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第十節 変態②

ようやく自分のことを思い出した。

 思い出した。

 自分が誰なのか、今はどういう状況になっているのか、それら全部わかる。


 俺は子供の頃に「天才」と呼ばれ、誰にも期待を寄せられていた。俺もみんなの期待に応えるために、常にいい成績をとり続けた。

 皆に褒められて、成長してきた俺は、自分はいつかすごい人になれると思った。

 しかし結果は、成人した俺は仕事を見つからず、ニートになっていた。

 一流の大学を卒業し、様々な大企業に就職を試みたが、どれも採用を得られず、パソコンで仕事を探す日々だった。

 そして、いつしか俺は心が折れて、仕事を探すことをやめた。

 毎日、ネットのゲームに時間を費やして、無意味に生き残っていた。

 俺に多大な期待を寄せていた両親は酷く悲しみ、俺と話をしなくなった。友達も、恩師達も俺のことを諦めて、連絡してくることもなくなった。

 もはや俺はただ部屋の外に置かれた飯を食い、パソコンで電気代を増やすだけの存在となって、生きた屍になっていた。

 そんな俺にも話をかけてくれるのは、たった一人の実の妹だった。

 最近彼氏ができて、天狗になっているあの子のお陰で、俺はまだ何とか生きてた。

 俺は...

 あの子のお陰で...

 せめて自分の残りの人生を家族のために生きようと思った...

 家族のために何でもできると思った...

 なのに...


 ...どうして俺は、知らない世界で、女の子になっていた?


 俺は、下着姿の自分の体を見て、そのおっぱいに手を当てた。

 重い...

 男ではわからない重さだ。

 いや、彼女持ちのモテ野郎達なら知ってるかもしれない。

 そして、俺は目の前の「変態」を見た。

 未だに俺の...いや、私の肩を舐めているこいつは、男のくせに、ヤンデレキャラを気取っていた。

 鬱陶しい。

 俺は腕を払い、あの変態の顔を叩いた。大した力を入れていないけど、あいつはかなり驚いてしまった。

「どうして僕を殴ったの、ななえちゃん?」

 不思議そうに俺を見つめる変態をほっといて、俺はその場から立ち上がって、「着るものはねぇか」と探した。

 ()ぇ...

 こいつが俺の服を破いたせいで、帰りは下着姿かよ。

 めんどくせい...

  「勝手に動いたらダメでしょう。ななえはケガしているのだから、ちゃんと手当を受けないと、跡が残るよ。」

  「ヤンデレ」は俺に近づいて、俺を触ろうとする。

  「僕に任せて、すぐに良くなるから。」

  生憎だが、今の俺は「私」ではない。

  記憶を取り戻した今、男に「身を任せる」なんて、ありえない話だな。

  「悪いが、君の『お医者さんごっこ』に付き合うつもりはない。あんまり近づかないでくれる?」

  はっきりと拒絶の言葉を出したが、俺のあまりの「変貌」に驚いたが、「変態」は一瞬動かなくなった。

  俺は「変態」を無視して、地面に落ちていた「写真」を拾いで、その一枚一枚を「丁寧」に見た。

  素晴らしいアングルだ。素晴らしい胸ちらだ。写真の相手が今の俺じゃなければ、買い取りたいくらいだ。

  「どうでしょう?どれもすごい出来でしょう?」

  確かにすごい出来だけど、盗撮対象に言う言葉ではないな。

  俺は無言にその写真の数々を全部破けた。

  素晴らしい角度の写真ばかりだけど、自分の体を映っているものだと、どうも気色悪くてしょうがない。

  心が男でも、この女...少女の体に少し馴染んでいるからだろうか。なんだか本当にこの体が自分の体のように思える。

  かの変態の目の前に写真を散り散りに破いたが、彼は澄ました顔で微笑んでいた。

  予想通りだ。

  「肩、もう大丈夫みたいだな。良かった。」

  てっきり彼はオリジナルの写真を持っているから、コピーを破けたくらいでは何とも思わないだけだと思ったが...予想が少し外れた。

  「でも、貴方も僕の気持ちに気付くべきなんだ。こんなにも貴女のことを思っているのだ、勝手に一人で鍛えて、僕から離れようとしないでくれ。」

  勝手のことを言う男だな。

  「一つ聞かせて。私は今まで君に一度でも話をしたか。」

  今更こんな質問しても意味がないが、疑問を感じたら解かずにいられない性格なんだ。こんな男に誰も興味を持つはずがないんだろうに、なぜこの男は「私」の彼氏であることを言い張っているのだろう?

  「もちろん話をしたよ。忘れたのかえ?」変態がぬかす。

  記憶喪失した俺...いや、この体の記憶を持たない俺が「知らないこと」を覚えているはずがない。

  が、それをわざわざこの変態に教えることはないね。

  「二年前、僕が偶々クラスメイトにぶつけられて、床に転げた時、貴女が僕に手を差し伸べた。」

  あぁ...ハイハイ。大体想像できた。

  大方、そんな優しい「私」に恋をしてしまったのだろう。

  「その時に、貴女は僕に『大丈夫か』って言ってくれた。皆僕のことを無視するのに、貴女だけは僕に優しくしてくれる。」

  予想通り過ぎてつまらない。男ってバカだな。

  「僕はあの時決めた。これからは貴女だけを見つめるっと。」

  迷惑な話だ。

  「ほら、僕は貴女を守れられるような男になったよ。どこにいても、僕は貴女を見つけられる。」

  変態はまた俺に近づいてくる。

  俺は大声で「近づくな」と奴の動きを止めた。

  「俺は君のことを覚えていないし、君に守ってほしいとも思えねぇ。それ以上近づくと、俺も本気で歯向かうぞ。」

  この体で精一杯の強がりをした。

  「どうしてそんなことを言うの?僕のことを覚えているのに、僕に守ってほしいとも思っている癖に、どうして今更自分の心に反抗するんだ。」

  まぁ、予想通りの逆効果。

  俺の言葉を聞いて、変態が興奮して、俺の腕を掴んだ。

  話にならないと思い、俺は「離せ」と言いながら、もう一度その手を振り払った。その後すぐドアの所まで走って、鍵を開け、ドアも開けようとした。

  しかし、いくらドアノブを引いても、ドアは少しも動かない。「どうして」と一瞬思ったが、その次の瞬間「魔法だ」と理解した。

  この部屋、魔法によって固定化された空間になってる。

  「駄目じゃないか。まだすることをしていないのに、外に出じゃダメだよ。」

  「すること」って、なに?

  変態と議論するつもりはないので、俺は「ここから出せ」とだけを伝えた。

  それに対して、変態は「勿論出してあげるよ。でも、その前に、ちゃんとやることをやってからでないと、おかしいでしょう?」と言った。

  「やること」って、なに?

  なんとなく変態の目的は想像できる。一応誤解したらいけないので、「何をするつもり?」と聞いた。

  「主人公とヒロインは最後、必ず結ばれて、幸せになるのが決まりだよ。だから、今から貴女を幸せにしてあげる。」

  とても嬉しそうに微笑む変態。こいつ、何を言っているのだ?ゲームでもしているつもりなのか。

  誤解じゃないことを確認したが、誤解であってほしかった。

  変態が俺の腕を掴んだ、今度こそ振り解かれないように力を入れて掴んだ。俺は想像より強い痛みに耐え、ベッドの近くまで連れていかれた。

  俺も一応力いっぱい抵抗したが、まったく意味はなかった。

  「待て!」

  ベッドに倒される前に、俺はもう一度変態に説得してみた。

  「俺は君に対して恋愛感情を持っていない。君から、何も感じていない。それでも、君は俺と仲良くなりたいなら、もっと時間をかけて、お互いのことを理解してからの方がいいと思うか...」

  変態は俺の言葉を最後まで聞いて、「女の子が『俺』という言葉を使ってはいけないんだよ」と言って、俺をベッドの上に転ばした。

  「素直じゃない貴女に、少し強引な手で素直にさせる必要がある。大丈夫だ。最初は少し痛いかもしれないが、すぐに気持ちよくなるから。」

  あぁ...わかる。こいつは今から何をしようとしているのかが手に取るようにわかる。すげぇわかる。

  ちょっとやめて!男に侵されるのは本当にやめて!俺はホモじゃない!

  今は女の子なのかもしれないが、心は男だよ!男に侵されるのは絶対に嫌だ!

  女の子の時も嫌がってたので、心がどっちだろうと、お前に侵されるのが嫌だ!

  とりあえず、その近づいてくる頭に思い切り頭突きをした。

  いってぇぇぇぇ...

  なんだ、この頭?こっちが頭突きを仕掛けたのに、こんなにも痛く感じるのはおかしいよ。

  何とか片目を開けて、頭突きされた変態の方を見ると、そこの変態はただおでこを軽く擦るだけだった。

  まったく効いていない?

  近くに置いたものに適当に手で探したが、何かガラス的なものに触れた。

  俺はその「ガラス的なもの」を全力で変態の頭に叩きついた。

  破砕音とともに、ガラス製のものが変態の頭とぶつかり、砕けた。変態の方は何も喋らず、顔を背けていたが、破片は俺の方にも注いできた。

  だが、もはや破片が顔に傷をつけてたとしても、気にする状況じゃないので、手に掴んでいる残りのガラスを変態の首に当てて、変態を脅迫した。

  「死にたくなければ、今すぐ俺を離せ!」

  変態は少し俺を見つめて、口から「とめろ」と言う音が出て、俺の体は何故かそれで動けなくなった。

  なんだこれ?もしかして、また魔法と言うやつなのか。

  俺が動けないのを確認した変態は俺の手を掴んで、ガラスを俺の手から取り上げて、そのまま床に捨てた。

  変態はガラスを捨てた手を使って、俺の顔に跡が残るほどの力で叩いた。

  「あまり逆らわないで、乱暴なことをしたくないんだ。自分の妻を叩くような男になりたくないんだ。」

  ...そちらの「家庭の事情」ってやつ?知らねぇよ!思い切り叩きやがって、(いて)えぇじゃねぇか。

  「あ、そうだ!」

  変態が何かを思い出して、俺の左手を掴んだ。

  何をしようとしているのをわからないが、変態が「これを外せば」と呟いて、何故か俺の小指に嵌めていた指輪を外した。

  「どうだ?どんな気分だ?」

  はぁ?何を言いたいのかはわからないが、さっきからずっと最悪の気分だ。

  そう言おうとしたのに、何故か声が出せずに、小さな「鳴き声」みたいな音しか出せなかった。

  なぜだ?何故声が出せない?

  そう思って、少し混乱した俺は何故か力が段々と体から抜けていき、彼の腕を掴んでいる手も、彼に掴まれている手も力がなくなり、ベッドの上に「落ちた」。

  「言葉を紡ぎ、『生命力』が勝手に漏らさないようにキープする最高級魔道具、『神器(じんぎ)』:『祝福の指輪(デザイア)』。あの天才鍛冶職人が作り上げた後、『娘にやった』と言って、一度も世にその指輪を見せなかったから、眉唾ものだと思ったが...」

  彼の言葉は私の頭に入らず、耳から入り、再び耳から出た感じがした。

  生命力?最高級?何を言っているのだろう。

  「本当のことみたいだな。」

  彼は俺の顔を愛しそうに撫でていたが、俺はもう逆らう気力もなくなって、彼のされるがままになっていた。

  「これで、ようやく僕達は結ばれる。愛しているよ、ななえ。」そう言って、彼は俺の顔に近づいてくる。

  このまま、俺は彼にキスされて、侵されるのだろう。逆らう気力も何故がなく、その後も彼の玩具にされて、侵され続けられるだろう。

  それどころか、もうすぐ死ぬのじゃないかとすら思った。

  あの指輪に何か秘密があるのだろうか。

  もういい...

  もう、なにもかもがどうでもいい...


  「爆!」

  ドアの方から声がした。

  その後、爆破音と共に、ドアが窓の方へ飛んでいた。

  俺は頭を音のする方へ傾けて、そこから一人の人影が現れた。

  「誰だ!」変態の怒鳴り声が部屋内に響き渡った。

  人影はその声に反応せず、ゆっくり部屋へ入ってきた。

  昼が夜へと変わり、その短い間に現れた夕日に照らされて、人影がその正体を現した。

  金髪だ。

  現れたのはとても意外な人だった。

  まさか、このタイミングにここへ来たのは、「私」の頃に俺を敵視する金髪妹――千条院(せんじょういん) (ひかり)その人であった。

  「なんだ、ひかりさまか。悪いけど、ここはちょっと立てこもっていて、少し外してくれないか。」

  金髪ちゃんは何も答えず、静かに周りを見てから、こちらを見つめた。

  こっちの状況と言うのは、まぁ、なんと言うか...

  下着姿の少女が男に、ベッドの上に押し倒されていた。男の方は特になんともないに見えて、少女の方は頬に手印がつけられていて、力なくベッドに横になっていた。もしかして、少女の方は死相が出ているかもしれない。

  金髪ちゃんの顔から怒りを見えた。おそらく彼女の目には少女()が男に襲われているように見えたのだろう。

  第一印象はやはり重要だな、見ただけで人を悪者にできるから。

  まぁ、実際に俺は男に襲われているし、状況は彼女の見たままだけど、ね。

  「いくらひかり様でも、僕の邪魔をしないでほしいんだが、外に出ていてくれない?」変態が言う。

  「彼女に何をしている?」金髪ちゃんが言う。

  「僕達は今愛を育もうとしている所だ。だから出ていてほしいと言った。わからないのかな。」変態が言う。

  「彼女の同意を得たか。」金髪ちゃんが言う。

  「そんなことを言われなくてもわかるから。彼女は僕と結ばれる運命なんだ。」変態が言う。

  金髪ちゃんは変態の言葉から、俺がレイプされそうになっていることが確認できたみたいだ。だから金髪ちゃんは「そこから離れろ」と言って、変態に殺気を放った...っぽい。

  しかし、変態は空気を読めていないみたいなので、逆に「どうして?」と聞き返した。

  自分のしていることが犯罪だと思っていないのかな、変態さんは。

  「お前のしようとしていることは間違いだからだ。」金髪ちゃんはさらに言う。

  でも、無駄だよ金髪ちゃん。こういう頭のいかれた変態には常識は通用しないんだよ。同じくいかれた俺が言うのだから間違いないんだ。

  ...実際先から何も言ってないんだけど、指輪を外されたせいで、な。

  段々と頭も思考できなくなりそうで、その後の二人の会話も聴き取れなくなっていた。

  多分、指輪を嵌め直せば、よくなると思うが、自力ではできそうにない。このままでは、本当に死にかねない。

  そして、俺が眠くなって、目を閉じたその時、俺の上に乗っている変態はいきなり消えて、代わりに金髪ちゃんがそこにいた。

  「どう?体は大丈夫?」

  金髪ちゃんはあり得ないくらい優しい声で俺に話しかけてきた。何か言葉を返したいが、やはり小さな何かの鳴き声しか返せなかった。

  だが、彼女が傍に来てから、少し元気も出てきた。理由はさっぱりわからないが、そのお陰で、俺は何とか自力で指輪を見つけて、いつもの指に嵌めた。

  「ありがとう、金髪ちゃん。」試しに声を出してみた。

  ちゃんと言葉が喋るようになった。やはりこの指輪は何か特別なものらしい。

  体の方も少し良くなっているし、まさか、自分の命もこの指輪を付けているお陰なのだろう。

  疑問は色々あるけど、今はまずあの変態はどうなっているのかを知らなければ...

  俺は体を起こして、変態の姿を探してみたが、すぐに目の前に壁に彼を見つけた。

  彼は壁に叩きつけられて、人の型を自分の身を使って彫っていた。

  ...金髪ちゃんが変態を使って壁で人の型を彫ったのが正しいだろう。

  「大丈夫?」

  金髪ちゃんの声がもう一度耳にした。今度の「大丈夫」は「怖い目にあって平気か?」的な意味だろう。

  舐められているな。

  自分のことがわかっていない時期なら、何故助けられたのに怒るのかがわからなかっただろうが、今ならその理由もわかる。

  俺はどんな時であろうと、どんな状況であろうと、人に舐められるのが嫌いだ。

  我儘のガキだよ、俺は。

  だから、俺は恩知らずに彼女に感謝せず、別のことを頼んだ。

  「金髪、いや、確か『ひかり』という名前だったな。『星』と書かれているのに...」俺は「ひかり」という名の女の子に真っ直ぐに見つめた。「今から、俺と勝負してくれないか。」

  「『俺』?」ひかりは自分の耳を疑うような仕草を見せた。

  俺はすぐに「失礼、『私』だった」と訂正し、自分の話を続けた。

  「前、約束したよな。一撃でも君に当てたら、私の勝利というかなり不公平な『勝負』。今から、その勝負をしてくれないか。」

  元気になった俺は何故かちょっと元気すぎてしまっていて、力が有り余っている感じがした。

  その余った力を使いたくなって、さらに己を思い出した今なら、彼女に勝てるかもしれないと感じた。

  「だから、今から私と勝負してくれないか。」

  彼女は俺を見て、長く考え始めた。

  時間が長く感じた...のではなく、実際彼女は長い間に思考していた。

  何を考えているのかはわからないが、俺にとって彼女が俺の話に乗ろうか乗らないかなんでどうでもいい。乗るならそのまま勝負するし、乗らないならまた別の機会にする。

  だから、時間を長く感じることはなかった。

  やがて、ようやく結論を出した彼女はただ一言、「わかった」とだけを言った。

  俺はその言葉に対して、「じゃ、とりあえず練武館(れんぶかん)へ行こうか」と言って、変態を放置し、後ろに彼女がいることを感じながら、練武館を向かって前を歩いた。


  屋内体育館の中で、練武館が一番小さいけど、それでもそれなりの大きい。実際一クラス約24人に自由に動けられるように設計されているから、天井もかなり高く、二人だけが入るといつもより広く感じる。

  「自分の得意とする武器を使ってくれ。」俺は彼女に頼んだ。

  これで最後の勝負にしたいから、できれば彼女に得意武器を使わせて、その上に勝ちたい。

  彼女は全ての武器を見て、いつも使ってる「レイピア」ではなく「槍」を選んだ。

  しかもただの槍ではなく、馬に乗っている時にしか使わない槍:馬上槍(ランス)であった。

  「剣は使わないのか。」もしかして、ハンデをされているのかを思う俺だった。

  「剣は、苦手だ。折れやすい...」少し恥ずかしそうにしていた彼女。

  「折れやすい」に関して聞かなかったことにして、ランスを持っているが恥ずかしかる彼女はとても15・6歳の女の子らしくて、少し「かわいい」と思った。

  だったら、ランスを使うのは間を長くするためなのか。

  ここにある武器は全部「近接戦用」の武器ばかりだ、弓や手裏剣などの「遠距離系」の武器はない。だから一番長いランスを選んだのか。

  全国チャンピョンだから、そのような理由で武器を選ばないだろう。俺に対してのハンデか、または本当に一番得意の武器なのかもしれん。

  俺は適当に武器の中から「日本刀(かたな)」を選んだ。その刀は刃が磨かれず、さらに少し柔らかい材質を使っているっぽいので、思い切り振っても、相手に傷を負わせることはないだろう。

  別に昔に「剣道」をやったこともないが、名前も知らない他の武器よりは、アニメでよく出る「刀」を選ぶほうがいいだろう。

  「もう一度勝負条件を確認しよう。」

  俺はひかりちゃんから少し距離を開けて、アニメキャラを真似で、居合の構えを執った。

  「私が一回でも君に触れたら、私の勝ちで、触れずに力を尽きたら、君の勝ちでいいのか。」

  俺の言葉にひかりちゃんが頷いた。

  俺に罠を嵌められたことに気づかず...

  「では...いざ、勝負。よぉぉい...」

  「ドン」も「始め」も言わずに、俺は一気に距離を詰んで、彼女に向かって刀を振った。かなり動揺していた彼女は慌ててランスで俺の攻撃を受け止めて、怒りの視線を送ってきた。

  「卑怯だ!」

  「何それ?おいしいの?」

  俺の刀を弾き返し、彼女は後ろへ跳び、俺との距離を広げた。それを予想した俺は彼女に向かって刀を投げて、そのすぐ後に俺は彼女に向かって走り出した。

  自分の方に飛んできた刀を慌てて叩き落した彼女は俺が近くまで来たことに気づかず、一瞬のスキを見せた。俺はスキを逃さず、彼女に向かって腕を最大限に伸ばした。

  触れたら勝ちだ...

  そのことはすでに彼女に確認済みなので、彼女に触れれば、俺は彼女に勝ったということになる。

  「まさか全国一となった人が、今更自分の決定を反故したりしないよな」という言葉を用意して、俺は自分の勝ちを確信した。

  けど、さすが「全国チャンピョン」、俺の奇襲に素早く反応し、ギリギリな所で俺の策略に気づき、素早く俺の手を避けた。俺は空振りして、床とキスしそうになった。

  正直、この最初の奇襲を避けられると後がかなりきつい。できればあれで決着を付けたいんだが、そう都合よくならないな。

  俺は彼女が自分に仕掛けてこないことに付け込み、ゆっくり立ち上がった...ように見せて、立ち上がる途中で彼女の方へ転んでいく。けど流石に俺の汚さになれたらしい彼女は、冷静に俺の転んだ距離と同じくらいに俺から離れた。

  もはやこれ以上転んでも意味はないと思い、武器立ての所で転ぶのをやめて、立ち上がった。

  彼女はランスを持って、俺の次の行動を伺った。俺はそれに応えるべく、武器立てから別の武器を取って、彼女に向けて投げた。

  「『得意の武器を使って』と言ったが、別に数を制限していない。だから私が武器をいくつ使っても、文句はないよな。」

  彼女の冷静を崩し、感情的になってもらい、ミスをするようにすべく、俺は人をムカつかせる言い方をした。

  それに対して、彼女は確かに感情的になったみたいだが、それでも俺を攻撃しようとしなかった。

  試合中の策略はこれで使い切った。少しでも彼女に触れれば勝つので、俺は諦めずに彼女に攻撃を仕掛けた。


  その後の攻防はとても単純なものだった。ひたすら攻撃を仕掛ける俺と、その攻撃をひたすら避け続けた(ひかり)...

  結局俺は、彼女に触れることはなく、力尽きて床に座り込んだ。

  先までのあり得ない元気さもすっかりなくなり、何度も深呼吸を繰り返して、頭に酸素を回せるようにした。

  もはや立つこともままならない俺を見て、ひかりちゃんは俺に手を差し伸べた。俺はその手を握らず、何とか目を上に向けて彼女を睨み、深呼吸の繰り返しを続けるだけだった。

  「すまなかった。」彼女は俺から目を逸らし、顔を赤らめて謝った。

  「お前が卑怯者(カメレオン)の種族だから、一方的に嫌うのは僕が悪い。今日の勝負はまた僕の勝ちだけど、お前を一個人として見ることを約束しよう。この勝負はもうやめよう。お前が努力している間、僕も...頑張っていた。種族の差は埋められない、これ以上どう頑張っても、無駄...だ。もうやめよう、勝負を...お前がどう頑張っても、僕には勝てない、『一撃』でも、入れることはできない。でも、僕に見返したいのなら、それはもう叶っている。僕は、その、お前を一個人として見る。カメレオンへの偏見は消えないけど、お前だけは違うものと思おう。」

  真摯に訴える彼女を見て、謂れのない嬉しさを感じた。外面を作ってない彼女は「僕」を使うのか。

  ...同じ「僕」でも、彼女の「僕」はとても子供っぽくて、彼女に似合い、可愛いと思った。

  「掴んで」と言って、彼女の手が俺を待っていた。俺は彼女の手に向かって、自分の手を伸ばして、そのまま...

  彼女の手を振り払った。

  俺の行動に驚いて、彼女は目を見開き、叩かれた手を胸の所まで引いた。その顔は、まるで手を叩かれた時の痛みよりも何倍もある痛みを耐えているように、辛く眉を顰めて、泣くのを耐えていた。

  俺はそんな彼女の顔を見たくなくて、残ったわずかの力を振り絞って、彼女に自分の本意を伝える。

  「君にとって、『カメレオン』というものは、どういうものなのかは、わからない。興味も、ないが、私は、はぁ、卑怯者だ...先のって、一撃を入れた、ということ。なので、勝負は私の、はぁ、勝ち、だ。文句は、ないか?」

  そこまで言って、俺は全身の力を使い切ったようで、上げていた頭も無力に下を向き、肩の痛みを耐えて、何とか呼吸だけを続けた。

  そして暫く、笑い声が聞こえた。

  最初は控えめで、それからその声がどんどん大きくなり、とても楽しそうだった。

  その声につられて、俺も少し楽しくなったが、笑うほどの力が残っていない為、逆に少し辛くなっていた。

  けど、楽しいのは楽しい。辛くなっていても、楽しいのは嫌なものではない。俺は笑っている主と一緒に笑えないが、その笑い声を静かに聞いていた。

  そして、ようやく笑い声が止んで、勝負した彼女は床に座り、俺の顔を両手で支え、目を見つめてきた。

  「友達になろう!」彼女は笑顔で俺に言った。

  俺はぼ~として、彼女の言葉を頭の中で繰り返して響いた。

  友達?なんで?飛躍しすぎないか。

  彼女は俺の混乱に気にせず、言葉を続けた。

  「僕はお前が好きだ、お前と友達になりたい。負けず嫌いなお前が好きだ、汚い手を使って勝ちを取ったお前が好きだ。僕に冷たくされても、声をかけ続けてきたお前が好きだ。酷い目をあったのに、心が強いままのお前が好きだ。種族の違いに納得せず、頑張るお前が好きだ。いやな思いをしても、強くなろうとするお前が好きだ。僕は負けだ。僕はお前に負けだ。初めての敗北だが、お前に負けるなら、気持ちいいものだ。なぁ、すまないが、お前の名前をもう一度、僕に教えてくれないか。」

  な~んだ、そういうこと、か...

  俺の名前も覚えていないのか。それでよくも「友達になろう」と言えたものだな。

  さて、俺にとって、彼女は何なのだろう。

  全国チャンピョンで、俺のことを真正面に見ない。おっぱいは小さいがめちゃくちゃ美人で、偉そうに俺に冷たくしてくる。

  話しかけても無視するし、まともに相手してくれないし、初コンタクトの時に殺気を飛ばしてくるし、セカンドコンタクトの時に「二度と近づくな」と言うし...

  結構嫌な奴だな。

  一体どういう心境変化で俺と友達になろうとした?

  でも、美人に好かれるのは嫌いじゃない。それも、ずっと冷たくしてきたクールビューティーならなおさらだ。

  「守澄(もりすみ)奈苗(ななえ)。」

  何とか自分の名前を声に出した。

  別に本名を出してもいいけど、この世界でそれを言っても何の意味もない。

  まだようやく自分のことを思い出したばかりだ、この世界のことはまだよく知らない。

  ...少し、色んな事に警戒しておいたほうがいい...

  「もりすみ、ななえ。僕は千条院(せんじょういん)(ひかり)だ。好きなように呼ぶといい。」

  目の前の人はそんな俺の考えていることを知らずに、俺と友達になろうとした。俺も友達になってもいいと思っているが、本当の自分を見せないのは少々心苦しい...

  いや、別に苦しくないな。

  友達になったからって、別に自分の全てを曝け出さなくてもいい。

  彼女と、「守澄(もりすみ)奈苗(ななえ)」として、友達になろう。

  そう思って、彼女によき返事を返したいが、疲労が溜まりすぎて、何も喋れなかった。

  仕方なく、せめて笑顔だけでも、彼女に見せることにした。

  そこで、彼女はようやく俺の疲労に気づいて、申し訳なさそうな顔を見せた。

  「すまない。お前に無理をさせてしまった。」

  彼女は俺の首に片方の手で抱えて、もう片方の手を俺の足に伸ばし、俺を「お姫様抱っこ」をした。

  男として屈辱だが、逆らう力も勿論なく、しかも今は女なのだから、「もうどうでもいいよ」と思って、彼女に抱かれた。

  「今日のことはもうこれで終わり、ななえも、もう屋敷に戻って、休んでくれ。」言いながら、彼女は俺を抱えて、おそらく屋敷を向かって歩き出した。そして最後に、彼女は一言だけを言って、後は屋敷にいる早苗さんに俺を渡すまで、何も言ってこなくなった。

  「僕は、ななえのことを、友達だと思っているから...」

  友達...

  友達か...

  そうか...

  俺、今日初めて、この世界で友達が、できた。

  ...俺にとって、彼女は、本当に、友達、だろうか...

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