第三節 見舞い
お父様との初対面、自分の立場を知る。
目覚めてから6日目、「父親」が見舞いに来た。
昼ごはんを終わった後、彩ねーも退室して暫く、ある男が見舞いに来た。
「はじめまして、奈苗。私はあなたの父親の守澄たかひろです。」
やさしく語りかけてきた男性は彩ねーと共に部屋に入り、ドアの傍で私に向かって一礼をした。
整った顔に銀色の髪、加えてスーツを着こなした綺麗な立ち姿、とても好感を持たれる男性でした。
あいにくこの数日、彩ねー以外にあった人はトラウマをくれた「先生」という男性だけ、三人目になるこの男性に少し恐怖を感じた。
私は甘えた声を出して彩ねーを呼んだ。そしたら、彩ねーが私の近くに来て、わたしは彩ねーの袖を掴んだ。
そんな私の行動を見て、「男性」が困った顔で苦笑いをして、ドアの傍からそれ以上に私に近かなかった。
「あの人はナナちゃんの父親よ、怖がらなくていいよ。」
彩ねーは怖がる私の手を掴んで、私にもう一度男性の事を紹介した。
私はしっかり男性の全体を見直した。細目で常に笑顔を浮かべる真面目そうな男、私は何故か逆にかの男をさらに警戒をしてしまった。
駄目だ。色眼鏡で人を見てはいけない。
彼は私の父親。覚えていないけど、きっとそうなんだ。その髪の色が証明になるだろう。
「お父さん?」
試しに彼を呼んでみた。彼は私の声に反応して一歩前に進めて来たが、ふと私は思った――彼は私の父親である証拠をまだ一つも出していない。
それに気づいて、私は再び彼を怖れた。私は彩ねーの袖を引っ張り、彩ねーを壁にして、その後ろに隠れようとした。
そんな自分の行動に驚きを感じ、私は自分の動きを止めた。
私はこんな臆病な人だったか?
自分が自分じゃないようだ...
「やはり、いきなりはよくなかったよな。」男性は言う。「また出直してくる。」
外に出ようとする男性に対して、私は「待て」と言って引き止めた。
私のほうを見て足を止めた男性を私も見返した。その内に、私も冷静に戻り、勇気を出して彼と話をする事を決めた。
「あなたは私のお父さんですか。」
初めて自分でしゃべった錯覚をした。
今まで口で言葉をしゃべっていたが、今は頭でしゃべった気がする。
「そうだ。」父親と自称した人が断言した。
「それを証明する手段はあるか。」私は淡々と聞き続けた。
その言葉を待っているかのように、「父」は上着のポケットに手を突っ込んで、一枚の写真を取り出した。
私は彩ねーの袖から手を放して、右手を男性に向かって伸ばした。
今の私はその写真に興味を持ってしまい、恐怖の気持ちは最早なく、彩ねーの事すら気にならなくなった。
「父」は私に写真を見せるため、一歩ずつ私に近づいて、後三歩ほどのところで足を止め、手を伸ばして写真を渡した。
私は渡された写真を見つめた。
そこに映っていたのは一つの四人家族。父と母と、まだ十も満たない双子の姉妹。
その姉妹を見た瞬間、私はわかった、私はその姉妹のどちらだ。顔が鏡に映った私の顔にそっくり、少しの違いもなかった。
私は童顔のまま大人になっている...いや、まだ大人ではない。
そして写真の男性は「父」にそっくり...
「実はもっとわかりやすい書類も持ってきたが、鞄に入れたまま持ってくるのを忘れてた。」
「はは...」と笑って誤魔化す「父」、きっといくらでも証明できるものが出て来るだろうし、私も否定する気持ちはない。
なら、認めよう。
「お父さん。」
確認する為に呟いた。
「お父さん。」
相手に判るように、少し大きな声で言った。
「父」は私の言葉を聞いて、うれしそうに私を抱きしめようとした。
が、私の表情を見て、動きを止めた。
自分でもわかる。今の私は冷静すぎるほど冷静だった。
だから、今の私はたぶん、無表情だった。
「どうしたの?」私は「父」に聞いた。「私を抱きしめないの?」
自分の言葉と声がかみ合ってないようだ。「父」は怯えたような顔をした。彩ねーの「ナナちゃん?」の心配な声も聞こえてきた。
だけど私は気にせず、両手を「父」に向かって伸ばして、「抱きしめて」と言った。
「父」はゆっくりに私に近づいて、私の手を掴もうとしたが、それを敢えてかわして、抱きしめてもらうのを待ち続けた。
彼は私の「父」であることを頭で理解しているが...
「父」は諦めて私と目を合わせず、私を抱きしめた。
その首に手をまわして、私はようやく彼が自分の父だとわかった。
お父様...
体温を感じ、吐息を感じ、懐かしさが沸き起こった。彼が私の父である事を体が教えてくれた。
「お父様。」
ふと涙が出てきて、父を強く抱きしめた。
近づいた父に怯え、心臓がドキドキして、逃げ出したい気分であったが、抱きしめられた瞬間にそれが消え、安心感を得た気分だ。
そうか、彼が私のお父様だ。
私は涙を止めようとせず、泣く事にした。お父様も私を甘やかして、ただ私を抱きしめていただけ、泣き終わるのを待った。
少し時間が経った。
すっかり涙を枯れた私は恥ずかしくなって、布団の中から出ない事にした。
彩ねーはベッドに座り、布団越しに私の頭をなでている。お父様は椅子に座り、彩ねーと話している。
「この調子なら、もう少しで退院できそうです。」
「そうか。喜ばしい事だ。」
どうやら、私の退院の話をしているようだ。
「ええ。ナナちゃんと離れるのは寂しいですが、いつまでもここに居させるわけにも、ナナちゃんの為になりませんし...」
「……」
何故かお父様は彩ねーを結構ぞんざいに扱っているような気がする。
「彩ねーと離れるのは嫌。」
布団の中で私は言った。
「え。」というハモった二つの音を聞き、私は頭だけを布団から出した。
「彩ねーと離れたくない。」
私は自分の意思を二人に伝えた。
二人は驚いて私を見るが、すぐ彩ねーが私を慰め始めた。
「ナナちゃん、病気が治ったら退院しなければいけないのよ。」
「嫌だ。」
「でもそれがルールなのよ。」
「知らない。」
「もう、我がままを言わないで。」
「うんう。」
「別にもう会わないじゃないから…」
「嫌!」
彩ねーは私を全力で慰めたが、私は聞き入れるつもりはない。彩ねーが何を言っても、私はただ断り続けた。
そんな私たちを厭きれて、お父様は「折衷案」を出した。
「ああ、冴塚さん。」意外にも、お父様は彩ねーに語り出した。「娘は貴女と離れるのが嫌だが、ここから出たくないとかではありません。そうでしょう。」
「え!」彩ねーはその言葉にびっくりして、一瞬動きが止まったが、「あ、そうらしいです。守澄様。」と言った。
様付け!?
「では、娘が退院時に、貴女もここを辞めればいいでしょう。」お父様がそう言った。
私はその言葉に驚いて、お父様を見つめ直した。お父様は目を閉じているように見えて、そして椅子の上で微笑んでいた。
なぜ、そんなことになった?
私に触れている彩ねーの手から震えを感じた。
先までお父様と普通に話していた彩ねーは今、お父様の突拍子のない言葉に怯え、呼吸を荒くしていた。
「それは、すみませんが、とても承諾しかねます。私はこの仕事にやりがいを感じています。ここを辞めたくありません。」彩ねーは怯えながら言う。
「……」お父様は何も言わなかった。
「それに、奈苗様にいつでも会いにいけます。ここから奈苗様のお屋敷までそんなに距離はありません。週に3回会いに行きます。」
「……」相変わらず、お父様は何も言わなかった。
「あの、毎日会いに行きますので、あの…」彩ねーは最早何を言えばいいのがわからなく、「あの」の二文字を繰り返していた。
そこで、ようやくお父様は口を開いた。
「毎日来るのなら、いっそうちで働いたら如何でしょう。」
同じ丁寧語なのに、お父様の言葉は恐ろしい。
「あの、私はその、この仕事にやりがいを感じ、辞めたくは...」
何故か彩ねーはさきと同じことを言い出した。
彩ねーが可哀想だ。だが、お父様は容赦しなかった。
「貴女達の一族はみんな短命で、30歳を超えないんだそうですが、お母様は健在らしいですね。どうしてですか。」
彩ねーは質問に口を篭り、「それは...」とだけ言った。
「本当に生きているのか、わからない。そして生きていても、もう話すこともできず、誰かがお世話をしなければならない状態になっている。」お父様は彩ねーの言葉を遮るように続けて言う。「それでも、生きている以上、彼女は貴方達の希望に違いない。何故まだ生きている?を解き明かす為に、『看護院』で治療しながら研究しなければならない、ですよね。」
お父様は椅子から立ち上がって、資料を読むように語った。
「しかしあなた達は『数』が少ない上に、みんな貧乏な生活を送っています。短命だから仕方がないのかもしれませんが、その生まれの事情からあなた達を助けようとする人も少ないでしょう。」
ここまで言って、お父様は一息を入れた。そして、彩ねーをまっすぐに見つめ、床を指差して、「でも、一つだけ貴女の母を受け入れる『看護院』があった。」と言った。
「来月はご結婚だそうですね、おめでとうございます。お相手はどちら様でしたか。」
急に関係ない話をするお父様だったが、彩ねーの怯えている表情を見ると、そういうわけでもないようだ。
「あ、そうそう、確か脳研究に優れたとある種族の一科学者で、幼少時に神童と呼ばれ、珍しく種族差別しない好青年だったかな。そして同時に私の娘の主治医でもある、ですね。」
「お父様!」
まだよく知らない人であるが、今のお父様は先と全然違う人になっていた。そんなお父様を見て、私はついに我慢できずに聞いた。
「お父様は一体何を仰っているのですか。」
お父様は笑いながら私に近づき、強引に私の髪を撫でた。
「ナナエ、今の私のやっていることをしっかり見て、覚えておきなさい。」
お父様は手を引っ込み、また彩ねーと話をした。
「すみません、冴塚さん。貴女を娘の専属に指名する前に、すでに色々調べさせてもらいました。貴女の生まれ、育ち。今までの経歴と、そして隠している秘密。」
お父様はまたも言葉を止めて、右手を彩ねーの頬を撫でて、そのまま彩ねーのあごを上げた。
「神は何一つ特徴のない貴女の容姿にギフトも与えた、そのギフトを無駄にする事はさすがにしなかったな。男を虜にした時の気分はどうですか。」
お父様の行動に一気に嫌悪感が沸いた。彩ねーに反撃して欲しいと思った。けど、彩ねーはただ小声で「違う、私は彼を愛している」と呟いているだけで、お父様の手から逃げようとしなかった。
私はお父様にそれ以上彩ねーに触らないように、お父様を睨みながら、思い切り彩ねーをそばに引っ張った。彩ねーはそのままベッドに倒れ込んで、お父様の手から離れる事ができた。
「おっと、お姫様はご機嫌斜めのようです。」
だが、お父様はまったく動じていなかった。
「私は別に貴女に不幸になってほしい、なんで思っていない、ただ娘があなたと一緒に居たいと言っているのだから、その願いを叶いたいと思っている。この親心、わかりますよね。」
今気づいたが、お父様が丁寧語を使う時、必ず目を見開いて彩ねーを見る。まるでプレッシャーを与えているようだ。その結果、彩ねーも丁寧語が来るたびに、体がドキッとしている。
「うちでメイドになれば、娘と離れずに済むし、何よりお金の心配が完全になくなる。夢は追えなくなるが、別に才能もないし時間もないから、諦めてこっちに来たほうが絶対にいい。そう思いません?」
「私がその気になれば、この『看護院』そのものを潰せるし、秘密をばらして、貴女の一族を社会から後ろ指を指され、未来の『旦那様』の名を落とすこともできる。それでも、私の誘いを断るのですか。」
「貴女はまだ21歳だが、他の一族の一生を見れば、貴女も後何年しか生きられないだろう。どう頑張っても、9年超えないその余命を、まだ夢に使いたいのか。そろそろ現実と向き合えばいいではありませんか。」
「こっちで働けば、貧乏生活から脱出できるし、貴方が死んだ後も、貴女の母親の世話もしよう。良いこと尽くめではありませんか。」
結局彩ねーは最後まで一言もしゃべらず、私と一緒にお父様の言葉を聞いているだけだった。
お父様の言葉はとても魅力的だ。冷静に考えれば、きっとお父様に従うのが正しいだろうが、私はとてもそれに納得できなかった。
だから、私は反対した。
「お父様、やめて。私はもう我侭を言わないから、彩ねーをこれ以上苛めないでください。」
震える彩ねーを抱きしめて、私はまっすぐにお父様を見つめた。
「いいのか。彼女と一緒に居なくても良いのか。」
「はい。一人で『退院』します。」
「でも、それでは『彩ねー』と会えなくなるよ。」
「かまいません。」
そして、私はお父様と暫くにらめっこしたら、お父様は折れたようにため息一つ吐いた。そして、お父様は椅子に戻り、再び彩ねーに話しかけた。
「ごめんなさい、冴塚さん。ちょっと意地悪しすぎた。」
その言葉を聞いた彩ねーは私に抱きしめられている現状を思い出したように、私から離れ、ベッドの上にまっすぐ座った。
「い、いいえ、こちらこそ。みっともないところをお見せしてすみません。」そう言って、恥ずかしそうに乱れた髪を整い、お父様に頭を下げた。
お父様はそれを受けて、私に話しかけた。
「ナナエ、気づいたか。」
気づく?何を?
「お前の我侭は、他人の人生を簡単に変えられる。」
その言葉に私はショックを受けた。お父様が嫌って見つめていたが、まぶたに込めた力がすっかり抜かれた。
「先程、私がしたことは『脅迫』と呼ばれ、人の弱みに付け込み、その人を思うように動かすことだ。それは決してよい事ではない。けれど、脅迫はばれなければ裁かれる事もない。その為、人はほしい物の為に様々な方法で他人を脅迫する。」
私はわかった。お父様は彩ねーを脅迫するフリをして、私に授業を行ったのだ。
「お前の父はお金を稼ぎすぎた。少しお金を使えば、人の弱みを簡単に握れる。だから私は我侭できなくなったし、お前も我侭を言えなくなっていた。お前がちょっと我侭したら、聞いた人が代わりにそれを叶えてくれてしまうかも知れない。そうすると、お前の望まないことが起こるかもしれない。先のように...」
そうか。私は我侭を言えないんだ。言えない家庭に生まれていたのか。
「ナナエ、退院する前にこれだけは覚えていて。お前の父は人の一生を簡単に変えれるほどの権力を持っている。その為、人から慕われている、怯えられている、憧れている。そんな私を媚びるために、お前に優しくする人が間違いなく現れる。その人たちはお前を取り入れる為に、お前の望みを叶えれば、手段を選ばないかもしれない。だから、お前は他人に望みを託してはいけない、他人から何かを欲しがってはいけない。きちんと善悪の区別が出来るまで、望みを自分の手で叶えなければいけない。わかりましたか。」
14歳の小娘には少し難しい授業だと思うのだが、私は「父」の言葉に賛成だ。
だから、私はお父様の前に正座して、敬意を込めて「はい」と返事した。
お父様はうれしそうに私の頭を撫でた。その手はとてもやさしくて、暖かかった。
それから、彩ねーは退席して、私はお父様と暫く話をした。
お父様は守澄 隆弘と言い、私はその長女に当たる。
そしてお父様は世界三大富豪の一つ、守澄の当主である。従って、長女の私は少なくともお嬢様である。
お金持ちのお父様は元々貧乏で、小さな会社を経営しながら母と二人で過ごしていたが、そのうちに裕福になり、双子の姉妹が授けられた。
私はそのうちの一人で、悪戯好きな妹と正反対で、お淑やかな姉だそうだ。
今の人見知りの私は事故の前の私とあまり変わらないから少し「安心した」とも言った。
しかし、今は両親は離婚して、私はお父様のところで生活している。母と妹は別に私を嫌っていないからいつでも会いにいけるが、離婚した理由は言ってくれなかった。だが、世界三大富豪として数えられたのは離婚してからだそうだ。
私は自分がここにいる理由や記憶がないことについて聞くと、「それは退院してからゆっくり思い出せばいい」と誤魔化された。
生活について聞くと、事故前の私は屋敷に住んでいた。お父様は仕事の都合であまり屋敷にいないが、十数の世話人がきちんと屋敷を管理している為、住み心地は悪くないんだそうだ。
私は学園に通っていて、行き帰りは自分の足だそうだ。理由は学園が屋敷の敷地の中にあるからだ。
知らない誰かさんの話を聞いている気分だ。
とりあえず、私はありえないくらいお金を持っている人の子だという事がわかった。
学園の事を聞いてみると、学園が男女共学で、どんな身分の人も入学可能で、学力重視の学園だそうだ。それ以上のことを聞くと、やはり「退院してからゆっくり…」だと誤魔化された。
何故色んなことを教えてくれないと聞こうと思ったが、その前にお父様は次の予定の為に、私との話を終わらせた。
お父様が部屋を出た後、私は彩ねーと中身のない話をして、そのまま晩御飯を済ませた。
その時に彩ねーは自分のことを話してくれた。
彼女はとある短命の一族の生まれで、その一族の現族長である。
「私たちが他の誰よりも短命なのはもう納得している。
だからこそ生きる事を頑張らなきゃと思っていた。
父が息を引き取った時は流石に泣き喚いていたが、母が動けなくなった時はとても冷静だったよ。
私たちは30歳までしか生きられない。予想より長く生きられた人も僅かながらいるが、誰一人30歳の誕生日を過ごせなかったよ。
だから、母は私たちの希望だよ。30歳の誕生日を祝った後、最早誰もが母の生に期待していなかったのに、朝に起きたら、母が普通に朝食を作ろうとした。
それを見てみんな誰もが驚いた、先んじて母の世話をした。
それから何日、母は相変わらすに元気でいたが、皆は母がまだ生きている理由を考え始めた。治癒の術ですら乗り越させなかった私たちの死線、何故母だけがそれを越えたのか。
母の直系の私はあの時まだ7歳だが、母の娘だから皆に巫女として称えられた。私も母を誇りに思い、みんなの為に頑張った。
しかし、様々な治療に関するものを勉強したが、結局才能がなくて、『お手伝い』の看護士になった。
元気だった母も、記憶力が段々と衰えていって、様々な事もよくわからなくなっていた。最早看護院に入って治療を受けて貰わないといけないのに、貧乏な私たちは高額の治療費をとても支払えなかった。
ナナちゃんの主治医はここのトップクラスの先生で、しかも院長さんの息子さんだよ。昔から私に熱いアプローチをして来たし、私も彼が好きなので、付き合っていた。
でも、母の入院関係の事で、彼を利用した。彼と一緒に住み、母の容態を彼にばらした。
優しい彼はすぐに母をここに入院させたが、私は罪悪感に押されて、暫く彼を避けていた。もし、ナナちゃんがその時に入院していなかったら、私たちはおそらく終わっていたよ。
ナナちゃんは覚えていないが、私は2年前からナナちゃんを知っていたよ。
『体が弱いから、精神にもストレスが溜め込んでしまい、仕方なくここを入院した』だそうよ。
私はその時、ナナちゃんのお父様にいきなり専属看護士に頼まれて、それを断れなかったから、彼とはまた一緒に仕事をするようになった。ほら、ナナちゃんの容態とか、主治医の彼に報告しなければいけないでしょう?だからまた彼と一緒になった。
だからナナちゃんは私たちの愛の天使!ナナちゃん大好き!むちゅー…」
後半のほうは最早惚気、挙句の果てに私にキスしようとしたから、早めに彩ねーに出て行ってもらった。
この二日、知らない事がどんどん増えて行き、正直脳がちょっと追いつけない気がする。その為に早めに彩ねーを追い出して寝ようとしたのも原因だろう。
私がお嬢様で、彩ねーはもうすぐ結婚するとか。
もういい。何も考えずに早めに寝よう。
布団に潜り、自分の白い髪を一目見て、私は瞼を閉じた。
そういえば、写真に写っている「母」だけは、
白髪じゃなかった。




