街壁の戦い
お待たせしました…第3章スタートです~
アテナ達と別れたボクは、目的地である『セントマルクス』に向けて走っていた。
姿を消すためのスキル『インビジブル』も周囲に人がいないため解除していた。
走るといっても常人のスピードではなく、優夏を助け出す際に出していたスピードだったため、セントマルクスの街壁が見えてきたのは思っていたよりも速かった。
時間にしておよそ三時間ほど走り続けていたのだが、ステータスの補正も手伝って、疲れは全く感じていない。
(現実でこんなに動いたりしたら、今頃きっと間違いなく倒れてるんだろうけど…)
そんなことを考えていると、突如前方の空に狼煙が打ち上げられた。
今いる場所からはそう遠くないようだ。
(何だろう?緊急事態?)
大事があってはいけないと思いボクはそこへ向かって進路を取る。
現場に近づいてみると、衛兵らしき二人を十数匹の子鬼のような魔物が取り囲んでいた。
「くそ!!何なんだよこの数は!?」
「ゴブリンがここまでの徒党を組んで押し寄せて来るなんて…」
衛兵の一人が槍を突いて牽制し奮戦するが、もう一人は目の前の出来事に顔を青くし、絶望した表情を浮かべている。
「もうダメだ…に、逃げようヘンリー!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!ここで俺たちが逃げ出したら王都にコイツ等が雪崩れ込んじまうだろうが!?」
「でも……っ!?ヘンリー危ない!!」
「なっ!?くそがぁ!!」
口論する二人を嘲笑っていたゴブリンの内の一匹が隙を突いてヘンリーと呼ばれた衛兵の太腿を斬りつけるが、咄嗟に身を翻して致命傷を避け、斬りつけてきたゴブリンを槍で突き殺す。
致命傷を避けたといっても、斬られた太腿の傷は深く出血量が多く、ついには地面に膝を着いてしまう。
「ゲッゲッゲッ…」
傷ついたヘンリーを囲うようにゴブリン達がにじり寄る。
「ヘンリー!!」
「ルイス、お前だけでも逃げろ!!」
しかし、ルイスと呼ばれた衛兵の周りには、逃がさないといったように既にゴブリン達がルイスを包囲しており、八方塞がりで逃げ場は無くなっていた。
「う、うわぁ!?」
「くっ…ここまでか…」
状況を判断して、もうダメだと諦めていたヘンリーがその場で蹲るが、ゴブリン達が襲ってくる気配がまるで無いことを不思議に思い顔を上げると、ゴブリン達の背後に一人の少女が立っていた。
ゴブリン達の興味は既に少女に向けられており、涎を垂らして舌舐めずりしている。
ヘンリー達にはもはや一匹たりとも見向きもしていなかった。
ゴブリンやオークは、大人の女性や子供を好んで攫う。
人間の女性を無理矢理孕ませ子を産ませるのが繁殖方法であるために、ゴブリンやオークの討伐依頼は常に張り出されている。
子供を攫うのは、ゴブリン達にとって、子供の肉の方が柔らかく美味であるからだ。
そして、今ゴブリン達の目の前にいる少女は、大人とも子供とも呼べる歳頃、15~16歳ほどの少女だ。
ゴブリン達からすれば極上の獲物である。
「来るな…逃げ―――」
「グゲェェェェ!!」
逃げろと言おうとしたヘンリーの言葉を遮るように、一匹のゴブリンが剣を振り下ろすと、それを合図にしてゴブリン達が一斉に少女に襲い掛かった。
鈍器で殴りつけるような音が聞こえヘンリー達はきつく目を閉じる。
やがてその鈍い音が聞こえなくなると、恐る恐る目の前の光景を確認するために目を開く。
そして二人は信じられない光景を目の当たりにした。
「「は……?」」
目の前には、首の捻じ切られたようなモノ、上半身と下半身が分断されたモノ、頭であったであろう部分が大きく陥没しているモノ等、目を背けたくなるような惨状となっていた。
まさに死屍累々
転がっていたのはゴブリンだったモノであった…
そんな凄惨な場面の中央に、まるで何事も無かったかのように手を叩いて汚れを落としている少女がいた。
少女が周りをぐるりと見渡し確認を終えると、急にげんなりした表情になり一言呟いた。
「うへぇ……気持ち悪っ……」
「「………………」」
あまりの出来事に言葉が出ない二人。
ヘンリーは色々とツッコみたい気持ちになったが、目を閉じていたために何をどう言っていいか分からない状態であり、ルイスに至っては思考が追いつかなくなったのか、そのまま白目を向いて気絶してしまう始末だった。
二人の様子に気付いた少女が、ヒョイヒョイ死体を避けながら近付いていく。
「あの…大丈夫ですか?」
「っ!?あ、あぁ…何が起きたのかは分からないが…なんとか…」
唖然としていたところを急に話し掛けられたヘンリー。
しかし、太腿を斬られていたことを思い出すと同時に、忘れていた痛みが再び襲ってくる。
「痛っ…」
「うわっ!?斬られてるじゃないですか!?動かないでくださいね…―――『ヒール』」
「これは…治癒術か?」
「そんなとこです…よし、これで大丈夫ですね…」
太腿の傷に気付いた少女が患部に手を当て呟くと、温かな光が傷口を包み込む。
やがて一分もしない内に傷口は完全に塞がり、おまけにヘンリーの体力も回復していた。
少女はルイスの方に近寄り状態を確かめると、同じようにルイスにも治癒術らしきものを施す。
「こちらの方は気絶しているだけみたいなので問題無さそうですね」
「そうか…すまない。助かったよお嬢さん」
「あ~…いえいえ、狼煙を見て来たんですが、間に合ったようで何よりです」
ヘンリーのお礼に対し、初めは微妙な表情を浮かべるが、少女はここに来た理由を述べる。
「ルイスがさっき上げた狼煙か…あぁ、俺はヘンリー・マイラス、そっちの気絶してるのはルイス・ジラールだ。セントマルクス街壁の衛兵をしている。よろしくな」
「やっぱり衛兵さんでしたか。ボクはミネルバ・リッジコーストといいます。こちらこそよろしくです」
ミネルバがお辞儀して微笑み返す。
しかしこれがいけなかった…
ミネルバは無自覚であるため特に他意は無いのだが、ミネルバの妹の優夏や冒険者のフィリスが言うように、同姓(?)から見て百歩譲ったとしても、ミネルバの容姿は美少女であった。
そんな美少女に微笑みかけられた場合、その人物はどうなるだろうか?
「…………」
答えはこうである。
ミネルバに見惚れてしまい、言葉を無くして恍惚とした表情を浮かべてしまうのだ…
つい数時間前にも似たような体験をしていたミネルバだが、自分の容姿に対し何とも思っていないためにこういった事実に気がつかない。
「あ、あの~…ヘンリーさん?」
「……はっ!?す、すまん…少し呆けていたようだな…」
ミネルバが声を掛けると、ヘンリーは我に返り、頭を振って気を落ち着ける。
「それはそうと、あのゴブリンの群れは君がやったんだよな?」
「まぁ…はい…」
「やはりそうなのか…とても信じられないんだが、一体どうやって倒したんだ?」
ヘンリー自身気になっていたことだった。
その時のヘンリーは目を閉じていたために、どのようにしたらこんな惨状が出来上がるのか疑問であったのだ。
ミネルバを見ても、武器の類は持っていないように見える。
だが確認してみると、信じられないが、これをやったのは目の前の可憐な少女の仕業だと言う。
ヘンリーの問いにミネルバは言いにくそうにしているが、やがて自分が何をしたのかを答えた。
「え~っと…殴ったり…蹴ったり…」
「は…はぁぁぁぁぁ!?」
ヘンリーの反応は当然と言える。
ミネルバの言い方は、大分マイルドな言い回しになってはいるが、つまりは素手でゴブリン達を殴殺したと言っているのと変わらない。
ミネルバの言葉を正しく理解出来たからこそのこのヘンリーの反応は決して間違ってはいない…
しかし、ミネルバはこの世界の住人ではなく、異界の、しかもその中でも一、二を争うほどの実力者である。
この時点では、ヘンリーはまだ、ミネルバが異界の者であるという事実を知らないのだから当然と言えば当然なのだ。
困惑するヘンリーではあったが、どんな方法であれミネルバに救われたのには変わりない。
ウンウン唸っていたヘンリーではあったが、散々悩んだ末、ミネルバの言葉を頭の隅に追いやり、最終的には聞かなかったことにした…