少年②
今回も短めです…
『あぁ…これは夢だ…』
人間誰しも、その時見ている光景が夢だと分かる時がある。
今見ている光景は、自分が生きてきた中でも数少ない昔の記憶。
幼い頃にたった一度だけ、唯一楽しいと思えた時の夢だ。
当時、何かの拍子で自宅から逃げ出したことがあった。
その理由は身の危険、命に関わる危険が迫っているように感じたからだ。
自分の身体はどこを見ても傷だらけで、成長した今の自分の身体も大概だが、当時6、7歳くらいであった自分の身体も傷だらけであった。
今にして思えばよく生きていられたものだ。
自分は生まれてから今までずっと、日常的に虐待を受けていたのだ。
たしかこの日は、父親と思われる男が刃渡り30センチほどの短刀を持ち出してきて、それを自分に突き付けてきたんだったか…
さすがに怖くなって家から飛び出して必死に逃げた。
どこをどういう道順で走ったのか、それも分からない。
ただただ逃げるのに、生きるのに必死で逃げて…
自分は誰かにぶつかった。
「あぅっ!!」
「ご、ごめんなさい!!だいじょう…」
ぶつかった拍子に相手を突き飛ばしてしまったみたいだった。
慌てて助け起こそうとしたその子はとても可愛い女の子だった。
初めて見たその女の子のあまりの可愛さに、助け起こそうと差し出した手もそのままに続く言葉が途切れてしまう。
「うぅ…痛い…んぅ…?」
女の子が差し出した手を見て首を傾げている。
しかしその手の意味を理解したのか、はにかみながら手を握り…
「ありがとぉ」
そう言ってほんわかした笑顔で自分にお礼を言ってくる。
突き飛ばしてしまったのは自分だし、お礼なんて言われる筋合いはないのだが、その子のあまりに可憐さに思考が停止してしまい、軽く呆然と佇んでしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでも…ない…」
「???」
コテンという擬音が付きそうな感じで首を傾げる女の子。
その仕草に、自分はやはり見惚れてしまい二の句が継げずにいると、女の子が話しかけてきた。
「おなまえはなんてゆーの?」
「え…?」
「きみのおなまえ!」
名前を聞かれた…
といっても、自分に名前なんてものは無い。
というより、呼ばれる時は『オイ』、『お前』、『ガキ』といった呼ばれ方しかされたことがないために、この質問にはひどく困ったのを覚えている。
「えっと…俺の名前は……その…無いんだ…」
「ないんだ君?かわったおなまえだねぇ」
「いや、そうじゃなくて、名前は無いんだ…」
「んん~???」
女の子は意味が分からないといった具合で、先程よりも首がさらに傾げられてしまう。
「んん~…んん~…」
どう呼べばいいのか分からないようで、ついには難しい顔をしたまま両手で頭を押さえて考え込み始めてしまった。
「す、好きに呼んでくれていいよ…」
放っておいたら頭から白煙を立ち昇らせそうになっている女の子を見ていられなくなり、自分は助け船を出す。
「んぅ~…じゃあナナ君」
「え?」
「なまえがないからナナシ君。それをみじかくしてナナ君…いやだった…?」
「あ~…いや、それでいいよ」
女の子が提示した名前に不満があると思ったのか、自分を覗き込むように上目遣いで見上げてくる。
自分との身長差があるために彼女が見上げるような格好になってしまっているために仕方ないのだが、そのあざとい姿はごくごく自然で、狙っているようには思えない。
自分は彼女から身を引きながら、なんとか同意の言葉を告げることが出来た。
それを聞いた女の子はにぱぁと破顔して嬉しそうに微笑んだ。
「よろしくナナ君!ぼくのなまえは―――――」
と、女の子が自分の名前を告げようとした瞬間、自分はこの夢から急に目覚めることになり、視界は暗転。
改めて瞳を開くと、そこは格子の嵌められた窓が一つある以外、周りは白い壁に囲まれた部屋の中。
その壁側に並べられたベッドの上に自分は横たわっていた。