ヒーラー
始まりの街『ニュービーシティJP』
FLO、日本サーバーでのスタート地点、中央広場に俺は今立っている。
この街に立ったのは初めてではないが、冒険者としてこの場に立ったのはアバターを作成して以来のため、実に1年と少し振りのことであった。
何故俺がそこまでの長い期間この中央広場に訪れる事が無かったのか…
その理由は至って単純。
俺がFLOを始めることになった理由が教育を受けることであったためである。
このニュービーシティJPだけではないが、提携している各国のサーバーそれぞれのニュービーシティには教育区画というものが存在する。
俺にこのFLOで教育を受けるように指示を出したのは先生だ。
俺は今まで素直に言葉通り教育を受けていて、つい先日、中学課程修了試験を受験し、それに合格することが出来た。
日本における義務教育課程が修了した俺に、先生は俺に褒美と称して何か希望は無いかと
聞いて来た。
それに対しての俺の返答は…
『FLOの世界で遊んでみたい』
それを聞いた先生は、実に軽い感じで許可を出して来た。
『というか、遊んでなかったの!?』
逆に驚かれてしまった。
先生曰く
『確かに勉強のために薦めたのは私だけれど、教育区画から出ちゃダメなんて誓約は掛けてなかったんだけど…』
と、最終的には呆れられてしまったほどであった。
と、ともかく、無事(?)遊ぶ許可を貰った俺はこうして中央広場にいるのだが…
「何をしたらいいんだ…」
遊んでみたいとは思っていたものの、いざこうしてこの場に立ってみると何をどうして良いのかさっぱり分からなかった。
ゲーム開始早々の詰み状態だ。
「そこのキミ!」
俺がキョロキョロと周りを見回していると、誰かが俺に声を掛けてきているようだ。
声の主を探してみると、俺に向けて手を振って呼んでいる一組の男女がいた。
「えっと…俺に何か用ですか?」
男女の前まで赴き、何用かを訪ねてみると女性の方がそれに応える。
「用ってほどじゃ無いんだけど、キミ、さっきの様子とその装備を見た感じ初心者さんでしょう?」
「あ〜…それでですか…はい。何から始めたら良いのかさっぱり分からなかったんです」
彼女の言葉に俺は自分の状況というか現状を包み隠さずに伝えた。
すると今度は男性がやっぱりかと言って話し掛けてくる。
「もし良かったらだが、俺達が手伝ってやろうか?」
「手伝う…ですか?というより、本当に俺何も分からなくて…」
「大丈夫よ。私達が色々と教えてあげるわよ。初期装備みたいだし、ジョブにもついていないでしょ?迷惑じゃなければ私達と行動しましょ?」
う〜む…
確かに彼らの言う通り、俺はジョブとやらにもついておらず装備も全く変わっていない。
彼らの装備を見た限りでは、俺なんかよりも上等そうな装備を身につけているようだし(といってもどういった装備なのかも皆目見当もついていないのだが)教えてくれると言うなら教わって損は無い。
少し考えていたが、彼らがどうする?と聞いてきたため、俺は彼らと行動して学ぼうと決めた。
「じゃあよろしくお願いします。俺はナナシっていいます」
「了解だ。俺はジェイク。ジョブは銃士だ。よろしくな」
「私は冥。魔術師よ」
「よろしく」
こうして俺は彼らと一緒に行動することになった。
それからおよそ二週間が経過し、俺も戦士のジョブにつき戦闘時の動きに慣れ始めた頃、受けていたクエスト戦が一段落したところでジェイクがある提案をしてきた。
「ナナシも動きに慣れてきたようだし、そろそろアレ、行ってみるか?」
「アレ?行くってどこに?」
回復薬がいないため、自前のポーションを飲み戦闘で受けた傷を癒していたのだが、ジェイクの提案の意味が分からず首を傾げていると、冥が察して説明してくれた。
「アレって言うのはちょっとしたボス戦のことよ。そうでしょジェイク?」
「その通り。今のナナシのステータスなら無理なくクリア出来ると思うんだが…どうだ?行ってみないか?」
「ボス戦かぁ…やった事無いけど、やる事はいつもと変わらないんだろ?」
俺が今就いているジョブは戦士で、パーティの役割としてはタンク。
つまりパーティにとっての壁役だ。
ジョブスキルを使ってヘイト管理、敵からの攻撃対象を自分に向けさせてパーティを守るのが仕事となる。
いつもと同じであればやる事は変わらない。
味方に攻撃が向かないように敵を挑発して守りきるだけだ。
俺がそのように考えていると、ジェイクは少し思案顔を見せた後に補足して来た。
「確かにやる事は基本的には変わんないんだが、一つだけ言うならモブと違ってボスの攻撃が重いって事だな」
「攻撃が重い…」
「そうね。今までは安価な回復薬でなんとかなっていたけど、ボスの攻撃を受け続けていたら、たとえタンクだとしてもあっという間にやられちゃうわね」
冥が肩を竦めてさらに補足してくれた。
彼女の言う通りであればもっと高価な回復アイテムを用意しなければならないと言う事だろうか?
あるいは俺の装備を新調してさらに防御力を引き上げるかということになるが…
「でも俺、まだそんなにお金なんて持ってないよ?装備を買うにしろ回復アイテムを買うにしろ全然足りないよ」
率直な俺の意見を口にするが、二人はどうという事はないと言わんばかりの表情でこう言った。
「「ヒーラー入れれば良いじゃない」」
言われてみればそうだった。
俺はてっきりこのメンバーでボス戦に挑むものと思い込んでいたが、明らかにバランスが悪い。
二人が言ったヒーラーというのはパーティの回復役の事である。
パーティには回復役がいるからこそ長いクエストをこなす事が出来るのだ。
「私たちの共通の知り合いにヒーラーがいるから、今回はその子にお願いしておくわ。ちょうどINしてるみたいだから聞いてみるわね」
そう言ってこの場から少し離れたところに冥は移動すると、相手とコンタクトが取れたようで何やら話し始めた。
手際の良さに感心しているとジェイクがそのヒーラーさんのことについて説明してくれた。
「普段はちょいと弱気なとこがある奴だが、まぁ問題はないと思うぜ。スイッチが入っちまうと色々と面倒な奴だが…」
「はぁ…」
いまだ会ったことのない人の話を聞かされたところで、俺にはどうすることも出来なかったためついつい生返事で返してしまった。
そうこうしているうちに件のヒーラーとの話し合いが終わったらしく冥がこちらに戻って来た。
「ミコトっち、明日ならいつでも空いてるらしいけど、ジェイクとナナシは予定入ってたりする?」
戻るなりこちらの予定を聞いて来た冥。
どうやらボス討伐のクエストは明日なら都合がいいらしい。
俺としては特に予定も入っていなかったので明日の今くらいの時間なら大丈夫だ。
「俺は今くらいの時間なら問題無いですね」
「了解。ジェイクは?」
「俺はいつでも大丈夫だな」
「OK。じゃあ明日のこの時間に冒険者ギルド前で待ち合わせってことでミコトっちには伝えとくわね」
「あぁ任せた。俺はちょっとクエストを見繕っておくとしようか」
「その前にそのミコトっち?て誰?」
先ほどから冥が度々出す名前が誰なのか分からない俺は、このままでいったら説明も無く解散になりそうだったため慌てて説明を求める。
「明日一緒に組んでくれるヒーラーさんよ。私とジェイクの共通の知り合いね」
「どんな奴かは明日のお楽しみってことで」
何やら含みのある返答ではあったが、確かに聞いただけでは人物像がおぼろげにしか分からない。
ジェイクが少し怪しげな笑みを浮かべていて若干気味が悪かったが、まぁ明日、改めて紹介を受ければ大丈夫だろう。
「了解…あんまり自信はないけど、それじゃあ明日もまたよろしく頼みます」
「おうよ。俺がちょうど良さそうなの探しといてやるから心配すんなって」
ジェイクは先ほどの気味が悪い笑い方とは真逆に、今度はニカっと笑い俺の方をバシバシ叩くとそのままギルドのある方へと歩き出した。
今日はこれでお開きだなと思ったのもつかの間、冥も同じくジェイクに続いてまたねと言ってこの場を離れた。
「明日…ボス戦かぁ…」
明日に行われることになったパーティでのボス討伐に、俺は不安と楽しみが混ざり合ったような表情を作り、明日の準備を出来るだけ整えログアウトした。