到着
お待たせしました
図書館を飛び出して十数分後。
ヘンリーが出せる全速力で中央広場を駆け抜けると、辿り着いたのはスイング式の入り口をした大きな建物の前だった。
「はぁ…はぁ…こ、ここがっ…冒険者ギルド…だ!!」
「おぉ…ここがそうなんですかぁ…」
全速力で走ってきたヘンリーが肩を上下させながら必死に空気を取り込もうと息をしている。
対するミネルバは、全く疲れた様子もなく平然としていた。
ミネルバとヘンリーのステータスの差が生んだこの結果なのだが、当然このことにヘンリーは気付けなかったため、平然としているミネルバにヘンリーは言葉を無くす。
「おい、お前ら邪魔だ。どけ!!」
後ろから突然声を掛けられ驚く二人。
振り返ると、柄の悪そうな冒険者然とした数人の男達が立っている。
冒険者ギルドの真ん前にいた自分達が、冒険者達の通行の邪魔になっていたのだ。
「あっ、ご、ごめんなさい…」
そそくさと道を譲るミネルバ。
冒険者達がギルドに入っていく際、そのうちの一人が投げ捨てるように言い放つ。
「ケッ!こんな往来でイチャついてんじゃねぇよ!」
そう言われて、ヘンリーは図書館から今まで、ミネルバの手を取ったままでいたことに気付き、慌てて手を離す。
「わっ!?す、すまない!!」
「あ~、別に気にしてませんよ」
ミネルバ自身は言われた理由も、ずっと手を握られていたことも分かっていたが、必死な様子のヘンリーに気を使って何も言わなかったのだ。
一方、気にしていないと言われたヘンリーは、その台詞に全く脈が無いことを悟ると、若干凹んでいた。
そもそも、身体は女性でも中身が男であるミネルバからすると、そういった浮ついた気持ちになるわけがないのだが…
ともあれ、色々と寄り道はあったが、ようやくミネルバにとっての第一目標である冒険者ギルドに辿り着くことが出来た。
ミネルバは内心ワクワクしていた。
不謹慎ではあるが、これから始まるであろう冒険や見知らぬ場所、出来事に心踊っていたミネルバの口角はうっすらと吊り上っていた。
「なんか嬉しそうだな?」
「え?そうですか?」
「あぁ。それはワクワクしてる顔だな」
言われたミネルバが両頬をもにもに揉み解し、照れ笑いを浮かべる。
「えっと…ボクの目的のための足掛かりというか、その第一歩って思ったら、なんか興奮しちゃって…」
「そ、そうか…」
照れ笑いを浮かべて苦笑しているミネルバに、つい先程、脈は無いと悟ったはずのヘンリーがまたしてもその笑顔に籠絡する。
存外、チョロイ男のヘンリーである。
「案内ありがとうございました。ボク一人じゃここに来るのに時間が足りなかったと思います」
「いや、こっちこそ半端な案内になってしまってすまないな」
「そんなことないですよ。あ、そうだ…」
ミネルバがおもむろにポーチの中を漁り、一つの小袋を取り出しヘンリーに渡す。
「これは?」
「報酬って言ったら大袈裟になりますけど、クッキーです」
「くっきぃ?」
ミネルバが取り出したのは、前日アテナ達に出したデザートを作る際に、同時進行で作ったクッキーだった。
包装した覚えは無かったが、取り出す際に自動的に包装されたようで可愛らしくリボンまで付いている包みとなっていた。
だが、セブンスガルドの一般人にとって、クッキーに留まらず、お菓子や甘味は、貴族や裕福な家庭の者くらいしか口に入る機会は無く、ヘンリー達一般市民には馴染みの薄い代物であったため、品名を言われてもヘンリーは分からなかったのだ。
そんな事情を知らないミネルバだったが、噛み砕いて何なのかを説明する。
「お菓子ですよ。携帯食みたいに手軽に食べられるお菓子です」
「お、お菓子?いいのか?こんな高級な物を貰っても…」
「手作りですから高級でもなんでもないですよ。材料だって高いものでもないですからね」
「そうなのか…しかも手作り…ありがとう。味わって食べるよ」
「そんなに大層な物でもないんですけどね。じゃあボクは登録に行ってきますね。ホントにありがとうございました!!」
笑顔でお礼を言うと、ミネルバは冒険者ギルドの中へと入っていく。
ヘンリーはというと、初めて女の子――中身は男だが――からの手作りお菓子を貰えた事が嬉しく、スキップしながら帰路につく。
途中、鎧を着たままだったことを思い出し、自分の配属されている東口駐屯所に戻り着替えていると、仲間の衛兵がクッキーの存在に気付く。
どうしたのかと問われたヘンリーは、浮かれていたために、ありのまま手に入れた経緯を話してしまう。
その結果、ヘンリーは一欠片もクッキーを口にすることなく、嫉妬に燃える衛兵達に食い尽くされてしまったのだった…
今回はヘンリー君いじりの回でしたが、次回は冒険者ギルドでのミネルバのやり取りが中心の回になります。
次回もお楽しみに!