第五節 悪魔
不思議な夜に不思議な人との出会い。
突然、私は目を開いた。
目の前に現れたのは知らない天井であった。
――ここは私の部屋か――
起きたばかりなのに頭がとても冴っている。
そして、私は寝落ちる前のことを思い出す。
――そうだ、私は早苗さんの「あだ名」を作ろうとして、目を閉じたのだ――
別に眠くないのに、まさかそのまま寝てしまうとは、意外とよく寝る子なのか、私は。
体を起こして周りを見渡した。
目の前に机と椅子一ペア、机の上に電気スタンド一つ、本何冊、その机に引き出し3つ。
――見慣れた学習机だ――
学習机の隣にはクローゼット、その隣に全身鏡。自分が寝ていたベッドは部屋の真ん中、右側に化粧台のようなものがあり、左は私より大きい猫のぬいぐるみ。
左前方ドアあり!右前方窓あり!
何でこんなに細かく部屋をチェックしているのだろう。
とりあえず、私は「冷静に」自分のおかれた現状を確認した。
おそらく、この大した広くない(8畳くらいかな)部屋は私の部屋だろう。
朝初めて来た時、中まで入っていなかったが、「お屋敷」は共同宿舎のようだ。
――多分学生寮だ――
すぐこの単語が出てきたと言う事は記憶に残っているってことだろう。
だとしたら、私は他の「学生」と一緒に住んでいるということ。お父様の教育方針でしょうか。
興味ないけど...
よし、現状を確認した。では、寝ようか。
私はベッドに倒れ込んで、布団を掛けた。
月の光と私の黒い髪が「今は夜」ということを証明している。外も音一つしないし、する事がない。
しかし、やけに目が冴っていて、まったく眠れない。
そういえば、早苗さんの話、聞きそびれじゃった。
急に、窓から音がした。羽で叩いた音だった。
その音が段々と大きくなり、流石に私もその音に釣られ、窓に目を向けた。すると、私は窓がそもそも閉まっていたことに気づき、自分の頭の心配をしてしまった。
開いてもいない窓から、音がするはずないだろうに。
それでも、やはり気になるので、ベッドから降りて、窓を開けるために寄っていた。
もしかしたら、窓を開けた瞬間、何かが飛び込んでくるじゃないかと思ったが、そこまで突拍子のないことは起こらなかった。
ま、「そこまで」なんだけど。
「こんばんは、お嬢ちゃん。もうすぐ朝なのに、まだ起きていたの?」
羽が付いた綺麗な人が現れた。
月の光に照らされた彼女は怖さを感じる美しくさをしていた。
私は驚いたけど、「冷静」なので、驚いていないフリをした。
「月がきれいなので、つい見たくなった。」
われながら見事な返しだと思う。
「あら、悪魔を見て驚かないなんで、珍しいね。」
一々音を長くするしゃべり方をする彼女から、「色気」というものを感じた。
小柄な体つきにすらっと長い足、暗い赤色の短髪はお凸を見えるように、前髪だけは髪留めをしている。身に着けている服は花模様の和服だが、両手を完全に隠しているのに、足のほうはパンツが見えそうなほどに短い。顔が月の光でよく見えないのに、両目はまるで光っているようにはっきり見える。
そして、彼女の体の5倍ほど大きな翼。蝙蝠の翼に見えるけど、黒い羽のようなものが翼についている。
「悪魔?」
聞こえのよくない呼称だが、特に何かを感じる事はなかった。
「そうだよぉ~。わたしぃ、こわぁい~こわぁい~悪魔だよぉ~。」
両手を広げた彼女の袖は、長ぁーくぶら下げていて、とても滑稽の光景に見えた。
「それでは悪魔さん。何か用事でも?」
彼女は「あはっ」と笑って、いきなりお凸がぶつかりそうになるほど顔を近づけてきた。
「ほんとにわたしがこわくないみたいだねぇ~。」
それは一瞬の事であった。
顔を近づけてきた彼女は翼を収めて、窓から入り込んできた。収めてた翼がそのまま消えて、彼女は私の前に立っていた。
あれ?もしかして、私はちょっとピンチ?
彼女は暫く私の顔を見つめてから、いきなり微笑を見せて、後ろに跳んでそのまま窓に座った。
「ねぇ、貴女、私のことを覚えているの?」
いきなりの質問、どうやら知り合いらしい。
「ごめん、記憶喪失なの。」
「そう。じゃあ、私も記憶喪失しま~す。」
彼女はいきなりおかしなことを言い出した。
「私はどこ?ここは誰?」
そう言いながら周りをちょろちょろ周りをみるフリをした。しかしそれもすぐ飽きたみたいに、背を後ろに倒れ、月を見上げた。
あの姿勢で落っこちたりしないかこっちが心配になってしまっていたが、よく考えたら、飛んで入ってきた彼女が落ちでも、別にそのまま飛べるから心配要らないだろう。
「ねぇ、月は綺麗よね。」
何の前触れもなく、彼女はまた私に話しかけてきた。
突然の質問に、私はすぐにうまい返事が出来ず、そのまま「うん、綺麗ですね」と相槌を打ってしまった。
彼女はゆっくり頭を低め私に視線を向けた。頬っぺたを膨らめ、怒った表情を見せた。
「そんな所にいたら、月なんで見えないでしょうぅ。こっちに来て。」
なんだか申し訳がない気分になって、私は素直に彼女に従って、彼女を向かって歩き出した。
窓の隣まできたら、彼女が少し位置をずらして、窓の半分を私に譲った。私は窓に腕を乗せて、とりあえず月を見上げた。
今日は満月のようだ、月が真ん丸く、とても明るい。記憶はないのに、何故かいつも見ている月と違うような感覚がした。普段はただ白くボコボコ、あと精々明るいくらいな感想しか湧かないのに、今日の月は僅かな青色が見えた。
その僅かの青色が月を何倍にも綺麗にした感じがした、まるで自分がすぐにでもその月に吸い込まれてしまうような、神秘的な美しさがあった。
私はつい「綺麗」という言葉を口にした。それを聞いた彼女は嬉しいそうに笑い、またもや頭を上げて月を見た。
「こんな夜じゃ~とても眠れないねぇ。」
そう囁いた彼女がまたいきなり顔をこっちに向けて、私に話しかけてきた。
「貴女は何で記憶をなくした?」
会って間もないこの短い時間で、彼女はいつも「いきなり」行動する。その行動力にちょっとついていけない気がした。
けど、それだと個人的に負けた気分になるので、私は彼女に「くっついていてやろう」という気持ちになった。
「いや、『何で』って言われても...」
まあ、今すぐ「追いつか」なくても...
「記憶喪失と言えば、あの有名な映画――名前何でしたっけ――まあ、その主人公の女の子と同じでしょう?もしかして貴女も、何かの魔法に当てられて、記憶喪失したの?」
「いや、そういうわけではなくて、なんか『ストレス』とかによるものだと聞いている。」
彩ねーに...
「へえ、魔法じゃないんだぁ、ざ~んね~ん。」
そう言って、彼女は私から視線を外して、とても残念そうにしていた。私はその行動に苛立ち、けど「冷静」なので、何も言い返しなかった。
「あの映画はほ~んとにいい映画だったな。」
何故かいきなり映画の話をし始めた彼女。
「主人公の女の子は飛行練習している『研修生』にぶつけられて、何十メートル飛ばされて、そのまま体の傷と『ショウゲキケイゲンまほう』の影響で記憶喪失した。」
まほう?魔法?
なんだかファンタジーな話をしているな。
「そして愛した人のことを忘れ、他の男と結婚式を挙げた。」
悲しい話だな...
「しかし、結婚式の最中に記憶が戻り、愛する人に会うためそのまま会場を飛び出した。」
おおう、何がいい話っぽい。
「そして彼を見つけ、その懐に飛び込むため走り出した彼女は、」
そのまま彼氏に抱きしめられて泣いているでしょう。めでたしだな。
「また飛行練習している『研修生』にぶつけられて、何十メートル飛ばされて、体の傷と『ショウゲキケイゲンまほう』の影響で記憶喪失した。」
ギャグ映画だったのかよ!
「いい映画だったなぁ。」
何でこの映画の話をしたのだろう、彼女は。
「ね!いい映画でしょう?」
「う、うん。いい映画だね。」
困った人だ。
記憶のない私はその映画を覚えていないし、見たかどうかすらわからないのに、聞いてもしょうがないのに。
「ねぇ、貴女の『記憶喪失』はそういうのじゃないの?」
また変な事を聞いてきた。
「いや、ごめん。ご意向に添えなくて本当にごめん!私は何にも覚えていないんだ。」
彼女は「そうよね、そうだよね」と独り言をして、また月を見上げた。
私は彼女と一緒に月を見上げたが、彼女は少しの間でも口を閉じようとしなかった。
「このような月夜に眠れないのも、その理由がわからないのか。」
そう言って彼女は顔を傾けて流し目で私を見る。
眠れないに理由?
単純に昼の頃に寝すぎていたからじゃないのか。
彼女は私の顔を見て、すぐに私の考えがわかったのように、言葉を続けた。
「綺麗な満月は生き物の魔力を高める、普段よりも何倍の力も出せる。夜なのに眠れないのもそれが理由。」
そして、彼女は突然私の顔に手を当てた。
正確には「袖」だけど...
「つまり、貴女は今、とても興奮してー、眠れないのぉ~。」
目を細くして、彼女はとても淫靡な微笑を見せた。
この人、なんだか危ない、とても怖い。
私は彼女の手から逃れる為、彼女から後退して何歩離れた。
しかし、そこで一つ疑問が浮かんだが。
「他の人はどうしているのか。皆が皆で眠ってないわけじゃないでしょう。」
「それは運動してベッドに登るか、ベッドに登って『運動』するかの二択でしょう。」
「それに、一人でも『運動』できる」と付け加えて、彼女は私の反応を楽しそうに観察しながら、私に近づいてきた。
私も別にピュアな子供じゃないらしい、彼女の言葉の意味をすぐにわかった。
わかったのだが...
「何でそういう言い方をするの。」
「あら、実践して欲しいの?」
彼女はそう言って、長い右袖を巻けて右手を出した。
その手の指は細くて長い、その皮膚は雪のように白い、女子の私ですらその手の美しさに見とれてしまった。
彼女はその綺麗な右手を自分の口に近づき、突然人差し指と中指を舐め始めた。
え!なんでそんなことしているの?
両指にたっぷりに唾液をつけた後、彼女はまた一歩私に近づいた。私は反射的に後ろに下がろうとしたが、背中が壁にぶつけて、それ以上に下がれなかった。
「一人でする『運動』はね、こう指を両足の間に...」
言いながら、彼女は私に股に手を伸ばしてきた。
流石にこれはやばいと思った。
私は思い切り彼女を押しのけて、自分のベッドのところまで逃げた。そして彼女を睨み付けて、大声で彼女に言う。
「わ、私が言いたいのは、なんでそんなか、隠した言い方をするのか、ってこと。私の恥じる顔を見たいなら、せ、『セックス』と、直接言えばいいじゃない。」
何故か「セックス」という言葉を口に出すのが異常に大変だった。
なぜ?
「へえ、『セックス』を知っているんだぁ。おませさん!」
彼女は私を見て、くすっと笑い、唾液のついた二つの指を舌でペロッと舐めた。
――おませさん――
そういえば、私は今年14歳らしいから、何故「エロ」に関する知識がこんなに豊富なのだろう。
が、今はそれは割とどうでもいい。何せ私は今彼女から逃れたいのに、口に出た言葉は張り合いの言葉である。
意味ねぇ!なんでそんな事を言ったのだろう。
彼女は最初さっきみたいに一歩ずつ近づいてくるが、3歩もない内にいきなり私に向けて飛んできた。流石にそれを予測していなかったので、逃げる事は出来ないまま、ベッドの上に押し倒され、馬乗りされた。
とは言え、例え予測できても、逃げられなかっただろう。
私を捕まえた彼女は、私が逃げられないように、私の両手を掴み、微笑みながらただ私を見つめていた。私も彼女の意図が測れなくて、彼女の目を見返した。
暫くして、見詰め合う私たちの中、沈黙に耐えられなかった私は先に口を開いた。
「なにもしないの?」
何もされたくないが、彼女の心はあんまりに難解で、何考えているのかまったく読めない。その結果、今の状況から彼女の目的を予想するしかなかった。
いや、ほんと。この状況で何をされるとしたら、エロいことに決まってるし、どんなエロいことをされるのも予想できる。聞こえによっては私がエロいことをされるのを期待しているようにみえるが、私の心は本気でそれを拒否しているので、何かをされる事に期待していない。
私の気持ちを読み取ってくれたか、はたまた私の言葉を深読みして、ワザと私に落胆させようとしたかは知らないが、彼女は私の顔にゆっくり近づき、耳元で囁いた。
「なにもしないよ。」
そう言って、彼女は体勢を戻し、私を放していないが、掴んでいる両手の力を緩めた。私は安心して起きようとしたが、彼女が邪魔で起これなかった。
「あのぉ...」
起きたいんだが...とまでは言えなかった。信じたくないが、私は彼女を怖れているのかもしれない。
彼女は私の言葉に返事せず、又も私を暫く見続けた。
そして、今回の私は先に口を開かなかった為、最終的に彼女が先に話し出した。
「貴女は私の好きな匂いをしている。」
匂い?
一瞬自分の体臭を気にしたが、すぐに彼女の言葉の意味はそれじゃないと気づいた。
何せ、次に彼女が聞いた言葉は、こうだ。
「貴女は本当に女か。」
何を聞いているのが本当にわからない。
本当!彼女は一体何を考えているんだ?いきなり部屋へ入ってきて、意味のない話をして、私を犯そうとして、そして性別について質問してきた。
私は怒りに任せて、彼女を睨みつけた。彼女はそれに気にせず、私の額に指を当てた。
その行動に理解できないまま、私はお凸に円を書かれたような感じがした。
その後、彼女は楽しそうに笑って、両手を合わせて...
「パァー!」
いきなり両手を分かれて、私の目の前に手の平を見せた。
何かしたいんだ?
私の冷やかな目線を感じるか否か、彼女は自分の頬っぺたに指を当てて、何かを考え始めた。また変な事をされる前に逃げ出そうとしたが、彼女は太ももに力を入れて、私を逃がさないように、思い切り私の腰を挟んだ。
暫くあがいてみたが力及ばず、私は諦めて彼女の次の行動待つことにした。そしてようやく次の行動に移した彼女はいきなり私の喉を掴み、少しずつ力を入れてきた。
「ねぇ、早く教えてぇ。」
首の痛みと共に、私は段々息苦しくなっていく。
教えるって、何を?
言葉を出そうにもしゃべれない、彼女の両手を外そうと全力でその腕を引っ張っているが、力の差が大きすぎて、結局もがく事しかできず、両足が意味もなくバタバタしていた。
――殺される!――
そう思った瞬間、楽しく笑っている彼女の顔がとっても怖くに見えた。
何故こんな事になった?彼女は何故私を殺そうとした?
わけのわからないまま、いしきがうすれていく。
――わたし、このまましぬのかな...――
「なるほどねぇ。」
そして、また何の予兆もなく、彼女はいきなり私を解放した。
少し目線を上に上げた彼女は「ごめん、ごめん。冗談だよぉ」と言った。
ふざけるな!冗談で死ぬ目に合って堪るか!
そう叫びたいが、まだうまくしゃべれず、私は咳をするだけだった。
そして、ようやく上手く喋れるようになった私は、彼女に説明を求めた。
「何でこんな事をするの?」
「あのね、なんか貴女から美少年の匂いがしたから、でっきり女に化けているかと思ったのぉ。」
そんな事...
「出来る訳ないでしょう!」
「私もそう思うけど、一応『隠蔽魔法』を『解錠』してみたけど、何も起こらなかったしぃ。別に『隠蔽』だけが化ける方法じゃないから、コロシテミタ。」
コロ...!
「ま、その手前でやめたから、ゆるしてぇ!」
許す?
そんなの!許せる訳がない!
「ふざけるな!」
私は驚くほど強い力で彼女を押しのけて、彼女に向けって叫んだ!
「やめたからって許して良い訳がないでしょう!私を殺そうとしたんだぞ!何でそんな気軽く、そんな事ができるの?」
彼女は不思議そうに私を見て、「殺してないからいいじゃん?」と言った。
その態度にさらにイラついた。
「いいわけないでしょう!何なんだお前!なんなんだよ、お前!先から訳のわからないことばっかりして!」
「訳のわからないことじゃないよ。全部理由があるのぉ。」
私の態度の変化にまったく影響されず、彼女はそれでも動じない顔で私を見る。
私は自分の神経が切れた感じがした。
「何があるっていうんだ!あれか?先指で俺のお凸をいじった時か!アレが『魔法』で言うのか!馬鹿馬鹿しい!魔法と言う言葉で誤魔化しやかって...あるわけないじゃない!魔法なんで!バカにしてんのか!」
「あ!」
「なに!」
「今、『俺』って...」
「ん?」
「『俺』って言った。」
?
そんな事を言ったか。
「ねぇ、あなたやっぱり化けてるじゃない?」
「出来る訳ないでしょう、そんな事。」
「できるよ!色んな魔法があるじゃない。」
「お前、何言ってんの?『魔法』なんであるわけないじゃない。」
「あなたこそ何を言っているの?魔法がないなんでありえないことを言って...」
「いや、ないでしょう...」
私は少しずつ冷静になっていた。そして自分の感じる違和感に気づいた。
彼女はまるで魔法があるように話をしていた。
それところか、まるでそれが当たり前のように喋っていた。
そうか、私はまた「記憶喪失」のせいで何かを勘違いをしているのか。
「そっか!あなたは『記憶喪失』だもんなぁ。」
彼女は私が言う前に、それを察知して、話の食い違いに理解した。
「可哀想に...常識まで忘れてしまっている。」
冷静になった私は彼女の言葉をとっても気になってしまった。
「教えて!魔法はなんなんのかを教えて!」
「うん、いいよ。」
彼女はさわやかに返事をした。そして、私に顔を近づけて、小さな声で喋りだした。
「あのね、まほうはねぇ...」
うん、うん。
「やーっぱり教えな~い!」
え!
彼女は「ふふん」と笑い、意地悪をしてきた。
「そんな事を言わずに、教えてよ!」
私は懇願をした。しかし彼女は「だめ!教えない!」と一点張り、意地悪をし続けた。
結局どう頼んでも、彼女は放してくれなかった。私は落胆して、自然に頭を垂れた。
そんな私の顔を覗いている彼女は楽しそうに笑い、突然私を抱きしめた。
「え!」
驚いた私は彼女の体温と体の柔らかさを感じて、何故か顔がとっても熱くなった。
「気に入った!貴女、私の友達にする!」
友達?
別に特別な事を言われたわけじゃないのに、何故かこの言葉に心を打たれた。
私に友達?
「貴女、名前は?」
「あ、はい!」
名前?名前は!
「ななえ。守澄奈苗、です。」
心が躍った。まるで初めて友達が出来たような気がした。
いや、実際記憶をなくした後、初めてのお友達だ。
外見も同い年みたい...
「ななえね。わら...く、くん、私はティシェ、ティシェぇー...うん!沫浬。ティシェ 沫浬。」
ティシェ沫浬?変な名前だなぁ...どっちが苗字なんだろう。
「えっと、まつりさん?」
「あ、いや、違う違う。ティシェ。ティシェのほうね。」
「え、すみません!ティシェさん。」
「さん付けはいいよ、ティシェで。友達でしょう?」
友達!
「そ、そうですね、ティ...シェ。」
「うん!」
嬉しい!
友達が出来た事が、こんなにも嬉しい事なのか!
「では、ななえ。私はそろそろ行かなくっちゃ。」
「え!もういっちゃうの?」
「うん!ほら、そろそろ朝でしょう?」
ティシェは窓の外を指差した。
私はその指に導かれ、外を見る。
外は相変わらず暗くて、とても「そろそろ朝」に見えなかった。
記憶喪失のせいだろうから、私は疑問を口に出さず、胸の中に仕舞った。
「じゃ、さよ~なら~」
そう言って、窓から出ようとしたティシェを慌てて「待て!」と言って引き止めた。
「また逢えますよね。」
「うん。窓を開けてくれたら来るよぉ。」
そういって、ティシェは素敵な笑顔を見せてから、窓から飛び出した。
ティシェがいなくなった後、私は布団を思い切り抱きしめて悶えていた。ティシェと友達になった事がこんなにも嬉しい。
そして、また違和感を感じ取った。
私は何故、先まで私を殺そうとした人をこんなにも簡単に受け入れてしまったのだ?
流石にこれはおかしいと思った。
それと同時に、私は部屋の明るさに気づいた。
いつの間にか部屋が太陽の光に照らされていた。
おかしい...
朝はこんなにも早く「なる」ものなのか。
違和感だらけだ。自分が自分じゃないみたい。
不意に、ドアを叩く音がした。
「お嬢様?お目覚めになられましたか。」
早苗さんの声がした。
そういえば、昨日馬車で寝てから、早苗さんと別れたきりだった。
私はすぐ「起きてるよ」と返事をした。すると、ドアをゆっくり開けて入ってきた早苗さんは私に一礼をした。
「おはようございます、お嬢様。朝早くにお時間を戴くのが恐縮ですか、少しお話したい事があります。」
おはなし?
「なんでしょう?」
「お嬢様はこの学園の理事長の娘である為、世話役と用心棒として、他の学生と違って専属メイドが配備されています。しかし此度の件で、お嬢様のご記憶がなくされたことによって、今までの専属のことを忘れ、いろいろなスレが生じることになるでしょう。その為、今日のご予定の確認時に、同時にこちらが出した適役の一人を専属メイドとして選んでいただきたくと存じますか。いかが致しましょうか。」
専属メイド?
――い~やっほう!――
あれ?何故かやけに心が躍る言葉だな。
「うん!そのように。」
なんだか興奮して上手く喋れないので、ちょっと偉そうな喋り方をした。
私の了承を受けて、早苗さんはまた深く一礼をした。
「かしこまり...」
パァ!ピィン!カッチャン!
いきなりとても大きくてわかりやすい皿を割った音が早苗さんの言葉を遮った。
いや、皿「達」。
腰を屈めている早苗さんの顔を覗いたら、引きついた笑顔のまま早苗さんは体勢を立て直した。
「お嬢様、申し訳ありません。とても大切な用事が出来ましたので、早苗はこれにて失礼させていただきます。」
なんだかおかしくなって、私は「うん、いってらっしゃい」と言い、同情の視線を送りながら早苗さんを見送った。
部屋を出た早苗は「猫屋敷!」と怒鳴りながら去っていく音を聞きながら、私は「昨日」の出来事を思い返した。
朝退院してからまた入院の逆戻り、使用人と共に三階を飛び降りる、そして眠れない夜の謎の尋ね人...結構濃いの一日だった。
今日は記憶喪失後の初出席。ちょっと緊張するか、学校の皆はきっとやさしく私を受け入れてくれるだろう。
楽しみだなぁ...