」
優夏がひどく混乱している。
無理も無いだろう。いきなりこんな訳の分からない世界に放り出されたら誰だって取り乱す。ましてや優夏は命の危機にさらされたのだ。
だが、まだその危機が去ったわけではない。
ボクは、混乱する優夏の前で跪くと、小さい頃、よく泣いていた優夏にしたように、頭を優しく撫で微笑んだ。
「あっ……」
「よく聞いて優夏。まだ危険は去っていない。ボクもこの世界に呼び出されたばかりでよく分かってないんだけど、この危険が去ったら、ちゃんと説明するから…だから、もう少しだけ我慢してくれないかな?」
「う、うん…分かっ…た…」
「じゃあちょっとだけ待ってて…アルさん、アテナ、優夏をお願いします」
「あぁ、任せろ!」
「うん!ネルたん、頑張って!」
何とか落ち着きを取り戻した優夏を見て、アテナとアルさんに後を任せると、ボクは強力な反応を示す方向へ向き直り、改めて自分の現状を確認する。
指を上から下へスライドさせ、ステータス画面を見ると、いろいろと納得することが出来た。
(なるほど…どおりで遅いわけだ…)
ボクの設定状態は、ほぼFLOを始めたばかりの頃の設定になっていたのだ。Lvやマスターしたクラス、振り分けたステータスポイントとショートカットは確かに引き継がれている。だがそれ以外の設定が、ことごとくデフォルトの状態になっていたのだ。
クラスは『無職』、当然、武器も装備していない。
ボクがこの世界で気がついたときに裸だったのも、おそらくこれが原因だろう。
さすがにこのままでは、いくらLV等が上限に達していても安心出来ない。クラスや装備による補正が全く無い状態では、出来なくはないがまともな攻撃を出来るとは思えない。
「はぁ…セットアップ!」
先ほど設定した音声入力方式によって、FLOで、クラスや装備を整えている状態を示す青白い光がボクを包む。
「クラスチェンジ『遊撃士』、EQUIP、ウェポン『オルトロス』、サブウェポン『リンドブルム』」
矢継ぎ早にクラスと武器の名前を唱えると、唱えた通りのクラス、武器が然るべき場所に装備される。
クラス『遊撃士』、このクラスは特殊なクラスに数えられるクラスで、発現条件がかなり面倒な部類のクラスである。
その発現条件というのが、「物理攻撃職の上位クラスをマスターする」という、少し分かりにくい条件なのだ。
FLOで物理攻撃職と言っても、それだけでも膨大な数に昇るのだが、この場合であれば、物理攻撃を与える武器の種類と言い換えたほうが分かりやすいかもしれない。
例を挙げると、物理攻撃がメインの武器として、剣、大剣、短剣、刀、槍、弓、斧、双剣、銃、鞭、棍棒、拳と12種類の基本となる武器がある。その他にも鎌や機械弓等の武器もあるが、これらはクラスを複合して初めて得られる武器のため、ここではカウントされない。微妙な匙加減ではあるが…
ともあれ、先に述べた12種類の武器を扱う初級のクラスがそれぞれ存在する。しかし、この初級のクラスをマスターしただけでは『遊撃士』のクラスは発現しない。条件にある通り、上級クラスをマスターしなければならない。
例えば、剣を扱う『戦士』
これは初級のクラスであり、マスターすると、新たにその上位の中級クラス『剣士』が発現する。同じように『剣士』をマスターすると、そこで初めて条件である上級クラスの『剣聖』というクラスを選択出来るようになる。つまり、『遊撃士』を発現させるには、実に36種類ものクラスをマスターしなければならないということだ。
パーティを組んでいる者であれば、ぶっちゃけこんなクラスは選択しない。
それぞれが役割を決めているためにその必要がないからだ。
万能職といえば聞こえはいいが、パーティではただの器用貧乏。
だがこのクラスは、ソロのときにこそその真価を発揮する。
このクラスは変幻自在なのだ。最大の利点は、本来一つしか武器を装備する枠が無いところを、サブウェポンとしてもう一つ装備出来る。これにより、様々な状況に一人で対応出来る。組み合わせは実に144通りになる。
今回の場合、ボクに必要なのは牽制と手数。そのため、装備したのは、双剣である『オルトロス』と銃の『リンドブルム』だ。
この武器はそれぞれ、その名を冠するMOBから入手出来るレア素材を用いてボクが作成した一点物で、ゲーム内に存在した伝説級の武器には劣るものの、性能としては引けは取らないと言えるほどの自慢の武器だ。
腰元でクロスする2本のベルトに装備された2本の双剣と、太腿のホルスターに収まった銃。
これらを確認し終えると同時に、前方から地響きをあげて急接近してくるものがいた。
双剣を抜き、臨戦態勢を取ると、木々を掻き分けながら、巨大なソレは姿を現した。
「アオォォォォォン!!」
衝撃波のようなその遠吠えは、空気を震わせながら周りの木々を激しく揺さぶり、近くにいる者の身を竦ませる。
体長約3メートルはあるであろうその巨体は、血走った眼球と凶悪な牙も相まって、異様な雰囲気を醸し出す。
後ろに控えていた3人も、遠吠えに当てられたのか、目を閉じて竦みあがっていた。一早く復帰したのはアルさんだった。
「リカントロードだと!?こんな奴が出てくるとは想定外だ!逃げろミネルバ!!」
「ホウ・・・貴様モシヤ女神カ?神ガコンナトコロデナニヲシテイル?」
こいつ・・・喋ったぞ!?
というか、やばい奴なの?
強力な反応はしてたけど、ボクとしては正直大した事無い感じなのだが…
頭に疑問符を浮かべながらアルさんを見る。
「こいつはリカント共のボスだ。最近、近くの村をいくつも壊滅させたのがこいつだ…知性がある分、ことさら厄介な相手だ」
「へぇ…」
アルさんの説明から察するに、どうやらこのリカントロードというのは彼女達から見ると、悪名高い相手らしい。
「子供ガ2匹ニ小娘ガ1匹、ソシテ女神ガ1人カ。中々豪勢ナ食事ニナリソウジャネェカ」
涎を垂らしながら下卑た笑いを浮かべるリカントロードに、アテナお得意の的外れコメントが浴びせられる。
「誰が子供だぁ!!私だって女神だぞ!!」
腰に手を当て「言ってやったぜ」といった風に、誇らしげなドヤ顔で仁王立ちするアテナ。いや、そこはなんというか、一緒に怖がるとか泣いたりとかさぁ…なんかもう…色々と台無しですよアテナさん…
アテナの言動に呆れていると、目の前のリカントロードが笑い出した。
「ガッハッハッハ!!オ前ノヨウナチンチクリンガ女神ダト?笑ワセテクレル!!」
「何を~!?ちんちくりんだとぉ!?」
リカントロードの台詞にいちいち反応しては顔を真っ赤にしてプンプン怒っている。
あぁ、なるほど。
これが大昔に一時流行っていたという激おこぷんぷん丸って奴なのかな?
初めて見た。
「マァイイ。女神デアレ子供デアレ、俺達ノ餌ニナルノハ変ワリナイ。ヤレ、オ前達」
リカントロードが指示すると、周りに控えていたリカント達4匹が、アテナ達に向かって襲いかかった。
「ぎゃあああ!!助けてネルたん!!」
本当に手が焼ける女神様(幼女)だよ…
「させないよ!!」
右手に握る剣を逆手に持ち直し、その場で反時計回りに回転する。ただし、ただの回転ではない。
「グァ…?」
襲い掛かっていたリカント達の動きが一斉に止まる。
そして次の瞬間、4匹のリカント達は頭から真っ二つになり崩れ倒れた。
「何ダト!?」
さすがにこの現象には悪名高いと言われているリカントロードも、目を見開いて驚きを隠せないようだ。
「マサカ…小娘、オ前ガ!?」
「他に誰がいるっていうのかな?」
左肩をトントンと愛剣で軽く叩くと、特に何でもないように振舞うボク。
「何シヤガッタ!?」
「ん~?回転して斬撃を飛ばしただけだけど」
「「「「は?」」」」
どうやらボクのやったことは、目の前のリカントロードを始め、味方であるアルさん、アテナ、優夏にも理解出来なかったらしい。
しかし、アルさんは一瞬の黙考を終え、ボクが何をしたかに気付いたらしい。
「音速を超えて空間を斬りつけ、斬撃を真空波のように飛ばした…?いや、しかし…そんなことが物理的に可能なのか!?」
さすがはアルさん。ボクがしたことを的確に見抜いた。
「馬鹿ナ!コンナタダノ小娘ゴトキニ、ソンナ芸当ガ出来ルワケ――」
スパァ…………ン……
少し離れた位置に立っていた樹が、鋭い切断面に沿ってゆっくりと滑り倒れる。
もう一度、実際にやって見せた結果である。
「……………」
口をパクパクさせながら、今起きた出来事が信じられないといった様子で、倒れた樹とボクを交互に見るリカントロード。しかし、さすがというか哀れというか、リカントロードはこちらに向き直り冷汗をかきながら言い放つ。
「コ、コンナコトクライデ怖気ヅク俺デハナイワ!!」
「ビビッてる」
「ビビッてるな」
「ビビリカントロードだね」
そう発言したのは順に、優夏、アルさん、アテナだ。
「ヤカマシイ!!」
八つ当たりするように、横に立つ樹を殴り倒すリカントロード。
なるほど。確かに樹を殴り倒すくらいは造作もないらしい。
「樹ヲ切レルクライデ調子ニ乗ルンジャネェ!!」
「いや、別に…調子に乗った覚えはないんだけど…」
「マズハ、オ前カラ喰ッテヤル!!」
「おっとっと……」
後方にバックステップして、リカントロードの爪から逃れる。
「ガァァァァァァ!!」
牙を剥き出しにしながら猛烈な勢いで殴りかかってくるが、ボクはそれを危なげなく見切り、かわしていく。
だって遅いんだもの。
そうなってくると余裕のあるボクは、敵の実力を測るためにやってしまう悪い癖があるのだが、ここでそれがひょっこり顔を出してしまった。
わざと隙を見せ、敵の攻撃をモロにくらうという癖だ。
その隙を見逃すような相手ではなかったらしく、凄惨な笑みを浮かべるリカントロード。
「甘イワ小娘!!」
腹部にクリーンヒットをもらい、勢いよく吹き飛ばされるボク。
「ミネルバ!?」
吹き飛んだボクを心配したのか、アルさんの悲痛な叫び声が聞こえた。
あぁしまった…
今のボクは一人じゃなかったんだ…
「クックック…マトモニ俺ノ攻撃ヲ受ケテ無事ダッタ人間ナゾ存在セン…アノ世デセイゼイ、俺ニ出クワシタコトヲ後悔スルガイイ!!」
勝利の雄叫びのように、遠吠えをするリカントロード。
どうやら今の一撃でボクを倒したと思っているらしい。
やれやれ…暢気なものだ。
殴り飛ばされたボクのHPは僅かも減ってはいないというのに…
「サテ…ドイツカラ喰ッテヤロウカ?」
「くっ……ここまでか……」
「ネルたん!?嘘でしょ!?」
「こんな奴に…お兄ちゃんは負けない!!」
品定めをするかのように3人を見回すリカントロード。
それぞれに絶望視するアルさん、信じられない様子のアテナ、ボクがやられるわけがないと思っている優夏。
「コンナ奴カ…デハコンナ奴ト呼ブ俺ニ喰ワレテ死ヌガイ――」
「ん~……結構飛ばされたかなぁ?」
リカントロードがボクに気付き、その目が驚愕の色に染まる。
「小娘……何故生キテル!?」
「そりゃあ、お前の攻撃がボクに効いていないからでしょ」
服に付いた土を手で払っているボクの様子を見て、3人の表情が、安堵の息と共に崩れる。
「心配させおって…」
「じょ、冗談キツイよネルたん…」
「ほ、ほら…無事だった……」
ボクが3人の前に戻ってみると、さすがに心配させてしまったらしい。
「様子見であいつの攻撃を受けてみたんだけど、その…返って心配かけちゃったね…ごめん…」
「本当に平気なのか?」
「えぇ、問題ないです。見ての通り掠り傷一つありませんよ」
「いや、それはそれでおかしいと思うが……」
「まぁ、次で終わらせて来ますよ」
そう言ってアルさんに背を向け、リカントロードの前に躍り出ると、リカントロードはきつく歯噛みをしながら狼狽する。
「お前の実力は分かった。時間がもったいないからさっさと終わらせてもらうよ」
「ニ、人間ノ小娘ゴトキガァ!!ナメルンジャネェ!!」
リカントロードが腰に下げた蛮刀を抜き、ボクに向けて斬りつけてくるが、ボクは苦もなく双剣で弾き返す。
何度斬りつけても弾かれることで、フラストレーションが溜まったのか、リカントロードは息を切らしながら悪態をつき始めた。
「クソッ!!ナンデ当タラネェンダ!!」
「何度やっても同じだよ。ボクに君の剣は届かない」
「ガァァァァァァ!!」
怒りが頂点に達したらしいリカントロードが叩きつけるように蛮刀を振り下ろしてくる。
その軌道を冷静に見極め、蛮刀の腹を剣で斬りつけると、甲高い音と共に蛮刀がへし折れた。
「ナン……ダト……」
「さてと…チェックメイトだよ」
呆けているリカントロードの喉元に剣を突きつけると、腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
「待テ…待ッテクレ!」
「ん?命乞いかな?」
「ソ、ソノ通リダ!助ケテクレ!村カラ奪ッタ物モ全部返ス!ダカラ見逃シテクレ!!」
「襲った村の人達にも同じことを言われたんじゃないの?君がそれを聞き入れるなんて思ってないけどね…それに、君を放っておいたら被害も増えるだろうからね。見逃すつもりはないよ」
あくまでも冷静に、冷徹に、冷酷に…
何の感情も含めずに放った言葉を聞いたリカントロードは、突如、腰元にあった土を握りボクに投げつける。
ボクがその行動に呆気にとられていると、その隙を突いてリカントロードは一目散に逃げ出した。
「馬鹿メ!オ前ゴトキニヤラレル俺様デハナイワ!!」
「ネルたん逃げちゃうよ!?あいつを野放しにしたらもっと大変なことになっちゃうよ!!」
周りの安全を確認して、アテナがボクに近づいてきた。
ボクは双剣を鞘に収めると、ホルスターに手を掛け、アテナに語りかける。
「大丈夫。このまま見逃したりしないよ」
アテナの頭を軽くポンポン撫でてやる。
「でも、どうするの?」
「こうするんだよ――『エーテルブースト』」
スキル名を口にしながら、愛銃『リンドブルム』の引鉄を引き、照準を逃げたリカントロードに向ける。
銃口には、エネルギーのようなものが収束している。
収束しているのはボクの持っているMPだ。
引鉄を引いている間、ボクのMPを吸い続け、高威力の弾丸を作り出すスキルだ。引いている時間が長いほどに威力は高まっていく。
ボクはMPが半分ほどまで減ったのを確認すると…
「アテナ、危ないから下がるかボクに摑まってて」
「う、うん…」
すると、しっかりとボクの腰に手を回して摑まるアテナ。
「エーテルリリース『エレメンタルブラスター』」
引鉄を離すと、ボク自身が思っていたものを遥かに超えた大質量の極太のレーザーが射出された。
イメージしやすい例を挙げるなら、大昔に放映されていた宇宙戦艦ヤ○トのアレと言えばご理解頂けるだろうか?
それが地上で放出されたのだ。
やがて射出した『エレメンタルブラスター』が収まると、目の前に残されたのは、数キロに渡り大きく抉れた地面だけだった。それ以外の木々や草は何も残らず、ただただ綺麗サッパリ、撃ち出した範囲に呑まれたもの全てが無くなっていた。
ずっと先を逃げていたであろうリカントロードも、この攻撃の前では手も足も、いや、断末魔さえ叫ぶことも出来なかっただろう。
「「「「…………」」」」
目の前の光景に唖然としているボク達。
すると、優夏の一言がボク達の意識を引き戻した。
「いや、なんで攻撃した本人も驚いてるの!?」
ごもっとも・・・
「実はこのスキル使ったの初めてだったんだけど、まさかこんな威力になるなんて思っていなかったと言いますか…」
至極当然の指摘を受け、バツが悪そうに答えるボク。
それを聞いたアルさんが呆れたように告げてきた…
「なんというか……ミネルバ。君はいろいろと規格外なんだな……向こうでもそうだったのか?」
「え~っと……ごめんなさい……」
巻き込まれた優夏を助けるためのこの救出劇は、こうして締まるに締まらない、実に微妙な空気を含みながら幕を降ろしたのだった――