王立中央図書館②
セントマルクス城下街
このセントマルクスは都市の中央に大きな湖が存在しており、湖の中心には島がある。
この島は無人島であったのだが、時の権力者により城が建設される。
その建設を促した者が、初代セントマルクス国王、ヴィンセント・フォン・マルクスである。
王都セントマルクスは、今でこそ巨大な都市となっているが、建国した当初はここまで大きな都市ではなかった。
湖による自然の守りが城の防衛を磐石のものとし、そこから湖周辺を囲うようにして街を形成、それが大きくなっていったのがセントマルクスなのだ。
時を重ねるごとに大きくなっていく街には、やがて人が集まるようになっていく。
そして建国からおよそ200年が経とうとしている現在、都市の拡大は留まることを知らず、膨大な面積を誇る巨大都市へと変貌を遂げる。
新しい技術を取り入れることにより近代化も図られているこの街は、2000年代の東京都とほぼ同等の便利な造りとなっており、人々は不自由することなく平和に暮らしている。
もしセントマルクスの街を全て見るとなると、公共の交通機関などはあるが、それを用いて回ったとしても、一日や二日では見て回るのは不可能というのは案内役のヘンリーの談である。
現在ミネルバ達が歩いているのはセントマルクス東大通り。
『冒険者修練所』とも呼ばれているアクロ大平原へと続く通りのためか、冒険者の姿が多く見られる。
その冒険者達を相手取っているのがこの東大通りに建ち並ぶ様々な店だ。
武器屋、防具屋は言うまでも無く、消耗品を扱う道具屋や素材を専門に扱う素材屋等々、どこを見渡しても客引きの声が後を絶つことなく賑わっている。
「お?ヘンリー!!こんな時間から女の子を連れ回すなんてお前も成長しやがったなぁこの野郎!?」
「あらヘンリー、ちょうど良かったわ。コレ、お母さんに渡してちょうだいな」
「あ~!?ヘンリー兄ちゃんがレイア姉ちゃんじゃない姉ちゃんと歩いてる~!!レイア姉ちゃんに言ってやろ~っと!!」
道行く人々に声を掛けられるヘンリーは、東大通りを抜ける頃にはグッタリと疲れた様子だった。
「はぁ…悪いなミネルバ…気を悪くさせただろう?」
「いえ全然?慕われてるんだなぁって思って見てましたよ」
クスクス笑って答えるミネルバだったが、ヘンリーの表情はバツの悪そうなものだった。
「この辺りは俺がガキの頃から住んでる場所だからな…もう庭みたいなもんで知らない人もいないんだよ」
ミネルバはそれを聞きながら、日本で言うところの下町みたいなものかと思い納得する。
イギリスの街並と地中海の街並を混ぜたような造りのセントマルクスの街を雑談しながら歩いていると、やがて大きく開けた広場に差し掛かる。
「ここはセントマルクス中央広場だ。あっちの湖の中心に建っているのがセントマルクス城、そしてすぐそこにある大きな建物が、ミネルバの目的の一つ、王立中央図書館だ」
目の前の王立中央図書館の様子は、格式高く荘厳で歴史のありそうな見た目だ。
ほわぁ…と目を丸くしながら見上げるミネルバ。
ひとしきり見て満足したミネルバはヘンリーに尋ねる。
「ここの図書の中に、魔力の扱い方とかを書いてる本なんてありますか!?」
問われたヘンリーは腕を組み、ミネルバの質問に対し難しい顔を浮かべて答える。
「う~ん…どうだろうなぁ?俺は勉強とかは得意じゃないし、ここもほとんど利用したことがないからなんとも言えないなぁ」
「そうですか…」
ヘンリーの返答に残念そうにうなだれるミネルバだったが、コホンと咳払いするとヘンリーが続きを促す。
「俺にはよく分からないけど、探している本があるのなら中にいる司書の人に聞いてみればいいさ」
「それもそうですね…そういえば、ボクでも利用出来るんでしょうか?身分証明出来る物とか持ってないですけど…」
「たぶん大丈夫じゃないかな?基本的に根無し草の冒険者の連中も利用してるのを見たことあるしね。まぁこうしていても仕方ないし、入ってみるのが早いだろう」
そう言いながらヘンリーは図書館に入っていき、ミネルバもヘンリーの後を追いかけ中に入る。
「ふわぁ……」
自分の想像していた図書館のイメージと違ったことに、思わず感嘆の声がミネルバから漏れる。
図書館の中は思っていたよりも閉鎖的ではなく、むしろ明るく開放的な造りとなっていた。
三階建てのこの図書館は天井まで吹き抜けとなっており、屋根はガラスのような透明な素材で出来ていて陽光が入り込み図書館全体を明るく見せている。
ミネルバが一階のエントランスと呼べるほどの広さのフロアをキョロキョロ見回しながら歩いていると、先に進んでいたヘンリーが受付らしき場所で手を振ってミネルバを呼んでいた。
「何か気になるものでもあった?」
ミネルバがヘンリーの下へ辿り着くとヘンリーが尋ねる。
「いえ、そういうわけではないんですけど…想像していたのと雰囲気が大分違ったもので…」
「そういうことか。まぁ確かに図書館って感じはしないからなぁ」
「そうですよね…図書館というよりも何というか…お洒落なホテルみたいな」
「昔はこんな感じではなかったんだけどね。今の国王様に代替わりしてから一度大々的に改築されてるんだよ」
ヘンリーいわく、改築する前のこの王立中央図書館は、年々利用者が減少する一方だったらしい。
理由として、当時のこの図書館はミネルバが想像していたように、建物の中は薄暗く、閉鎖的で張り詰めたような空気が支配している感じだった。
一般開放しているにも関わらず利用者が増えなかったのは、そういった図書館の雰囲気から、敷居が高いと見られていたために人が寄り付かなかったのだ。
歴史のある図書館ではあるが一時は取り壊しの話も出ていた。しかしこれを嘆いた現国王が市民から要望を取り、それを取り入れた上で改築という形で新たに今の図書館に作り直したところ、利用者は急激に増加したのだという。
「今の国王様は新しい物や新技術とか、そういった物が好きらしくてな。色々と便利な物を取り入れて、この街を住み易くしてくれているんだよ」
「そうなんですかぁ…良い王様なんですね」
「あぁ。賢王様と呼ばれるだけのことはあるよ」
どこからともなく図書館内に流れる癒し系のBGMに和まされる二人。
しかし和んでいる場合ではなかったと思い出したミネルバは受付に誰もいない事に今更ながら気付く。
「あ…受付しないとですね」
「おっとそうだな。忘れるところだった」
お互いに目的を忘れかけていたことに苦笑する二人。
それと同時に、ミネルバは二つ気にかけていたことを思い出す。
(こっちの世界の文字ってボクに読み書き出来るのかなぁ?)
ここまでの道中、店の看板や文字等を流し見していたミネルバだったが、書かれていた文字は見たこともないものだった。
つまりミネルバの心配事というのは、『読む』、『書く』、この二つが出来るのかということだ。
この二つの内、『読む』についてはこの後すぐに解決することになる。
受付のカウンターには呼び鈴が備え付けてあり、呼び鈴のすぐ脇に何かが書かれている小さな立て札があった。
その立て札をジッと見つめると、わずか1秒もかからず文字に変化が起きる。
文字が一瞬ぐにゃりとと歪んだかと思うと、次の瞬間、ミネルバにとっては読み慣れた日本語の表記に変わる。
【御用の方は呼び鈴を鳴らしてお呼び下さい】
(おぉ!!翻訳された!!FLOのシステムアシストでも働いているのかな?)
そんなことを思案していたミネルバだったが、、ヘンリーはその様子に気付くこともなく呼び鈴を鳴らす。
チリーンと澄んだ鈴の音が聞こえたようで受付奥の扉から『はぁい』と間延びした声が返ってくる。
やがて奥の扉が開くと、これまたミネルバが予想していたような司書とはかけ離れた格好をした人が姿を現したのだった。
次回更新は未定ですが、またある程度時間が取れたら順次更新していきます。