PK
「ハッ!!」
「グゥッ!?あぁ…」
大鎌を携えた男が、重さを感じさせない動作で嘲るように相対する男を一太刀のもとに両断する。
斬られた男はやがて力尽きると、バリンと音を立ててポリゴン片となり、ガラスの破片が飛び散るように爆散する。
「はぁ…弱ぇ弱ぇ…。あれで賞金稼ぎとかふざけてんのか?」
男は大鎌をクルクル振り回した後、肩に柄を乗せ両腕を絡ませて楽な体勢を取る。
上半身だけ見れば案山子のような立ち姿だ。
男のいる場所は現実世界ではない。
とはいっても現在ミネルバがいるセブンスガルドでもない。
そこは仮想空間でありゲームのフィールド上。
VRMMORPG『F.L.O』の中、それも現状での攻略最前線と言われている深淵フィールドの中腹付近にある廃墟。
彼はそこに留まっていた。
彼はそんな所で何をしているのか?
一言でいうならそれは狩りだ。
だが、彼が狩るのはMOBではなく人。
そう…
彼はPKなのだ。
FLOの中でPKと呼ばれるようになるにはいくつかの方法と手順がある。
まず一つ目は『業』と呼ばれる隠しパラメータを上げること。
これはステータス上に表示されることはないのだが、悪行を重ねることでそれは蓄積されていく。
例えば、窃盗、詐欺、傷害などを故意に起こした場合、つまりモラルに反するような行いをすることで『業』は蓄積されていく。
障害の場合の線引きは明確で、対人戦(PvP)で与えたダメージはこれに含まれない。
あくまでもそういった状況外での故意による攻撃をすることで蓄積されていく仕様だ。
例外として、異性プレイヤーによるハラスメント行為でも『業』は蓄積されるが、こちらへの運営の処罰は有無を言わせることなく逃げ場が無いに等しい。
ハラスメント行為として通報された瞬間そのプレイヤーは拘束され、強制的にログアウト、その後すぐさまデータは凍結され、後日アカウント等からプレイヤーデータ及び登録情報等が現実の警察に提出されて加害者プレイヤーはあえなく御用となる。
『業』を蓄積する方法というよりは、現実世界における犯罪に対する処罰でしかないのだが…
ともあれ、そういった犯罪行為を犯すことで『業』が蓄積されていくのだが、その中でも『業』の値が跳ね上がる行為…
それがPKだ。
現実世界で最も罪深いと言えるのが殺人罪だろう。
FLOでもそれは同じことが言えるが、FLOの運営側はPK行為を禁じてはいない。
当然、PK行為を推奨しているわけでもないのだがあくまでもゲームということで、倫理観はプレイヤー側に委ねるというスタンスを取っている。
しかし、運営側に苦情などが寄せられることが多かったため、PK行為に対するシステムの変更を余儀なくされる。
それが賞金首システムである。
主にPK側に対するシステムなのだが、これはどちらかというと一般プレイヤー、PK共にメリットとデメリットのあるバージョンアップであった。
一般プレイヤーが賞金首を倒すと、その場で掛けられていた賞金が自動的に手に入り経験値も得ることが出来る。
さらに、倒した賞金首が高ランクであればあるほど、賞金とは別の報酬も用意されており、討伐ポイントを貯めることで様々な有用アイテムと交換出来るようになった。
対してPK側のメリットだが、プレイヤーをPKした際、プレイヤー側は今までと変わらず通常のデスペナルティーを受ける。
しかしそこで失った経験値はそのままPK側に丸ごと獲得されてしまう。
つまり、PK側にとっては倒したプレイヤーのLvが高ければ高いほど得られる経験値が多くなるということだ。
PK側の最大のメリットはこれに尽きる。
Lvの高さが物を言うオンラインRPG。
このメリットだけを見れば、強力なボスMOBを狩るよりも、PKをした方がハイスピードレベリングになると誰もが思うだろう。
結果的にPK行為に走るプレイヤーも増殖するだろうと…
しかし、当然PK行為をすることに対してのデメリットも用意されている。
そのデメリットこそがPK行為抑制に大きく貢献している。
運営側はまず、新たに監獄のような施設を用意する。
安直ではあるがその名も『終わりなき牢獄【エンドレスヘル】』
ここに収監されたPKには非常に重い処罰が下される。
手始めに行われるのは、PKプレイヤーのLvを1に引き下げることである。
監獄で待っているのは多種多様な善行クエストなのだが、ここで受けられるクエストは、到底Lv1では攻略不可能なクエストばかりなのだ。
PKがこの監獄から出るには二通りの方法がある。
一つ目は善行クエストを攻略し、自身の蓄積されている『業』を0にすること。
二つ目は『賞金稼ぎ』への転職だ。
PKには『業』によってそれぞれランクがあるのだが、『賞金稼ぎ』がPKを倒すことで自身の『業』を減少させることが出来る。
もちろん、PKに掛かっていた懸賞金も入手することが出来る。
そういった理由から、実質一つ目が無理筋なことを思えば、残された道はただ一つ。
賞金稼ぎとなり、PKを倒すことで自身の『業』を減らすのだ。
賞金稼ぎは一般のプレイヤーとは違い、『業』が0になって自由の身になるまで他の職に転職することが出来ないという縛りはあるが、PKの時には立ち入ることの出来なかった場所にも入ることが出来る。
一般プレイヤーに比べれば制限はあるが、PKとしてゲームを遊ぶよりは何倍も快適にプレイ出来る仕様である。
そして二つ目のデメリット。
PKが一般プレイヤー、または賞金稼ぎに打ち取られた場合の処遇だが、これはもはや問答無用の対応である。
PKが打ち取られた際は、その時点でLvを1に戻され、同じく『終わりなき牢獄』に強制転移される。
その後に行われるのは先ほど説明した通りである。
しかしこれは一般プレイヤーや賞金稼ぎに倒された場合の処理であり、MOBに倒された場合は通常のデスペナルティとある場所への転移で済む。
そのある場所というのは、PK専用の街、『クライマーズシティ』である。
この街は運営が用意したPKと生産職にしか入れない街である。
なぜこのような街を運営が用意したのかというと、PKに対する縛りとして、通常の街の出入りが不可能で、転移してしまった場合は有無を言わさずに衛兵NPCに捕えられて強制転移させられてしまうということから、MOBに倒された場合にのみ、転移先を変えてやる必要があったためだ。
この『クライマーズシティ』でのみ、PK達は武器のメンテナンスやメインクエストを受けることが出来る。
まぁ…無法地帯であることに変わりはないのだが…
ちなみに、全く利用されることはないのだが『業』を減らすことの出来る施設である教会も設置されていたりする。
かなり話が反れてしまったが、この重すぎるといっても過言ではないデメリットの存在があるために、むやみやたらとPKに走るプレイヤーは多くはない。
むしろ、これでPKになる者はよほどの物好きであるだろう。
そんな物好きの中の一人が、冒頭に登場した『彼』である。
これから語られるのは、そんな『彼』が非現実に巻き込まれていく様子である…