出会い
お待たせいたしました…
「無事か嬢ちゃん!?」
ボクが近付いていくと、唖然としていた二人のうち、男性の方が声を掛けてきた。
ボクの身体や容姿を見て言ったのだろうが、だからといって嬢ちゃん呼ばわりはやめてほしい…
「あ~…まぁ…はい…」
攻撃を仕掛けてきた相手に心配されたために、どう返答しようかと考えたが対人スキルの低いボクは、結局何とも言えない返事をしてしまった。
ボクが微妙な表情でいると。もう一人の女性がアテナを抱えたまま謝罪してきた。
「私の相方が何も考えずに行動してしまって本当にご迷惑をおかけしました」
「いや、何も考えてなかったわけじゃ――」
「お黙りなさいグラン…」
「う……」
反論しようとした男性を冷笑を浮かべながら静かに一喝すると女性は言葉を続ける。
「私はフィリス・アイオーンと申します。隣のこの男はグラン・アルフリード。冒険者をしておりますわ。以後お見知りおきを」
物腰柔らかく柔和な笑みを浮かべながら自己紹介してくるフィリスさん。グランと呼ばれた男性に対する態度との違いに少し面食らってしまったが、特に気にした様子もなかったためボクもそれに習うことにした。
「ご丁寧にどうも。ボクはミネルバといいます」
「ミネルバさん…ですか。セカンドネームは何といいますの?」
ん?セカンドネーム?
あぁ、名字のことか
ボクが伝えたのはファーストネームであるミネルバという名前だけだったので、確かに自己紹介としては不十分だろう。
しかしセカンドネームか…
今更ではあるがまったく考えてなかった。
現実世界での名字をそのまま使うのも違和感しかないし、かといって無いというわけにもいかない。
「えっと…リッジコースト…ミネルバ・リッジコーストです」
実に安直ではあったが、ボクはこう告げた。
ボクの名字である『峰岸』
それをそれぞれ英語に読んだだけである。
峰は英語でridge、岸はcoast
それを繋げてリッジコースト。
例えば『水本』という名字をウォーターブックと呼び換える言葉遊びのようなものだ。
勝手につけちゃったけど、後で優夏にも伝えなきゃ等と考えていると、抱えられたままのアテナも自己紹介する。
「私はアテナだよ!!」
「「え…!?」」
異口同音
アテナの名前を聞いた二人の表情に緊張が走り、互いに目を合わせている。
そうなるのもこの世界では無理からぬ話であった。
このセブンスガルドではある約束事があるらしい。
アルさんから道中聞いたことの受け売りになるのだが、この世界では神の名を名乗ることは罪になるとのこと。
それが例え子供であってもその罪は適応されるというのだから恐ろしい。
実際にあった話として。大昔。ある青年が自分を神と名乗り吹聴していた。
その青年は自らをアポロンと名乗っていた。
アポロンはアルさん、アルテミスの双子の弟――または兄――にあたり、光と信託の神と呼ばれており、その他にも芸術、弓術、医術に精通している有名な神である。
ある日その青年が街で竪琴をかき鳴らし人を集めていると、その中に同じ竪琴を持ったみすぼらしい格好をした隠者がいるのを見つけ言い放つ。
『このアポロンの前で竪琴を持つとはいい度胸だ。どちらが勝っているか比べようではないか』
周りの人々は蔑むような目で隠者を見ていた。
その見た目がより一層周囲の印象を悪くしていたのもあったが、その人物は黙ったまま頷いた。
演奏の順番は先にアポロンを名乗る青年、その次に隠者となる。
青年の腕前は確かに見事なものだった。
周囲の反応も上々で、もはや勝負は決まったといった空気が生まれていた。
しかし、隠者が竪琴を鳴らすと事態は一変する。
隠者の演奏を聞いた者は一様に恍惚の表情になり、中には涙を流す者までいたのだ。
それはアポロンを名乗る青年も同様だった。
結果は火を見るより明らかであった。
演奏を終えた隠者が被っていたフードをおもむろに取ると、現れたのはこの世のものとは思えないほどの美男だった。
青年は確信する。
本物のアポロンだと。
こんな芸当が出来るのは神を置いて他にいないからだ。
アポロンは告げる
『汝、己を知れ』
アポロンが手を振りかざすと突如、青年の身体が炎に包まれる。
堪らず近くにあった噴水に身を投じるも、水が蒸発するだけで炎が消える気配は一向に無い。
神罰が降ったのだ。
神への敬意を忘れた者への罰…
それはあまりにも惨たらしく恐ろしいものだった。
やがて炎が消えた頃には、青年がいた証は何も残っていなかった。
こういった神自らが行う神罰執行は何もアポロンだけの話ではない。
目の前のアテナやアルさんにもそういった話はいくつもある。
こうした経緯があるからこそ、この時代のセブンスガルドでは神を名乗ることは不敬罪に当たり、非常に重い罪として処分される。
グランとフィリスは困惑しているようだった。
何せ見た目はただの幼女でしかないアテナが女神だなどとはとても信じられないからだ。
といってもこうしていても何も変わらないため、ボクは話を切り出すことにした。
「え~っと…まぁ、こんな見た目ではありますけど、アテナが女神だというのは本当みたいですよ」
すると、ボクの台詞を聞いた二人が今度は血の気が引いたように顔を青くしている。
コロコロと表情が変わる人達だなぁなどと思っていると、フィリスさんがボクの両肩を掴み顔を近付けてくる。
「神様を呼び捨てにするなんて正気ですの!?し、神罰が降っても知りませんわよ!?」
なるほど
二人が顔を青くしているのはボクを心配してのことだったようだ。
しかし、ボクと優夏に関してはこの世界のルールに縛られていないようで特に何も起こらない。
これもアルさんが言っていたことだが、そもそも神罰というのは、神を怒らせたり、貶めるようなことをした際に降されるものであるらしく、このような呼び捨てにした程度ではお咎めは全くと言っていいほど無いらしい。
ボクと優夏は特にこの世界の住人ではないために、対象となる可能性は低いと言われた。
ともあれ、こういった事情を知らない二人にとっては緊張と焦りの入り混じった生きた心地のしない状況であるのに変わりは無い。
「大丈夫ですよフィリスさん。この程度くらいじゃ神罰なんて降らないってアルさんも言ってましたし、それにアテナ本人もあんな感じだし…」
「アルさんとはどなたですの?」
「あぁ、えっと…アルテミス様って言えば分かるのかな?ボク達が来た方角にボクの妹と一緒にいるはずなんですが…って、フィリスさん?フィリスさぁん!!」
「…………」
アルさんの名前を出したらポカンとした表情を浮かべてフィリスさんは動かなくなってしまった。
どうしようかと困っていると、今まで静観していたグランさんがフィリスさんの様子を伺う。
「あ~…こりゃダメだ。完全に気を失ってるわ…」
右手で後頭部をガシガシしてグランさんも困ってしまったようだ。
「フィリスは信仰心の塊みたいなモンだからなぁ。特に崇拝しているアテナ様とアルテミス様、にわかには信じられないがその内の一柱が目の前に、しかも直に触れたものだから思考が切れちまったんだろうな」
要するに、憧れの人に出会い触れたりしたことで、嬉しさのあまりに気絶したようなもののようだ。
そのように脳内補完していると改めてグランさんが自己紹介してきた。
「改めてになるが、俺はグラン・アルフリードだ。フィリスと組んで冒険者をやってる。今回はギルドからの依頼でリカントの森に向かっている最中だったんだが、さっきは悪かったな嬢ちゃん」
「グランさんですね。よろしく。でも嬢ちゃんは止めてください…」
ボクが呼ばれ方に不満を表すと悪い悪いと言って平誤りしてきた。
「じゃあミネルバって呼び捨てにするが、俺のこともさん付けはしなくていいからな?堅苦しいのは嫌いなんだ」
「分かったよグラン」
どうやら悪い人ではなさそうだ。
ボクに対する性別認識の齟齬は仕方ないとしても、その砕けた性格というか人柄は、コミュニケーションが苦手なボクでも接し易い。
一言で表すなら面倒見のいい快活な兄といった感じだろうか?
ボクに上の兄弟はいないのでよく分からないがそんな印象が強い。
そんなやり取りをして打ち解け、互いの状況を確認することにする。
「さっきリカントの森に向かってるって言ったけど、どんな依頼なんだ?」
「ん?最近この辺りを荒らしてる『知能持ち』のリカントロードの討伐依頼らしい。受けたのがフィリスだったから俺も詳しい依頼主とかは知らないんだけどな」
「『知能持ち』?もしかして喋る狼男みたいなやつか?」
「そうだ。知ってるのか?」
「知ってるどころか昨日倒した」
「た、倒したぁ!?」
ボクが何の気なしに事実あったことを伝えると、グランはこれでもかというほど目を見開いて驚いている。
その際あげた大声に、気絶していたフィリスさんも目を覚ます。
アテナも声に驚きこちらを見ているのだが、気絶していたフィリスさんの胸を両手で触っていた…
何やってんだよ…
「ど、どうしましたの?」
「あぁ、すまんフィリス。俺達の依頼、もう終わったかもしれないぞ…」
「はい?どういうことですの?」
起き抜けにいきなりこんなことを言われたフィリスさんは意味が分からないといった感じで首を傾げている。
そこから先はボクが説明することにした。
ボクが説明したのは、ボクと妹が異界の住人であること、そしてここまでの道中に何があったのかをザックリと簡潔に伝え終えると、グランはポカンとした表情を浮かべ、フィリスさんは目を閉じて話の内容を吟味しているようだった。
しばらく黙考していたフィリスさんだったが、一つ頷くと内容を確認してくる。
「つまり、ミネルバさんと妹さんは異世界人で巻き込まれた妹さんを助けるためにリカントロードを撃破。元の世界に帰るための素材を集めやすくするために、セントマルクスの冒険者ギルドで登録をしようとしているということですわね?」
「そうですね」
「なるほど…ちなみにリカントロードを討伐した証明のようなものはお持ちですか?」
「それなら…」
少し考えて、アテナが拾って来た魔晶石のことを思い出しインベントリから取り出す。
「これが証明になりませんか?」
「今、どこから取り出したんですの?何もない空間からいきなり現れましたが…それも異界の技術なのでしょうか?」
インベントリから取り出した際には確かにいきなり手元に指定したものが出現するためにフィリスさんは怪訝な表情を浮かべる。
「そうですね。そう取ってもらってもいいと思います。それよりも、どうぞ」
「あ、はい。失礼しますわね」
ボクから魔晶石を受け取ると、フィリスさんの瞳に得体の知れない力のようなものが収束していく。
「なぁグラン、フィリスさんは何をしてるんだ?」
「あれは鑑定だな。目に魔力を集中させてものを見ると、敵の能力が分かったり今みたいにそれがどんな物なのかを調べられるんだとさ」
目に集中しているのは魔力だったようだ。
そこでボクは一つ疑問が生まれたため、再度グランに質問する。
「今の話を聞く限りだと、魔力の使い方は他にもあるみたいだけど、他にどんな使い方があるんだ?」
「そうだな…例えば俺達みたいな前衛職の連中なら、身体全体を魔力で覆って身体強化したり、上位クラスの冒険者なら魔力を武器に纏わせたりして戦ってるな」
「へぇ…そうなのか…」
「なんだ?気になるのか?」
「戦力の増強は重要だからね。気になるというよりは身に付けておきたいなぁ」
「なるほどな。若いのにしっかり考えてるじゃないか」
感心したようにグランは頷く。
さて、どうすればその技術を覚えられるか…
自分の顎に手を当て方法を自分なりに考えていると、鑑定を終えたフィリスさんが結果を伝えてくる。
「お待たせいたしましたわね。間違いなく、リカントロードの魔晶石でしたわ」
ボクに魔晶石を渡そうとするフィリスさんをボクは手で制する。
「良かったらそれはフィリスさん達が持っていてください」
ボクの言葉を不思議に思ったのか首を傾げている二人。
「依頼を受けていないボクが持っていてもどうしようもないですし、それにボクはまだ正式な冒険者でもありません。仮に冒険者登録をしていたとしても、それを持って行ったところで信じてもらえないでしょうからね…」
それを聞いた二人は納得した様子で頷く。
「確かにミネルバの言う通りではあるな。俺達はお前さんの実力を体験しているから疑うことはないが、他の連中はそうもいかんだろう」
「そうですわね…こう言っては何ですが、ミネルバさんの容姿を見ただけではとても信じてはもらえないでしょう…」
んぅ?
フィリスさん、それはどういう意味で言ったんでしょうか?
ジト目を送るとそれに気づいたフィリスさんが慌てて弁明してくる。
「あぁ!?すいません。私が信じていないというわけではなく、他の人がミネルバさんを見てもこんな少女が一人でリカントロードを倒せるわけがないと捉えるといいますか…えぇっと…」
あぅあぅと困った様子で狼狽えるフィリスさん。
まぁボク自身でも信じてもらえないと思っていたため。その辺はあまり気にしてはいなかったりするのだが…
「まぁとにかく、それは二人が持っていてください」
「それは分かったが、それじゃあお前が損をするだけになっちまうだろう。タダで施しを受けるなんて冒険者の名折れだ」
「そんなことないよ。それはアテナを助けてくれたお礼も込めてるからね」
今度はグランが納得していないようだ。
しばらくうんうん唸っていたグランだったが何かを思いついたのかポンと手の平を叩く。
「さっきミネルバは冒険者登録のためにセントマルクスに向かってるって言ってたよな?」
「うん。今のボク達の目的はそうだね」
「なら俺達が紹介状と推薦状を書いてやるって言うのはどうだ?」
「あら?グランにしては珍しくまともな意見ですわね。ミネルバさんの目的が冒険者登録なのであれば、私達がしてあげられるものとしては確かにそれがベストですわ」
二人がボクをそっちのけにして話を進めているがいいのだろうか?
別に紹介状と推薦状が無くても登録自体は誰でも出来るはずだからそこまでの必要性は無いように感じるのだけど…
そんなことを思っていると、ボクの様子を察したフィリスさんが補足してくれる。
「私達が紹介状と推薦状を書くということは、ミネルバさんにとってはメリットが多いのですわ。面倒な手続きも簡略化されますし、私達が実力を認めたと推薦する以上、最低でも初期の冒険者クラスはC以上となります」
「まぁ、登録後に正確なクラスを見極めるための実技試験はあるが、ミネルバほどの実力があれば余裕でクリア出来るだろう。それに、必要な素材が高ランクなのであればクラスが高いに越したことは無いだろ?」
矢継ぎ早にそう説明を終えるや否や、早速羊皮紙を取り出し紹介状、推薦状を書き始める。
書き終えた二人が封をする際、何かを押印すると、その箇所には翼のような紋章が浮かび上がっていた。
「その紋章は俺達のクラン『自由意志』の印章だ。それなりに名は通ってるから、門番にそれを見せればギルドまで案内してくれるだろう」
「そっか…色々とありがとう」
紹介状と推薦状を受け取りインベントリにしまい、微笑みながらお礼を言うと、二人共ボクの顔を見てぽぅっとしている。
「んぅ?ボクの顔に何か付いてる?」
「い、いや!なんでもないんだ!!」
「そ、そうですわ!あまりの可憐さに見惚れていたとかそんなことではありませんわ!!」
え~っと…
どう反応したらいいんだろう…
墓穴を掘ったことに気付いたのか、フィリスさんはわたわたしており、グランはその様子を呆れ顔で見ていた。
今回は2本立てです