別れ
その後、お互いというよりも主にボクがこの世界のことについて知りたい情報などを聞いたりしている中で、ふと、二人の今後の予定について気になったため聞いてみた。
「そういえば、グラン達の依頼はどうなるんだ?討伐自体は終わってるけど…」
「どちらにしろ現場の調査も依頼に含まれていますので目的地に変更はありませんわね」
「そうだな。だが、戦闘しなくてもいい分、仕事はずっと楽になった。これなら予定よりも大分早く王都に帰れるんじゃないか?」
どうやら討伐だけが目的ではないらしく、この後もリカントの森に向けて出発しなければならないようだ。
となると、ボク達とは逆方向になるわけだが、ここで今までおとなしかったアテナが首を突っ込んできた。
「え~!?せっかく仲良くなれたのにもう行っちゃうのぉ!?」
「申し訳ありませんアテナ様…私達もこれが仕事ですので…」
「仕事と神様どっちが大事なの?」
「そ、それは…」
アテナに言い寄られ困った表情を浮かべるフィリスさん。
グランも相手が神様ということもあり対応出来ない様子だったため、仕方なくボクが助け舟を出すことにした。
「あ~…アテナ。あまり二人を困らせたらダメだろう」
「え~?やだやだぁ!もっとフィーちゃんにくっついてたいもん!!」
「アテナ様…」
自分の崇拝する女神に愛称で呼ばれたためか恍惚とした顔になるフィリスさん。
失礼いたしますと一言告げると、そのままアテナを抱き締め、抱き締められたアテナはというと、フィリスさんの胸に顔を埋め、くふふ…最高級おっぱい…と言いながら気持ち悪い笑みを浮かべていた…
アテナの行動にかなり引きつつも我慢して説得を続ける。
「わがまま言うなって…それに、ボク達もアルさん達と合流しなきゃならないんだから」
「だったら一緒に行けばいいじゃん!」
「だからそれだと二人に迷惑かけちゃうだろう…」
「迷惑なんてかけないもん!!」
いやいやアテナ…
どの口がそれを言うのかな?
アテナのその言葉に何とか抑えていた怒りが沸々と込み上げてくるが、それでもボクは平静を装って続ける。
「へぇ?ボクには迷惑かけてないって言うのか?」
「へ?何か迷惑かけたっけ?」
「なっ……」
流石にこれには言葉を失った。
あれだけ人に心配かけておいて本人には全くその自覚が無いときた…
ボクとアテナのやり取りを見ていることしか出来ない二人は、ボク達の様子を見てハラハラしっぱなしである。
我慢出来なくなってきたボクはアテナに問い詰めるような口調で言葉をかける。
「じゃあ聞くけど、ジャイアントボアから飛ばされた後はどうするつもりだったんだ?」
「何それ?こうして助かってるんだから別にいいでしょ?」
「それはただの結果論だろう?グランとフィリスさんがいなかったり、ボクが追いかけて来なかったらどうするつもりだったのかを聞いている」
「あぁもうしつこいなぁ…そんなの知らないもん!!」
ボクの問い詰めに嫌気が差したのか、返ってきた言葉は投げやりなものに変わり、不機嫌なのを隠そうともしない。
怒りたいのはこっちなんだが…
しかし、ここで諦めては二人に迷惑をかけてしまうため、根気強く説得しようとするが、それより先にアテナが言い放つ。
「そんなに言うんだったら、ネルたん一人で動けばいいでしょ!!」
これを聞いたボクは説得を諦めた。
散々わがままに付き合わされた挙句に言われたのがこれだ。
馬鹿馬鹿しくて声も出ない。
ボクの中の怒りはとうに越えており、今アテナに抱いているのは呆れと強い失望感だけだ。
ボクは静かに目を閉じ一度深呼吸する。
「ミ、ミネルバ…?」
「アテナ様…いくらなんでもそれは…」
成り行きを見守っていた二人が堪えかねて声を掛けてくるも、気まずい沈黙は続く。
どれくらいの時間が経過したかは分からない。
その沈黙はボクが破ることになる。
「分かったよ…」
ボクの声が聞こえたようでアテナが答える。
「ふふん♪分かればいいんだよ♪じゃあ皆で――」
「いいや、何を言ってるんだアテナ」
得意気に話を進めようとしたアテナの言葉を遮りボクは訂正する。
「アテナ。君とはここでお別れだ」
ボクからの思ってもいなかったであろう言葉にキョトンとするアテナ。
しかしボクは、そんなアテナに追い討ちをかけるように続ける。
「聞こえなかったのか?なら何度でも言うよ。ここでお別れ、さよならだ」
何の感情も込めず無機質に言い放った言葉は、一瞬時間が止まったのではないかと錯覚するくらいに冷め切った口調だった。
「え…?な、なんで…?」
訳が分からないといった感じで聞き返してくるアテナだったが、ボクの口調は変わることなくアテナを突き放す。
「一人で動けばいいと言ったのはアテナ、君だよ。だからボクはそうさせてもらうことにした。ボクの方の問題は自分自身で片付けるからアテナも勝手にしたらいい。ボクはもう知らない」
無表情でアテナを見据えてそう伝えると、アテナは突然のことにどうしたらいいのか分からず困惑する。
ボクはグランとフィリスさんに向き直り、冒険者である二人に依頼することにした。
「グラン、フィリスさん。この先にボクの妹とアルさんがいるはずです。そこまでで構わないのでアテナの護衛をお願いしたい」
「お、おい、本気なのかミネルバ」
「そうですわよミネルバさん。もう少し良く考えたほうがいいですわ」
心配してくれている二人の気持ちは分かるが、ボクとしては正直、このままアテナのわがままに付き合っていては命がいくつあっても足りないという考えが強くなっていたため、改めるつもりは毛頭無い。
ボクは首を横に振りその気が無いことを表すと、インベントリからお金を実体化させる。
FLOで持っていた金額がリラという単位に変わってはいたが、そのままこの世界でも使えるようなので問題は無いはずだ。
「報酬は前払いで、ここに一千万リラある」
ポンとグランにお金の詰まった袋を渡すと、あまりの金額の大きさにグランが変な声を出したのが聞こえた。
「お、お前…!?い、一千万リラって、正気か!?」
「ん?足りないのか…じゃあ、もう一千万――」
「いやいやいや!!ただの護衛の報酬額にしては多すぎだ!!」
「グラン…今は金額とかの問題ではないでしょう?」
論点がずれているグランを呆れた様子で窘めるフィリスさん。
続けて問い質すようにボクに質問してくる。
「ミネルバさん…本気なんですね?」
ボクの意思は揺らぐことは無い。
「はい。ボクはこれから一人で行動します。無責任で勝手なのは重々承知してはいますが、アテナのあの態度が変わらないのであれば面倒見切れませんから」
フィリスさんはボクを見据え様子を伺っている。
やがて一つため息をつくと、不本意ではありますがと前置きして
「分かりました…その依頼、責任を持ってお受けいたします」
その言葉に一番驚いていたのはグランだった。
グランはフィリスさんを呼ぶと、ヒソヒソと話し出す。
(おいフィリス…いいのか?)
(ミネルバさんの意志は固いようですから…それに、きっと止めようとしても、私達二人だけではミネルバさんを抑えるのも困難ですわ…)
(っ…!?『見た』のか?)
(えぇ先ほど…正直なところ、底が見えませんでした…おそらくグラン、貴方よりも…)
(それほどか…)
グランが腕を組んで押し黙ったのを見て話が終わったようだったのでボクは出発する旨を伝える。
「それじゃあボクはそろそろ出発します。アテナのことはアルさんの判断に任せると伝えてください。妹には…すまないと…では、お願いします」
当のアテナには一瞥もくれずにボクはセントマルクスの方角に身体を向け歩き始める。
「ま、待って!ネルた――」
「『インビジブル』」
呼び止めようとするアテナの言葉を遮り、身を隠すスキル『インビジブル』を発動させ一気に駆け出す。
アテナは自分がようやく本気で怒らせてしまったことを自覚するも、気付くのが遅かった。
あまりにも遅すぎたのだ…
置いて行かれて初めて自分が悪いことをしたのだと理解するが、謝らなければいけない相手は姿を消し、すでに遥か彼方を駆けている。
「ネルたぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
広大な平原にはアテナの悲痛な叫びがこだまするのだった…