女神と秘書
冒険者ギルド、ギルド長室
ミネルバが冒険者ギルドを去ってからおよそ2時間後のこと。
ギルド長室にデバイスと呼ばれる携帯端末の着信音が鳴り響く。
「失礼します」
その着信音の発生源は、ギルド長秘書であり、受付嬢達の総括も務める女性であるエナ・マクガルフィーの持つデバイスからだった。
一言ギルド長に断りを入れデバイスのモニターを見ると、通信主はSクラス冒険者、グラン・アルフリードからの通信であった。
エナの思い当たる内容として、グランと組んでいるもう一人のSクラス冒険者、フィリス・アイオーンの二人に指名依頼した件の報告だろうと思ったエナは、ギルド長室を出て着信に応じる。
「はい、エナです。依頼の報告ですか?」
『やぁ姐さん。元気そうで何よりだ』
「その呼び方は止めなさいと言っているでしょう…それで?どうかしましたか?」
『まぁまぁ。依頼の報告もそうなんだが、それよりも重要な報告がありましてね』
「重要な報告…ですか?」
『直接話した方が分かるでしょうから替わります』
グランからの連絡は指名依頼よりも重要なことだという。
エナが内容を予想しているうちに相手が替わったらしく通話が再開される。
『久しいな。150年振りといったところか?』
「その声は…まさか…アルテミス様ですか!?」
『あぁそうだ。今はエナと名乗っているのだったか?」
「は、はい…ご壮健そうで何よりです」
『まぁ、私も神だからな。大して変わることはないさ』
「それもそうですね…しかしアルテミス様、今回はどうして下界に降りて来られたのですか?」
『あぁ、そのことでグランに連絡してもらったのだ。実はだな…』
アルテミスが挨拶もそこそこにして、何故下界に降りてきたのかの説明を始める。
アルテミスが開発した装置を、誤ってアテナが操作し、異界の者を召喚したこと。その際にイレギュラー的に別の者も紛れて召喚され、その転移先がリカントの森であったこと。
その後、グラン達と合流するまでの話をエナは相槌を打ちながら聞いていた。
「なるほど…それで下界に…しかし異界の者ですか…リカントロードを難なく単独撃破したというのが聞いただけではにわかには信じられませんが…アルテミス様がそう仰るのなら事実なのでしょうね…」
『正直、私自身も信じられなかったがな。グラン達に依頼した討伐対象だったようだな?』
「えぇその通りです。しかし、討伐されたというのであればギルドとしては有り難い限りです。民達も安心するでしょう」
『だといいがな。それでここからが本題なのだが、先程も説明した通り、彼女がグラン達と会った後、一人で王都に向かったようなのだ。紹介状と推薦状を持たせたらしいからギルドにも顔を出すはずだ。その対応をしてほしい』
「かしこまりました。グランとフィリスがこちらを発ってから二日程でしたから…二日後、早ければ明日位には辿り着くかもしれませんね。早々に手配しておきます」
『いや…もしかするともう着いているかもしれん…』
「え…?まさか…二日程もかかる距離ですよ?もう到着しているとは考えにくいですよ…馬にでも乗っていたとしても―――」
『そういったところが規格外の子なんだ…私としてもあり得ないと言いたいがね…あの子なら場合によってはそれもあり得ると思って連絡したのだよ』
「アルテミス様がそこまで仰るほどですか…わ、分かりました。すぐに確認してみます」
『急がせてすまないがよろしく頼む。近々私達も友人として寄らせてもらおう』
「友人だなんて恐れ多い…それではお待ちしておりますアルテミス様。失礼いたします」
通話を終えたエナがデバイスを制服の胸ポケットにしまうと、小さくため息をついて緊張を解す。
エナ・マクガルフィー
エルフであり特有ともいえるその長くスラリと形の整った長い耳と美貌を兼ね備えた、才色兼備の冒険者ギルドきっての敏腕秘書である。
冒険者ギルドが設立されてからおよそ150年ほど建っているのだが、長命なエルフであるエナはギルド設立当時から様々な形で関わっている古株だ。
そのエナが冒険者ギルドの秘書に就任したのは、今から約50年程前の話である。
そして、何故女神であるアルテミスとアテナの二柱と旧知の仲であるのか。
今からおよそ160年前、アルテミスとアテナは下界の視察という名目で旅をしていた。
その旅の道中、二柱は当時冒険者をしていたエナと出会い、その後10年間行動を共にしたのだ。
冒険者ギルドの設立とアルテミス達との間には、あるエピソードがあるのだが、それはまた別の話である。
ともあれ、アルテミスのからの話だと、経緯は違えど、自分と似たような境遇の者であるという。
エナは話を聞いただけではあるが、その人物に親近感、引いては家族のように感じてさえいた。
出会い方の違いはあれど、女神であるアルテミス、アテナと共に行動を共にしたエナだからこそ、彼女を理解してあげられる部分もあるだろう。
「ふふっ…ミネルバ・リッジコーストですか…会うのが楽しみですね」
こんな気分になったのは何十年振りだろうか?
エナは自分でも気付かなかったが、嬉しさのあまり微笑みを携えて一階の登録課へと向かうのだった。