七志
俺がこの施設で目覚めてから、約一年が過ぎた。
この1年間、俺は何をしていたかというと、先生に渡されたヘッドマウントディスプレイを使い、本来受けることの出来るはずだった『教育』を受けていた。
教育を受けるといっても、学校や塾などに通うというようなことはなく、一貫して授業を受けるのはこの部屋でのみである。
正確に言い表すのなら、VRゲームを利用しての勉強であった。
ヘッドマウントディスプレイの中にインストールされていたゲームの名前は…
ファンタジー・ライフ・オンライン
先生が言うにはこのゲーム、世界が認める教育プログラム搭載のゲームであるというのだ。
本来このゲームは、あくまでも娯楽のためのゲームとして作られていたものではあったのだが、度重なるアップデートの末に現実世界で行われるような仕事や教育をリアルに体験させるということが可能になり、現実世界で様々な条件をクリアし、ついには学校等の卒業資格、および国家試験等もこのゲームを通じて取得出来るようになった。
VRゲームという娯楽でしかなかった物が一転、現実でも通用する資格をゲームで取得出来るというのは過去に例も無く、前代未聞のことであった。
こうなった話の背景には様々な理由がある。
元々VR技術というものは、色々の方面から注目を浴びていた。
例えば医療目的として、またはコミュニケーションツールとして、または育成プログラムとして…
例を上げ出せばキリがないのだが、今回俺に当てはまるのは主に教育という面である。
生まれてこの方、俺は受けるべき教育をまったく、これっぽっちも受けずに育ってきた。
当然読み書きなんて出来るわけもなく、最初の数ヶ月は毎日読み書きの練習をし続けていた。
俺は勉強が楽しくて仕方なかった。
その時まではただ生きることしか考えられなかった生活を送っていたために、反動となっているのだろうというのは先生の弁。
実際、先程も言った通り、俺は勉強が楽しすぎて、文字通り、寝る間も惜しんで読み書きの勉強に没頭していた。
あまりに没頭しすぎて、先生に「いい加減に寝なさい!!」と怒られてしまうほどに…
そして一通りの読み書きが出来るようになって渡されたのがヘッドマウントディスプレイ、通称BCIMと呼ばれるVRPCであった。
今後はこの中にインストールされているソフトを利用して教育を進めていくとのことらしい…
そして、教育プログラムを受け始めてから一年経った今…
「さてさて…準備はいいかな?」
「はい…始めてください」
「OK。それでは…試験スタート!!」
先生の合図を皮切りに、俺は目の前の選択問題を解いていく。
今俺がいるのはゲームの中、教育エリアと呼ばれているマップの特設フロアである『試験会場』で試験を受けていた。
何の試験かというと、今受けているのは中学卒業クラスの試験、要するに中学過程の卒業試験である。
前述で述べた通り、このゲームには様々な理由で学校等に通うことの出来ない子供達のために、卒業試験をクリアすることで卒業資格を取得することが出来る。
俺自身も特殊な環境下で生きてきたために、当然学校なんてものに通ったことなど無い。
つまり、俺みたいな特殊な事情を持つ者でも、このゲームを通して資格を取得出来るのだ。
このテストの答案内容は、それぞれの国の文部科学省、教育省等に送信され成績が返信されてくる。
条件を満たしていた場合、合格の旨の返信メールが自分宛に届き、後日実際に国に発行された卒業証書が手元に届き、晴れて卒業資格を取得出来るという流れだ。
試験を終えて答案を送信する。
返信はわずか数分で返ってきた。
結果は…
「………合格」
「ホントに……?」
「……は、はい……!!」
うん。
何度読み返してみても読み取れたのはデカデカとメール本文の中央付近に表示されている『合格』の二文字
「やったぁぁぁぁぁ!!良かったね七志君!!」
「あ、ありがとう…ございます…」
良かった…
先生に薦められるままこの試験に挑んでいたため、正直な所をいえば合格なんて出来ないと思っていたのだ。
そして七志と呼ばれた俺だが、先日、先生からの提案で名前を考えてみてはどうかと打診されたため、少し考えてこの名前にした。
名前の意味は七つの目標を志すという意味だ。
とはいっても、未だに何を志すかは決め兼ねている段階なので、今後生活しながら決めていこうと思っている。
強いて言うならなら目標を立てることが一つ目の志だろうか?
理由はもう一つあって、その理由とは、まだ小さかった頃に逃げ出した先で出会った女の子、その子に付けられた呼び名というのと、元々名前の無かった自分に対する自虐と皮肉を込めての意味合いもあったりするのだが、これを言ったら先生はきっと怒るので後者のことは伝えていない。
ともあれ、無事に試験を合格出来た俺は安堵の息を吐く。
すると先生が俺に勢いよく抱き着いてくる。
「本当に良かった!!合格おめでとう!!」
「いや、俺だけの頭じゃきっと合格なんて出来ませんでしたよ。先生や皆さんが色々教えてくれたから合格出来たんだと思ってます」
ここまで直球で喜びをぶつけられたことのない俺は、どう返していいのか分からず戸惑うだけで、先生にされるがままに頭を撫でられまくっている。
俺も先生も、このFLO内でのアバターではあるのだが、いかんせん見た目がほぼほぼリアルの自分を投影した形で登録したため――違うのは髪の毛の色くらい――他の職員がこの光景を見たら驚きを隠せなかっただろう。
周りから見るリアルの先生の印象というのが、サバサバした性格の厳しい人というのが職員達の印象であり、目の前のこの先生を見たら「どなたですか?」といった返答が返ってくるに違いない。
俺がそんなことを考えながら心の中で笑いを堪えていると、ふいに先生がこんなことを言ってきた。
「そうだ七志君、何かやりたいことある?」
「やりたいことですか?」
「そうそう。色々と制限は掛かってるけど現実の方で何かやりたいことがあるようなら、可能な限り期待に添うようにしてあげるよ。合格祝いだね」
「う~ん…急にそう言われても…」
急な先生の提案に、何も考えていなかった俺が少し考えていると、先生は何かを思い出したようでこう告げる。
「それと七志君にとって嬉しいことになるかどうかは分からないけど、もう一つ報告があります」
「え?」
「まぁこれはログアウトしてからのお楽しみということで、後で教えるよ」
「は、はぁ…?」
不思議そうな顔をしている俺の顔を見て、悪戯が成功したような悪い笑顔を浮かべる先生。
嫌な予感しかしなかったのだが、考えても分からないことを考えていても仕方がないと思った俺は、微妙な返事を返しつつ改めて思考に耽る。
しかし、しばらく考えていてもやりたいことが思いつかなかったため、先生にもう少し考える旨を伝え、この日は一緒にログアウトすることにした。
お待たせいたしました。少年に名前が付きました。