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第四節 退院

退院と入院の繰り返し?初めて世界を見る?彩ねーとの別れと早苗さんとの出会い。

 目覚めてから10日目、私は今日「退院」した。


 彩ねーの胸の中で存分に泣いた後、私は馬車に乗って屋敷に戻った。

 ――馬車に乗るとか、本当にお姫様みたい――

 初めて馬車を乗って、私は興奮を抑え切れずにはしゃいでた。揺れる馬車の中で意味もなく一緒に踊ったり、目の前に爺を突いて、膝の上に乗ったりしていた。人見知り?どうやら私はそういう性格ではないらしい。

 暫くははしゃいでから、私も流石に飽きた。暇つぶしに外を見ようとしたが、その時馬車が止まって、ドアが開けられた。

 ドアが開いたとほぼ同時に、目の前の爺は馬車を降りて、ドアの横で手を伸ばして待っていた。私は習慣的にその手を掴んで、馬車を降りた。


 目の前に広がる光景はとても衝撃的だった。

 私はお嬢様だ。

 お嬢様ぶってはいけないと思っているが、やはり心の中でちょっと期待している。何故期待するのはわからないが…

 でも、私が住んでいる「屋敷」はきっと高級で、宮殿のようなでかい何かだと思っていた。

 しかし目の前の「屋敷」はどこにでもいるような一戸建てだ。

 ――何で?――

 ――庭は?池は?――

 ――使用人も住めるような広い住居は?――

 おかしいと思っているけど、体は立ち止っていなかった。馴染んでいた小道を歩いた感じがしたことから、ここが確かに自分の家だとわかる。

 ふと自分の手を握っている爺の手を見ると、袖の下に隠れている皮膚に違和感を感じた。

 強引にその袖を捲り上げると、鱗に覆われた腕が現れた。

 私は無意識に空いた手を口を隠した。想像も付かないことに一生懸命理解しようとした。そして、今まで「おかしい」と感じた時のことを全てを思い出してみた。

 ――彩ねーを初めて見たとき、同い年だと思った――

 ――自分がまだ14歳だと思っていなかった――

 ――うっかり子供っぽい行動をする――

 ――お父様を知らないのに、抱きしめられたら娘のように甘える――

 ここで、私は一つありえない可能性を思いついた。

 腕を見られた爺は何もしゃべっていなかったが、不思議そうに私を見つめていた。私はそれを気にせず、爺に「学園を見たい」と伝えた。

 爺の返事を待っていたが、その前に隣の女性が先に返事をした。

 「お嬢様、まだ退院したばかりなので、無理をなさらないほうが…」

 自分の意見が反対された事に一瞬怒りが沸いた。

 私は自分に声を掛けた女性の全身を見た。髪がカチューシャで留めてで、スカートが足まで隠せそうなロングなタイプで、そして出来るだけ肌を見せないような、いかにも使用人の服装だ。

 私は彼女を無視して、爺の手を離し、馬車の中に戻った。

 暫く待ったら、爺の代わりにさっきの女性が馬車に入り、そのままドアを閉めた。

 馬車が動いた事を確認し、私も少し落ち着いた。それを見計らったように、「女性」が私に聞いた。


 「お嬢様、いきなり学園が見たいと仰ったのはどうしてでしょうか。」

 別に彼女の事が嫌いという訳じゃないが、私は彼女を無視し、何も喋らなかった。そして彼女もそれ以上何も聞いてこなくなった。

 さっき思いついた「ありえない可能性」が原因で、「ウキウキ気分」がすっかり消えて、外も見ようとしなくなった。

 ――真実を確かめたいのに、確かめるのが怖い。と言うところだろうな、今の私は。――

 そして、ただいま発進したばかりと思っていた馬車が止まり、「女性」はドアを開け、馬車から降りた後、爺のようにドアの傍で手を伸ばして私を待っていた。

 私はすぐにその手を掴み、馬車から飛び降りた。

 今日は平日のようなので、学園の中に「人」が溢れ返っていた。

 校舎が木製でもなく、コンクリート製でもなく、大理石のレンガみたいなもので出来ている。グランドの中に馬が走っていたり、跳んでいたりしていた。体育館みたいな建物が三つもあって、一番近い方の看板には「練武館」と書いていた…

 そして「人」は…

 長い耳を持っていたり、尻尾が付いていたり、極めつけに空に飛んでいた「人」までいた。

 ――ここは、私が知っている世界ではない――

 ――ファンタジーの世界だ――

 私はいきなり吐き気に襲われ、我慢できずに吐き出した。誰かの「お嬢様!」という悲鳴を聞こえたが、それを確かめる余裕もなく、いつの間にか意識が消えた。


 起きたら、私はいつものベッドの上にいた。自分が再び病院に戻ったことに気づいた。

 「もう大丈夫、ナナちゃん?」

 「彩ねー...」

 朝別れたばかりの彩ねーが隣に座って、私の頭を撫でていた。

 私は体を起こし、途中で私の背中を支えようとする彩ねーの手を振り払って、足をぶら下げた状態でベッドに座っていた。


 「彩ねーここはどこ?」

 「?『看護院』だよ。」

 「違う!この世界はどこなの?」

 「うん?」

 「人間は?普通の人間はいないの?」

 「普通の人間とは...」

 「耳が長くなくて、鱗で包まれてもいなくて…あぁあ、髪の色が変わらないああいうタイプ。」

 「?ごめん。ナナちゃんの言っている事がよくわからない。」


 ムカ!

 何で彩ねーはこうも反応が遅くて、バカなの!


 「わかるだろう!」

 私はつい大きな声を出して、彩ねーの服を掴んで自分のところに引っ張ってきた。

 「人間だよ!人間。エルフでもなく、ドワーフでもない、ましてや髪の色が変わる訳がないあの人間!」

 私の大声に気が付き、知らない何人が部屋へ入ってきたが、彩ねーが「待って」といって彼らを止めた。


 「ナナちゃん、落ち着いて、ね。」

 私は彩ねーの言葉に返事せず、入ってきた人たちをまじまじと観察した。

 彼らは一見人と何の変わりもないが、よく見ると指が4本だけとか、髪がありえない色をしているとか、必ず人と違うところがある。

 その姿を見ると、私は「人間は、いないのか」と呟いて、彩ねーを掴んでいる手の力が抜かれて、ぶら下げた。

 落ち着いた?私を見て、彩ねーは「もう大丈夫です」と言って、入ってきた人たちを外に出て行ってもらった。

 全員が出たのを確認した彩ねーは私の肩に手を載せて、顔を覗きこんできた。

 「ナナちゃん、落ち着いた?」

 「彩ねー...」

 彩ねーに申し訳ないことをした私は、自分の意思と関係なく眼に涙を篭ってしまった。

 「彩ねーは人間だよね!」

 「うん?ええ、そうだよ。」

 やさしく私をあやす彩ねー。

 けど、私はすっかり疑心暗鬼になっていた。

 「信じられない!証明してよ!」

 「証明?」

 「そう、証明。人間だと言う証明を見せて!」

 そんな事を証明できるわけがないのを普段ならわかるんだが...

 彩ねーは困った顔をして暫し考えた後、「身分証明書でいいの?」と言った。

 「そんなの証明になるか!」と叫んでしまった私はやつれて、ありえないアイディアを思いついた。

 「服を脱いで。」

 「え?」

 「人間なら、服を脱いで証明して!」

 「ええ!」

 彩ねーは私の言葉に顔を赤くして驚いた。

 私は彩ねーを信じたいが、どうしても不安で、「お願い」と言って、彩ねーに服を脱ぐ事を懇願し続けた。

 暫くして、彩ねーは覚悟をした顔で椅子から立ち上がって、部屋のドアを閉めて、鍵を掛けた。

 「恥ずかしいけど、ナナちゃんの為に脱ぐよ。」

 そう言って、彩ねーは上着をゆっくり脱いで、下着姿のまま私の前に立っていた。

 真っ白な肌に汚れ一つもなく、とても綺麗だ。私はベッドから降りて、その綺麗な肌を隅から隅まで見回したが、特におかしいところはなかった。

 それても私は信じられなくて、つい「下着も脱いで」と彩ねーに言ってしまった。

 「え、ええ!下着も!」

 とても恥ずかしそうに拒んでいた彩ねーは、至って正常な反応だが、私には「人間じゃない部分を隠そうとしている」ように見えた。

 「脱いで!」

 私は少し強気に言ったら、彩ねーは恥ずかしいながら下着を脱いだ。

 一糸纏わぬ彩ねーの姿を見て、私は不意に恥ずかしくなって、目を逸らしたくなった。

 ただ、それだと彩ねーが全裸になる意味がなくなるから、私は彩ねーの最後まで隠していた場所をきちんと検査して、彩ねーが人間だと確認できた。

 「よかった。」

 私は安心して床に座り込んだ。全裸のまま私を支えようとする彩ねーを見ないように顔を逸らして、服を着るようにお願いした。そうしたら、彩ねーは恥ずかしそうに服を着なおして、その後私を抱えて、ベッドに戻した。


 「ナナちゃん、大丈夫?もう落ち着いた?」

 「彩ねー、私が言ってた人間は彩ねーのような姿をしているが、他に同じのがいるか。」

 「同じ姿?」彩ねーは暫し考えてから、「それはまったく同じ姿ということなのか。」と聞いてきた。

 「ちょっと違う。男の人は、その、あそこが違う。」

 私は顔が暑くなり、俯いてしまったら、彩ねーも言葉の意味に察して、顔が赤くなった。

 「ナナちゃんは違うのか。」

 彩ねーは空気を何とかしようとして、私の言葉に質問してきた。

 「違う。私の髪が色が変わる。」

 「さっきの人たちは違うのか。」

 「違う。耳がやけに長いとか、手の指が5本じゃないとか。」

 ここまで言って、どうやら彩ねーも私が言ってた「人間」と言うものは何なのかに気づいたようだ。

 「『人間』の寿命はどのくらいなのか。」

 「それは、よくわからない。100歳以上生きた人間もいるが、大体80歳かな。」

 彩ねーは少し思索した。

 「もしかして、『神族(しんぞく)』の事を言っているのか。」

 「しんぞく?」

 「神の一族、『神族』。耳も長くなくて、指もきちんと5本ずつな肉体を持っているのはあの方達だけです。」

 ――神?――

 「でも彩ねーも変なところがないよ。」

 「私はクローン、30歳までしか生きられないから。」

 ――クローン?――

 もう認めよう。ここのことは私は何も知らない。

 「彩ねー、神と人間の事を一から教えて。」

 彩ねーは少し訝しく私を見つめていたが、やがて口を開いて、語り出した。


 「神は自分に似せて人を作った。そして自分達と区別する為に、人に自分と違うところを残した。ナナちゃんが言ってた『長い耳』はその代表と言えるよ。」

 「そうなんだ。じゃ鱗も?」

 「鱗?鱗の皮膚のこと?」

 「そう。」

 「それも『違うところ』に数えられる。」

 「そうなんだ。」

 ――だとしたら、「えるふ」や「どわーふ」も「人間」になるのか――

 さっき、考えずに口に出した変な名詞はどういう意味でしょう。

 「神は私達人間を作ったが、今はどこにいるのかはわからない。何故人間を作ったのもわからないが、今一番支持されている仮説は、神が同じ神を増やそうと、人間をテストし、本当に優れた人間を神にするためだというものだとさ。」

 「ふん。」

 ――どうでもいい――

 「神がどういう姿なのかはどうやってわかった?」

 「それは私の一族が証明となっている。」

 「どういうこと?」

 「私達『クローン』は神の姿の複製と呼ばれ、寿命こそ短いが、最初の人間なのだよ。」

 「最初の人間?」

 「ええ、世界中有名の考古学者のほぼ全員が論文にそう書いているので、間違いないと思うよ。」

 「どうして『神の姿の複製』だと言えるの?」

 「それも世界各地に残された『神の遺跡』から見つかった書類や絵などからわかったのだよ。神の姿が描かれた絵がある、神の文字―神文が描かれた書類に私の一族について記述もしている。」

 「それで自分達の姿が神族と同じだと言えたのか。」

 この時、彩ねーは何故か誰かを嘲笑しているかのように「はっ」と笑った。

 「ナナちゃん、ここまで多くのものが私たちを『神の姿の複製』と証明しているのだよ。例え他の『人間』より弱くて無力でも、私たちは最も神に近い。」

 ――熱く語っているなぁ...――

 一瞬だが、私は彩ねーをバカにするような考えが頭に浮かんだ。

 「そうですか。」

 どうでもいいと思った。

 「では、人間は何種類『ある』の?」

 「何種類まではわからないか。クローン、ケンタウロス、ゴブリン,調べれば具体的な数字もわかるけど…調べておきましょうか。」

 「いや、いい。」

 知ったところで意味はない。

 しかし、「人間」は何種類もあるのか。何故だろう、「人間」は一種類しかないと思っている私がいた。

 それこそ、彩ねーのようなのが「人間」だと思っている。

 「ナナちゃん、聞いている?」

 気が付けば、彩ねーが心配しそうに私を見ていた。

 正直ちょっと疲れたので、彩ねーに「ごめん、ちょっと眠いので、一人にしてくれない?」と言って、彩ねーに退室を頼んだ。

 彩ねーは「わかった。じゃあ、おやすみなさい、ナナちゃん。」と言って外に出ようとした。

 「待って!」自分でも驚いたことだが、私は彩ねーを呼び止めた。そして、私は彩ねーに一つお願いをした。

 「彩ねー、もし私が彩ねーに傍にいて欲しいと言ったら。一緒にいてくれる?」

 それは、「退院しても一緒にいて欲しい」と言うことで、お父様と同じ彩ねーにここをやめて自分の傍にいって貰おうとしている。

 何故こんな弱気になっているのはわからない。そもそも、「弱気」な自分はおかしいと思っている事すら正しいかどうかがわからない。

 そんな私の言葉への返事は、とても丁寧で、婉曲な拒絶言葉だった。

 「ナナちゃん。私はナナちゃんと一緒にいたい、朝も、昼も、夜も。一緒の食卓を囲んでご飯を食べたい。お風呂に入って背中を流してあげたい。同じ布団に入って笑って寝たい。

 私は族長の娘で、一人っ子なのだよ。まわりの同い年の子とは兄弟...いいえ、友達にすらなれなかったよ。私は兄弟が欲しくって、勝手にナナちゃんを妹のように見ていたよ。だから、私はナナちゃんが好きだよ、一緒にいたいとも思ってるよ。

 でもね、ナナちゃん。仮にも一族を率いる族長の私が誰かの『僕』になるのはだめなのよ。

 この『看護院』で勤めているのも、表向きは『婚約した人を支える』ということになっているから。もし、ここを辞めて他のところで働いたら、『一族の長が誰々の下僕だよ』と世の中のお笑いものになる。

 いくら人数が少なくても、いつ絶滅してもおかしくなくても、私たちはブライドを持ってこの世の中で生きている。それを汚すような事はとても出来ないのよ。

 だから、ごめん、ナナちゃん。気持ちはとってもうれしいけど、私はナナちゃんと、一緒に、いられないんだよ。ごめん。」

 私は自分が恥ずかしい。

 それは、きっと私が何も考えずに彩ねーを誘ったからだろう。

 彩ねーはいろいろな事を考えっていて、その末に結論出した。きっと私と居たいのに、現状では一緒に居られないから。だから長々と言い訳をして…

 ……

 止そう。自分に言い訳をしてもしょうがない。

 恥ずかしいと感じるのは、単純に断られたから…

 顔から熱を感じる原因は、恥ずかしさじゃなく、怒りによるものだ。

 ――いやな人間――

 自分からへの評価だが、何故かいやな気分と共に、「これもこれで悪くない」と思った。

 「いいよ、彩ねー、別に謝らなくても。」

 彩ねーが私と一緒に居られないとわかった途端、惜しい気持ちも一気になくなり、一人で居たい気分になった。

 だからつい、冷たい言葉を出してしまった。

 「もう大丈夫から帰る。」

 彩ねーを軽く突き放して、私はベッドから降りた。そのまま彩ねーの声を無視して、扉を開いた。

 「お嬢様!」

 部屋の外にはさっきの「女性」が立っていた。私が部屋から出た事に驚いていたが、最初からここで待っていた様子だった。

 先までこの女性にまったく興味がなかったから、顔もきちんと見ていないが、彼女だとわかったのはその特徴的な声故であった。

 何故かこの女、男の声を出している。

 彼女は日焼けのような健康的な肌をしていて、メガネに隠されている瞳は月に見えるほど透き通ったアンバー色である。地面に触れるまで伸びているその黒髪の根本には「犬の耳」というようなものが付いている。

 人の姿をしているが、この世のものとは思えないほどの美人、おまけに巨乳だから、その男性の声はかなり印象的だ。

 その人はおそらく父が雇ったメイドだ、少し位変な事をしても、きっと怒らないだろう。

 私は「女性」の「男声」にとても気になっているが、それについて聞くことをせず、まずその人の懐に飛び込んだ。

 「きゃ、」

 「女性」は小さな悲鳴を上げて尻餅をついたが、飛び込まれた私をしっかり抱きしめた。私に怪我しないようにした行動だろう。

 私はその後、まるで彩ねーに見せ付けるように、「女性」のやわらかい胸に顔を埋めて、じっとしていた。

 少しじっとしたら、自分の髪が撫でられて、「女性」が立ち上がった感じがした。「女性」を抱きついた私はそのまま彼女に抱っこされて、足が床に付かない状態になった。

 その後、二人の会話が聞こえてきた。

 「すみません、お二人の間に何が…」

 「…ごめんなさい。ナナちゃんに『一緒に居てほしい』と言われたが、一身上の都合でお誘いを断りました。」

 「そうですか。よろしければ、断った理由を教え願えますでしょうか。」

 「それは…」

 「言いにくいようでしたら、無理に仰る必要はありません。ただ、その理由はお嬢様の願いを断るほどのものでしょうか。」

 「…ごめんなさい…」

 「…わかりました。お嬢様?」

 言葉を掛けられている事はわかっている。だが、今は返事をしたくない。

 返事されていなかったから、「男声」はそのまま続いた。

 「そろそろ私から離れて頂けませんか。お互い辛いでしょうから。」

 そう言われて私も初めて気が付いた。「男声」彼女の胸に顔を埋めている間、私の胸も押されて、少し息し辛い。

 仕方なく、私は「男声女性」を放し、床に降りた。

 ようやく私から解放された「男声彼女」は一回深呼吸した後、私に聞いた。

 「彼女はどうしましょう?」

 それは彩ねーに対して、私の意思を伺う質問だった。その質問の中から、プレッシャーのようなものが感じる。

 ――彼女はどうしましょう――

 ――それは彩ねーの意思と関係なく、私が彩ねーに何か出来るということ――

 ――そういうことだろう――

 私は改めて自分の持っている「力」に気づいた。

 お父様の言うとおりだ。私が願えば、他の人がその願いを叶えてくれようとする。

 だから、


 他人に望みを託してはいけない


 振り替えて彩ねーを見つめると、彩ねーが怯えた表情のまま私を見つめている。足が微かに震えていて、右手は自分の服を強く掴んでいた。

 ――可愛想に――

 今の自分の気持ちがとても変だ。

 怯えている彩ねーを同情しているのに、僅かな高揚感も感じた。

 だが、その変な高揚感は特に私の気持ちを揺さぶる事はなかった。

 「彩ねー、バイバイ。」

 私は彩ねーに普通に別れを告げ、その場から離れた。「見た目だけ女性」は私の意を汲んでくれて、彩ねーに一礼をして、私の後ろに付いて来た。

 彩ねーの気配がどんどん小さくなっていく感じがした。少し寂しくなったが、私はもう決めた。

 人に望みを託さない。

 それはつまり、ほしい物があれば、自分の手で手に入れるということ。

 今まで出来ていたような気がするが、記憶喪失だから、昔の事は知らない。

 だから、出来る根拠はない。ないが、出来ると思う。すると誓おう。

 その手始めは、好きな彩ねーと別れること。

 ――いやだ――

 少し胸が痛いような感じがするか、きっと重いからでしょう。


 「あの、お嬢様?」

 「はい?」

 いきなり男性の声がした。

 声のする方向に顔を向けると、そこには「エライ美人」がいた。

 「お嬢様、とても申し上げにくい事ですか。」

 あ!そういえば、彼女の事を軽く忘れていた。

 まあ、いっか。

 とりあえず、彼女は何故男の声をしているのかを聞こう。何とか遠まわしに、彼女を傷つけないように…

 「ねえ。どうして男…のフリをするの?」

 無理だ。

 人を気遣ってしゃべる事は、私の苦手分野らしい。

 「はい?」

 彼女は私の言う事がわからず、間抜けな声を出した。

 そんな彼女を見て、私は慌てて言葉を変えた。

 「その、声が、男の声に、なってる?みたいな。」

 少し言葉がおかしいが、まあ、伝わるだろう。

 「ああ。これはお嬢様が命令したから、男声を使うようになりました。」

 私が命令した?というより、「使うようになりました」?そんな簡単に出来るものなのか。

 記憶をなくした前の私は何故そんな命令をした?

 「どうかなさいましたか。」

 「あぁ、いやぁ、そのぉ、元の声に戻せるのなら、戻して欲しいなぁ。なんって…」

 「それは命令でしょか。」

 命令しなきゃいけないの?

 したら、先の誓を破る事になるのか。

 でも、こんな美人に男声は似合わないよ!勿体無い。

 「そう、命令だ。戻してくれ。」

 はあぁ、早速誓いを破ってしまった。

 だが、破った事を後悔しなくて済むようだ。

 彼女は何回咳をした後、私にその声を聞かせた。

 「お嬢様、これでよろしいでしょうか。」

 驚くほど尖ったような声になっていなく、中性的な声になったが、女性の声だ。

 やはり美女には美女の声が似合う。魅力が三割増しになった感じだ。

 昔の私は一体何を考えているんだ。

 「うん!これでいい。やっぱりこっちの方がいい。」

 「ありがとうございます。」

 「それで、なにが用か。」

 「はい。とても申し上げにくいことですが。もし、お嬢様はここから出ようとしているのでしたら、こちらは逆方向でございます。」

 「そう、逆方向。」

 私は彩ねーを離れようとした時、適当に歩き出したが、そういえばこっちは行き止まりに通じているほうだな。

 ……

 恥ずかしい…

 今更戻ったら、彩ねーにもう一度会うかもしれないから、その時この恥ずかしい事は絶対ばれる。

 いや、離れた時に、道を間違えた時点で、すでにばれてしまっていた。

 でも、大丈夫、素直に自分の間違いを認めよう。私は冷静だ。

 「逆方向かぁ。」

 とりあえず、「元男声美女」に私の返事を伝えよう。

 「じゃ、窓から出ようか。」

 三階くらいなら骨折で済むかな。当たるところが悪くなければ大丈夫だ。

 「お嬢様、窓は風や光・景色を通すものでありますが、人を通すものではありません。」

 「知ってるよ!一回くらいいいじゃない!」

 何故か少し顔が熱い。

 まあ、恥ずかしい間違いをしたから、赤くなっているのだろう。でも、私は冷静だ。

 だから、私は続けて叫んだ。

 「何?窓から通ってじゃいけないの?通ったら死ぬの?」

 「場合によっては…」

 「だったらお前は死ぬの?」

 「いいえ、このくらいの高さなら別に…」

 「だったらいいじゃない!」

 私はムキになって、「男声女人(元)」を睨んだ。

 暫く睨んだら、「男女(元)」は一つため息をした。

 「お嬢様はどうしてもというのなら...」

 「どうしても!」

 「わかりました。では、失礼します。」

 「え?」

 「元男」彼女はいきなり私をお姫抱っこして、そのまま開いてた窓から外へ飛び出した。

 そこで私はようやく正気に戻った、そして今3階の窓から飛び出た事実に気づいて、「あああ!」って叫びだしたくなっている。

 しかし3階だから、あっという間に地面に激突しそうになっていた。

 「時間をやけに長く感じる」なんでことはなかった。

 私を抱えている彼女が地面に足を付く一瞬の前に、軽く私を上に投げた感じをした。だが着地した時、彼女はしっかり私を抱きかかえていた。気のせいだった。

 「お嬢様、着地しました。」

 言いながら、彼女は私を地面に降ろした。

 私はもちろんすでに落ち着いているが、体がそれに追いついていかず、暫くぼうっとしてしまっていた。

 そして、ようやくうまく動けるようになった私は彼女に向かって、「すごいな、お前。」と言った。

 「恐縮です。」

 男の声が出来て、しかも3階を飛び降りても全然無事だとか、私の興味を注ぐ事ばかり。

 だから、私は聞いた。

 「お前は何?」

 「これは失礼いたしました。」彼女はスカートを摘んで私に一礼をした。「私は早苗さなえと申します。現守澄様の屋敷のメイド長を勤めております。」

 「早苗さん...苗字は?」

 「苗字ですか。昔はありましたが、最早意味のないものとなりました。」

 「意味のないもの?何で?」

 「一族にはもう私しか居ません。血筋が残されないから、苗字も必要ないでしょう。」

 聞いてはいけないことを聞いてしまった。

 「ごめんなさい。」

 「いいえ、謝らないでください、お嬢様。元々孤児でしたので、自分の祖先達に特別の思い入りはございません。苗字を名乗らない人ももう珍しくありませんので、お気になさらないでください。」

 またもや違和感を感じた。

 苗字は重要じゃないのは何でだ?

 「わかった。なら、早苗さん。何で3階ほどの高さを飛び降りても無事なの?」

 「体質としか...聞いた話によりますと、私の祖先達は山を駆け抜けて、崖ですら彼らの道になると言われています。」

 「崖!」

 ありえねぇ...

 「じゃ、声が変わるのも?」

 「はい。」

 おかしいなぁ。

 どうも、私の知っている人間と言う生き物はそんなに万能じゃないと思う。

 記憶喪失もここまで酷いものなのか。初めてだから勝手がわからない。

 二度目の時が着たら、それも「初めて」になるだろう。

 「早苗さん!あたし、もっとお前とお話がしたい。」

 彼女の事をとても知りたくなった。彼女の生い立ち、彼女の体質、彼女の生活。

 私は何故が彼女のことが気に入った、もっと彼女の言葉が聞きたい。

 「『早苗』と呼び捨てでかましません。でもお嬢様、今日はもう遅い、お話なら屋敷にお戻りになってからでも遅くはないでしょう。」

 早苗の言葉を聞いて、私は頭を上げて、空を仰げてみた。

 太陽が青い空の真ん中に居て、一向に沈む気配がない。

 何故早苗は「遅い」と言ったのでしょう。

 でも、確かにわざわざここでする事もないでしょう。

 周りに何人の病人と看護師がいて、私たちを訝しい視線をなげてきている。

 「うん、わかった、家に帰ろう。」

 私は特に反論せず、早苗の言葉を従った。


 私は再び『看護院』の玄関を出た。そこにはすでに馬車が備えていた。

 慣れだ動作で私は馬車を乗った。今回一緒に乗車したのは「爺」ではなく早苗になっていた。

 早苗さん、早苗。

 さん付けも、呼び捨ても何故かしっくり来ない。

 先から色んな呼び名を付けて見たが、どれもイマイチだった。

 何がいい呼び名はないのかな。

 私は早苗さんの呼び名を考え、静かに目を閉じた。

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