最終章 主人公
それからのこと。
これからのこと。
「盗撮犯」に襲われ、さらに「全国チャンピョン」と勝負した日から、俺は殆ど屋敷から出ることはなかった。
何せ、専属メイドを付けたのに、尚も誘拐まがいなことになったから、早苗がかなり大袈裟に俺を守るようになった。
屋敷から出ることも出来ず、庭に行く時もメイド二人を傍に侍るようになっていた。
今までのメイドの数が屋敷の仕事をギリギリ終わらせる程度だったが、早苗の「大袈裟」のせいでかなり足りなくなった。加えてタマがいなくなった為、近々新しいメイドを雇うという話も出ている。
「学園に行かなくていいの?」って聞いたら、どうも俺は「記憶喪失」前にすでに高等部の入学試験に合格したらしい。
「私」ってすごいだな。卒業もしていないのに、もう高校入学試験を通ったのか。
「盗撮犯」はあの時、星に気絶された後、警察が来るまでずっと気絶したままだったので、今は「拘留所」に入っている。「私」よりは年上だけど、まだ未成年らしいので、「監獄」ではなく「拘留所」...
ざま~みろ。
肝心の時にいなかったタマと言えば、未だに姿を現していない。「誘拐事件弐」に関与している犯人の一人だと殆どの人が言っているが、俺とモモだけはそうじゃないと思っている。
モモの方は単純にタマを信頼しているだけだったが、俺はもっと理性的に考えて、タマは俺を裏切っていないんだと判断している。
一人の高校生の誘拐に加担しても、タマに得られる利益があるとは思えない。俺が誘拐されること自体がタマの「利益」と繋がるなら、何故俺を助けた星を足止めしなかった?
それ以外にも色々考えられるが、感情的にもタマが裏切ると考えたくないので、タマが誘拐の加担者だと思わない。
何方にせよ、タマが見つからないと、真実がわからない。だからあれから、俺はずっとモモにタマを探してもらっている。
そして「全国チャンピョン」。
あれから、俺は屋敷から出たことがないので、一度も彼女に会っていない。
名前の文字が「星」なので、心の中で彼女のことを星と呼ぶようにしているが、本人にはそれを伝えていない。
次に会える時は、高校生になってからだろう。
...そしてお父様と言えば...
何も反応を見せなかった。
実の娘なのに冷たいんだな。
ま、俺の父も同じような反応するだろう、俺のことに関して。
でも、「大袈裟」の早苗の行動を許可しているあたり、娘に情がないというわけでもないだろう。
そんなこんなで、ようやく夏休みが終わり、高校生になった今日、俺は「自由」を得た。
「大袈裟に」送られる前に、俺はかなり早めに屋敷を出て、学園の前にきた。
まだ先生達の出勤時間前なので、誰も学園にいる筈がないと思ったのだが...
「あら、私が1位だと思ったが、先客がいたね。」俺は校門の前にいる男子生徒に声をかけた。
服装からして、今の俺と同じ高校生だ。長い髪に隠された顔は少し童顔で、それ以外に特徴はなかった。
体つきは普通で、身長も特別に高くなく、低くもない。翼が生えたり角が生えたりしている訳もなく、他の生徒と同じく見事に「神のフリ」ができている。
失礼だが、とても普通の高校生だ。
高校生は俺の声を聞いて、振り向いてきた。その視線は俺の顔ではなく、一瞬だけだが、先に俺の胸に行った。その後すぐに視線を逸らしたのは褒めてもいい、素晴らしい自制心だな。
「えっと、先輩ですか。」男子生徒は恥ずかしさを我慢して、俺に質問をした。
「いいえ、新入生だ。君も新入生か。」俺は普通に返して、そのまま男子生徒に訊き返した。
「はい、今年からこの学園に入学する高校一年生、白川 輝明と申します。」とても元気よく返事する男子生徒。
「ふーん...」
同じ新入生なら、「私」より一個年上だな。
ま、男に興味はないな。
「あの、あなたのお名前は?」
その言葉を聞いて自分が名乗っていないのを思い出した。
一応名乗られたら、自分の名前を相手に言うのが礼儀だが、どうにも俺は興味のない相手にその礼儀を忘れがちの癖がある。
「あは、ごめん。私は守澄奈苗、女性だ。」
自己紹介は苦手だ。
色んな会社に面接した時、自己PRを何回もしたが、一度も受かったことがないせいが、自己紹介時に何を言えばいいのかがわからなくなった。
「趣味は人を虐めること、特技は自分への悪口をピンポイントに聞き取れること。種族はカメレオン、その特徴は体が弱いこと。後は...」
ちょっと今の自分のことを喋りすぎたな。相手の方に目を向くと、その相手は阿呆みたいに口を半開きして、俺の方を見つめていた。
「っふ、ごめん。興味ないもね。」俺は軽く笑い、彼との会話を切ろうとした。
しかし彼は「いいえ、あります!もっと聞きたいくらいです」と言って、俺を引き留めた。
ふふ、純情な男の子だな。
「じゃあ、教えて。君はこんな朝早くに、ここで何をしていたの?」
男の子よ。美女から簡単に個人情報を教えられると思わないほうがいいよ。先までペラペラ喋っていた俺が言うのもなんだか...
ま、俺は心が男だから、気分次第で個人情報を喋るけど...
俺の質問に男子生徒は少し迷い、やがて口を開けた。
「少し、入るのが怖くて...」
怖い?
「実は、子供の頃に別れた幼馴染と『この学園でもう一度会おう』と約束したが、高校生になってようやく入学試験を合格した俺が、一体どういう顔で中学からずっとこの学園にいる彼女と会えばいいんだろう?」
なるほど、大人になって出会う幼馴染か。
うらやましいことだな、このリア充。
「別に気にしなくてもいいじゃないか。私なら、きっとその幼馴染と会うのが待ち遠しいのでしょう。」
俺は風に吹かれた髪を支えて、学園の方を見ながら、一応助言的なことを言った。
「リア充は勝手に幸せになってろ」と考えて、自分と関係ないことだと思った。
しかし...
「あの、人違いでしたらごめんなさい。もしかして、ナナちゃん?」男子生徒は窺うように聞いてきた。
ナナちゃん?誰のことだろう?
...二人しかいないから、俺しかない。
「どちら様でしょうか。」
「俺だよ、俺。昔、あなたを屋敷の外に連れ出して、一緒に遊んでいた男の子。覚えていないか。」
またか。
またこのパターンか。
昔の知り合いなんで知らないよ。
「悪いが、君のことを知らないんだ。子供の頃のことはもう忘れたよ。」
誤解されやすい言い方だか、別に嘘を言っていない。
「そうですか」と言って、あからさまの落胆な顔を見せた彼は、ゆっくりと学園を去ろうとした。
また始業式までかなり時間がある。しばらく近くをうろついても、余裕で式に間に合える。
去っていく彼は別にこの学園をやめようとしていないでしょう、わざわざ引き留めることはない。
でも...
「もし、私は君が言っていた幼馴染なら...」
去っていく彼に俺も背中を向けたまま、彼の気を引くことを言った。
「この言葉を、送らなければいけない。」
彼の足音が止まった。その後の土との摩擦音を聞き、彼が後ろに振り向いたことを予想した。
そんな彼に、俺も髪の毛を抑えながら振り向いて、彼に自分のできる最大な笑顔を送った。
「ようこそ、私立一研学園へ!」




