第六節 ヒロイン④
真面目に勉強をする。(家庭教師)
ついに5限目のチャイムがなった。
メイド長ちゃんがすでに屋敷に帰り、私とタマだけが残った。
「お嬢様。授業が始まっていますよ。」
「...」
行きたくない。
行っても内容がわからないし、また嫌な思いをするだけだろうし。
意外に力もないから、体を動かす授業も不利だ。
おまけに元々夭折するはずの子供だから、魔法は使えないし、生きる為に他人から魔力を補充しなければならないし...いいことがない。
私は生きる価値、あるのでしょうか。
「にゃー。」
いきなり、猫の声がした。
いや、すっごく似ているが、人間の声だ。
頭を上げて周りを見ると、タマが四つんばいになって猫のまねをしていた。
「にゃー。」
またもや猫の鳴き声を出した。
タマは猫耳をしているから、とこか猫っぽい感じがするけど、まさかここまで猫みたいな声を出せると思わなかった。
さらに、タマは私に近づき、頭を私の脚に擦りにきた。
猫の耳、あまりにも猫っぽい鳴き声、そして手を使わずに頭だけを使って私の脚を擦り付けるその行動...
不意に可愛いと思った。
しかし、ベッドに座っている私は小柄で、四つんばいをしているとは言え長身のタマ、かなり無理な体勢を取ってようやく私の脚を擦れるタマ...
そのタマは上目遣いをして私を見つめると、私は...
「何してんの?」と言った。
タマは顔をカッと赤くなって、無言で私から離れ、立ち上がった。そのままトマトみたいな顔で動かなくなった。
タマはいつも変な事をするな...
...お陰で、暗い気分がすっかり晴れた。
「タマ、別に怒ってないよ。ただどうしてあんな事をしたのかを知りたい。」
タマは口を噤んで何も言わなかった。
「引いてもいないし、正直、結構可愛かったから嫌いじゃないよ。ただ本当に何かしたいのかが知りたいんだよ、私は。」
「あの、私はお嬢様を元気付けようとして、我が一族に伝わっている『癒しの技』を使ったのですか...」
私を元気付けようとしたのか。
「ぷっ、はははは...」うっかり笑い出してしまった。
いい子だな、タマは。
私に散々苛められたのに、私を嫌ってもおかしくないのに...
「どうしたの、お嬢様?タマ、変な事をしましたか。」
なのに、タマはまだ私のことを心配している。
ミスをするし、変なことをするし...
それらは別に意図的にしたことではないのかもしれない。
午前中のことを思い返してみた。
あぁ、そっか。
タマがやっていたこと、犯したミス、その全ては私の為にしたことなのだな...
「タマ。」
少しタマに甘えよう。
「抱っこ。」
私の意図がまるでわからないタマだが、とても素直に私の言う事を従ってくれた。
私は、私を抱きしめるタマの肩に手を乗せて、その耳元に囁いた。
「ありがとう、タマ。大好きだよ。」
そのまま体勢を替えで、タマに抱きしめられた状態から体を後ろに倒し、タマの顔を直視した。
タマは少し顔を赤らめて、目じりに少し涙を含んだ状態で私に微笑みかけた。
「いいえ、お嬢様が元気になってくれれば、タマはもう満足です。」
私はこうやって人に支えられて生きてこれたのでしょうか。沢山の優しい人に囲まれて、幸せに生きてきたのでしょうか。
――弱いな、私は――
――私は護られる側に入りたくない、護る側に入りたい――
「タマ。」タマの両目を見つめて、真剣な声で私は言う。
「これから、タマに何があったら、私は必ずタマを救う。何があっても、必ず、守澄 奈苗が猫屋敷玉藻を助ける。」
「何でそんな不吉な事を言うの」と言われたら、「負けたくないから」と返してしまう。案外負けず嫌いな私。
しかし、タマの反応は予想外に、とても「素直」に「はい。」と答えた。
その素直さに、私は一寸の恐怖を感じた。
私は両手に力を込めてタマを押しのけた。押しのけられたタマは少しよろけたが、すぐバランスをとって、不思議そうに私を見つめた。
タマのお陰で私は確かに元気になったが、チャイムが鳴って結構時間が経っていた。今更教室に戻るのも、なんだか恥ずかしい。
やはり保健室に篭るか?
6限ある授業の内に3限保健室に篭る...保健室登校だな。
でも、保健室にいるだけじゃ、つまんないよ。
そうだ。
「タマ!今だけ君を私の家庭教師に任命する。」
「私ですか。」かなり驚いたタマは目を見開いた。
「そう。5限目、『種族』の授業を始めてください。」私はそれに気にせず続けて言った。
「しかし、私では勤まりませんよ。」まだ拒むタマ。
「別にそんなに気にする事はないよ。何も知らない私に、タマの知っている事を教えてくれればいい。」
そこまで言って、タマも私の意図をわかってくれた。
「わかりました」と言って、タマは保健室に置いていたノートとペンを手に取り、私の隣に座った。
メイドなのに、主人の隣に座るなんで言語道断!しかし、この距離感がとても好き。
「では、何から教えましょう。」
教師役をやることになったタマ自身は何をすればいいのかがわからない。
無理もない。いきなりだもの。
では、私から質問しよう。
「タマ、知っている?今日の三限目、金髪...千条院さんの『体操着』だけが違っていた。」
未だに「鎧」を「体操着」と称することに違和感を感じる。
「どう違うの?」
「なんだが、金色で輝いていた。」
他のクラスメイトと自分の鎧は銀色主体なのに、金髪妹のはなんだが豪華な感じがする。
「ああ、その服なら多分『ケンタウロス』の家宝です。」
家宝?ケンタウロス?
「『家宝』って何です?」
「宝具、宝などのものです、お嬢様。」
「...」
読みで何となくわかるよ!と無言でタマにプレッシャーを与えてみた。
タマは「あは、『言葉の意味』じゃないですよね。すみません」と愛想笑いをして、私の求めた説明を始めた。
「ケンタウロスの家宝は世界最高級の魔法金属で造られた鎧、その鎧はどんな攻撃を受けても、一撃では決して壊れない。さらに、鎧には『衝撃吸収』と『魔法失力』の魔法文字が刻まれていて、鎧が壊れない限り、装備する人はダメージを受けないし、受けた魔法の威力をも半減できる。現在最強の鎧です。」
「『ルーン』はなんです?」
「『ルーン』は、えぇっと、魔法の文字...こう、変な形をした特殊な文字。」
そう言って、ノートに落書きをするタマ。
「これは本当に魔法文字なの?」私は疑問を述べた。
タマはまた愛想笑いをして、「実は私、魔法文字を書けないんです。あはは...」と言った。
大丈夫なのか、タマに教わる事が。
「まあまあ、お嬢様。そんな事より、先に進みましょう。」
その言葉がさらに不安を仰ぐのだが...
「魔法文字は魔道具を発動する為の特殊の文字。魔力をパタン化して魔法発動する『道具』みたいなものです。」
「まりょくをぱたんか?」私が理解できない事が出てきた。
どういう意味?
「えぇ、魔力をパタン化。」
しかし、言葉を繰り返すだけでは、私の聞きたいことがわからないんだよな、タマは。
タマに判るように少しの間「質問」を考えた後、試しに聞いてみた。
「何で魔力をパタン化するのだ?」
「魔法正しく使うために。」
駄目か...これじゃタマには判らない。
「何でパタン化して魔法を使うのだ?」
「うん?そうすると魔法が速く使えるのから?」
タマも自分の答えでは私の疑問を解けないことに気づいたようだが、やはりどう答えればいいのかが判らないようだ。
私はさらに「質問」を考えた。
「魔法はパタン化した魔力じゃないと使えないのか。」
「いいえ、使えます。」
「ではどうして魔力をパタン化して魔法を使うのだ?」
そこでタマはようやく「あぁ」と言ってわかってくれた。
「魔法使うには5つの属性...は知ってますか。」
「うん。火、水、木...?」
「火・水・木・風・土の5つの属性。魔力が必ず一つ属性を持っている。そして魔法を使う時は、二つ以上の属性を融合した魔力を使用する。」
「一つの属性では魔法を発動できないのか。」
「そうなんですよ。何故か単一属性の魔法は無いのよ。例えば蝋燭に火を付けるとして、そこに使う魔法の魔力には火と土の二つの属性がある...あります。」
今更思い出したように丁寧語を使うタマ。
「よくわからないよ。」
「うぅ...こればかりは『魔法使い』と『魔術師』達に聞かないと...なんだか『けんきゅうてーま』とからしいです。」
「研究テーマ」、1限目でそんな単語を聞いたな。
「わっからないが...わかった。じゃあ、魔法使う際に別々の属性の魔力を融合すればいいのか。」
「融合すれば魔法は使えるけど、どんな魔法が出てくるのかがわからない。」
「わからないのに使えるの?」
「あ、いや!もちろん融合するだけでは使えない。『呪文』を唱えないと、魔法は発動しない。」
なんだかまた新しいものが出てきた。
「昔の呪文は長かったよ。今では肝心の言葉だけを抽出して唱えて魔法を使えるから、楽な時代に生まれてよかった。」
これ以上話を広げたくないので、「路線修正」をした。
「はい。魔法は融合した魔力と『呪文』によって使えるのはわかった。出てくる魔法がわからないのは何故?」
「それは融合した魔力の各属性量によって、出てくる魔法が変わるから。火の属性は少し入れるだけで殆どの魔法が使える、逆に木の属性はいつもかなり入れないと目当ての魔法が出てこない。」
「そか。」
「なんで?」とは聞かない。とりあえずそういうことだと納得しよう。
もう頭がパンパンだよ。
「『パタン化』というのはつまり、その、融合する魔力の属性を、その、固定?」
「そうです。融合属性の量を固定し、必ず目当ての魔法が発動する為に。さすがお嬢様、悟性が高い。」
あてずっぽうですみません。
てか...なんでこんな話になったけ?
あ、そうそう。鎧!
「つまり、き、千条院さんの『体操着』?が結構すごい『宝具』ということだな。」
「うん?あ、あぁ、そうですそうです。あれは世界屈指の『宝具』、『不朽の...なとか』。」
「なとか」?変な名前。
「あまり強そうな名前じゃないね。『なとか』はどんな文字なのだ?」
「ごめなさい、お嬢様。『なとか』は名前じゃないです。名前を覚えていないです。」
え、そうなのか、よかった。
結構凄そうな鎧っぽいから、「不朽のなとか」とかのかっこ悪い名前だったら、製作者のセンスが疑えるよ。
「あいつ、家宝を着て授業を受けているの?」
「だと思いますが、あの宝具、全身鎧なのだから、『練武』に向いていないと思う...」
「え?違うよ。露出はそんなに変わらない。」
「『露出』って...お嬢様、そんな風に『体操着』を見てたのか。」
「だって、おへそとか、太ももとか、脇まで出しているのよ。ビキニアーマーじゃなくてよかったと思っているくらい。」
「ビキニアーマーは何ですか。」
「水着な鎧。」
「そんな鎧ありません。」
だよな。よかった?
なんで「ビキニアーマー」という言葉を思い浮かんだんだろう。
「でも、お嬢様の話だと、ひかり様は全身鎧じゃないということですね。」
「でも金色でしたよ。輝いてだよ。」
少し嫉妬。
「あの『ケンタウロス』の家宝はかなり昔に何個パーツをなくしたのです。だからじゃないのでしょうか。」
「へぇ、そうなんだ。」
思い返してみると、当時、金髪妹が身につけている装甲は上半身半分の鎧・下半身のスカート・両足の脛当、そして左の手甲...確かに全身鎧には程遠い。
「あの装甲、『魔装固定タイプ』だから、全パーツを装備しないと付属魔法は発動しない。最早ただの鎧でしかないから、そんなに価値、高くないと思います。」
あまり興味ない。
「ねぇ、タマ。『ケンタウロス』ってあれなのかな...人の上半身と馬の下半身が組み合わせたもの?」
「話飛ばしますね、お嬢様。」タマは少し困った顔をした。
だって、興味ないから。話し発展される前に、別の話題に換えるのは当たり前だと思うよ。
「でもお嬢様。『ケンタウロス』は神の上半身と馬の下半身を組み合わせた幻獣です。」
人間?
この認識の違いは最早一度や二度じゃない、私はどうも神を人間だと思いがちなところがある。
「さて、これでようやく『種族』の授業に入ったと言えよう。教えてくれ、タマ。『人間』とは、なに?」
「世の中には多種の人間がいる。」
この言葉をを元に、タマは語りかけた。
「フェニックスやフェンリルのような魔力にも身体能力にも優れた種族が居て、ケンタウロスやケットシーのようなどっちか片方に『才能』が集中される種族が居る。そしてもちろん、ハムスターやラビットのような特筆する点のない種族も居る。」
名前もイジメレベルにスケールが違うようだ。
「このように種族の違いがある為、人々も『王族』・『貴族』・『平民』の三つの階級に分かれています。『王族』はフェニックスのような圧倒的強さを持つ種族であり、『貴族』は多くの種族を凌駕する種族である。『平民』はそれ以外。」
タマは手振り足振りして説明してくれていたが、つまんない...
「そして、強ければ上の階級に上れる、『平民』は『貴族』に、『貴族』は『王族』に...それでも、今まで『王族』になれた種族は5つしかいません。」
「ふーん。」
「あんまり興味なさそうですね。」
「そうなんだよな。昔は優等生だと言われていても、今の自分のこの状態から、とても想像できないよ。」
「大丈夫です、お嬢様。今から面白くしますから。」
ほー、何かをする気なのか。
私を楽しませられるかな、タマ。
タマは左手を出して、私に手の表を見せた。そして、右手で左手を指差して、「現」と言った。
すると、タマの手のひらに「火の鳥」が現れた。
「おおう!何これ?」
タマは微笑を浮かべて、「飛ぶ」と言って、その「火の鳥」を動かした。
「私達の国の『王族』、フェニックス。その最初の姿はこれです。」
火の鳥は少しの間に飛んでいたら、ふっと消えた。
「火の恵みを持ち、全ての火の魔法からダメージを受けず、さらに永久に空を翔る最強の種族。魔力にも身体能力にも優れた彼らはまさに王たる一族、『王族』と呼ぶに相応しい。」
「すごーい。」
「そうでしょう、そうでしょう。今では神に近づく為、『フェニックス』の姿を殆ど残していないが、『火の恵み』はなくしていない。彼らは今でも火の魔法に免疫を持っている。」
「いいなぁ。羨ましいなぁ。」
「次に説明するのは『貴族』、例として『ケンタウロス』を挙げましょう。」そう言って、タマは先と同じ動きをし、「現」の言葉と共に、その手のひらに馬の四肢を持った小さな人間が現れた。
「彼らは『最も神に近い一族』と呼ばれていて、今の彼らのその姿は神と寸分違わない。誰よりも素早いという点以外、彼らをケンタウロスと認識することは不可能です。」
少し床で走らせた後、小さな馬人間も消えた。
かわいい。
「そして『平民』。特筆する点はないと言えとも、彼らにも特徴がある。例えば『ラビット』は少し高く跳べる、『イルカ』は早く泳げる。」
今度は小人を作っていないが、私の興味を引き出すには十分だ。
「さて、ここでもんだ...」
「私は?」
「え?」
しまった!うっかりタマの言葉を遮ってしまった。
まぁいっか...
「私は何の種族ですか。」
「え、ああ、お嬢様は、その、カメレオン...」
カメレオンか。どういう生き物だろう。
「それはすごいの?」
「いや、その、お嬢様...」
「うん!」
「カメレオンは『平民』です。」
「あら...」
「平民」なんだ。少し意外だな。
「お父様は結構お金持ちなんだから、でっきり『貴族』とかだと思ってた。」
素直に自分の感想を述べたら、何故かタマがやさぐれた顔になった。
「今の時代に『貴族』も『平民』もないんだけどね。」
さらに意外なことを聞こえた。
「どして?早く教えて!」
タマは少し苦笑いをした。
「お嬢様。私、『ケットシー』で『元貴族』なんだ。」
「嘘!」
驚きの事実に、私はベッドから立ち上がった。
すごい!タマが貴族だ!
興奮を抑えられないまま、私はタマの正面に立った。条件反射でタマの膝に両手を乗せて、膝を床に置きタマを見上げた。
「ねぇ、何の貴族なの?何で貴族なのに働いているの?何で私のメイドになったの?」
タマは一瞬びっくり顔になって、その後変な笑みで私を見つめた。
「お嬢様、王族はその圧倒的な力によって、人々に従わせたが、貴族は戦場での武功によってなるものです。今の世の中はとても平和だけど、一昔は各地戦争をしていたのだそうです。最初は五つの国が争っていた、何百年も続く長い戦争だそうだが、その末、五王族の二つが滅び、残りの三つも数人しか残っていない為、王族が人々から頼られなくなり、代わりに『貴族』の時代が来た。貴族は王族を支え、時には操り、戦争を続けていた。しかしそれも終焉を告ぎ、『魔道具革命』と呼ばれた無流血革命によって、世は『平民』の時代に入った。」
「へぇ、そんなに簡単に変わるものなのか。」
「別に簡単ではありませんよ。王族の時代から貴族の時代に入ったきっかけは二つの王族の滅びだ。滅びの原因はそれぞれ違い、一つは無茶な戦争を繰り返し、隙を付かれて滅ぼされた、もう一つは圧制による反乱で自滅した。それは強さが全てじゃない事の証明となり、貴族の時代に入っても、貴族達は平民を軽く見れなくなったのです。」
「ほほーう。」
「『魔道具革命』。『無流血革命』とも呼ばれたそれは正確に言うと『革命』ではありません。ずっと個々の戦闘能力の優劣で戦争をしていたが、魔道具の発明によって『平民』でも『王族』の魔法を使うことができた。この事によって、これ以上に戦争したら、人類が滅びてしまうと考えられて、結果、戦いは『戦争』から『競争』に変わったのです。」
「へぇ、そうなんだ。」
「そして『平民の時代』、いい魔法具を作れる人が重宝されて、貴族でもいい結果を出さなければ、ただの魔力タンク扱いされます。私の一族『ケットシー』は時代に遅れて、多くの人が私のように他人に雇われて、何とか生きている。酷い場合はその日暮らしていくのがやっと、住むところすらない状況もあった。」
タマの言葉に一抹の不安を覚えた。
「タマは私のメイドになるのが嫌なのか。」
タマはすぐに答えなかったが...
「正直実感がないです。生まれた時に、家はすでに貴族らしいところがないんです。乱暴者だけど気のいい父と、近所付き合いが上手い母...初めて『元貴族』と言われた時、また両親が子供の私を馬鹿にして嘘を言っていると思ってた。」
「そうなんだ。でも、『元貴族』だと分った今はどう思っているの?」
「何とも思いませんよ、お嬢様。難しいことはあまり考えないし、充分に幸せに生きているから、『平民』でも別に構わないと思っているよ。逆に、『平民』から『貴族』になっているお嬢様のほうが不幸せに見える。」
え?どういう意味?
「お嬢様。記憶をなくしても、過去に起こった出来事は消えません。憶えていらっしゃらないなら、私はその記憶を二度と思い出さないように、お嬢様をお守り致します。二度とお嬢様に辛い思いをさせません。」
タマはとても真剣な顔で私に言った。慣れていないはずの敬語もすらすらと喋っていた。まるで昔からずっと口ずさんでいた言葉を言っているように...
一体何故、タマは私にここまでのことをしようとしているの?どうして「元貴族」が「元平民」にここまで忠節を尽くそうとしているの?
そして、私は一体何を忘れたの?どんな悲しいことが起こったの?
「タマ...」
「何でしょうか、お嬢様。」
「嫌だ。」
拒絶の言葉を口に出した。
その言葉を聞いたタマは驚いたあまりに、口を閉じれなくなっていた。
「嫌だ!」
もう一度、力強く言った。
私はタマが信じられない。
私にとってのタマはやはり今日初めて会う人であり、どんなにタマが私を思っていても、私はタマが信じられない。
きっと裏がある。
人は本気で他人の力になろうとするはずがない。
ましてや「元貴族が元平民に」だ。王族・貴族政度はまだよくわからないが、元々上にいるはずの人が下にいるはずの人に忠誠を誓えるはずがない。
「私を守るな!」
タマには自分から離れたくないと思う一方、タマにはこれ以上自分に近づけてほしくない。それはタマを傷付けてしまう事だとわかっていても、私はタマを受け入れられない。
「私は誰の助けも要らない。私は、誰よりも強い。体の強さではない、心の強さだ。だから私は例え傷付けられても、その内に立ち直れる。裏切られても、それも予想の範疇、二度と人を信じられなくなることもない。だから、私を支えようとするな!私を守ろうとするな!私を、見くびるな!愚民!」
いつの間にか、私は涙で目の前が見えなくなった。全身が震えていることも、今ならわかる。
私は、本当は誰かに支えてほしいと思っている。誰かに守ってほしいと思っている。
それを認めたくなくても、今の自分の惨めな姿を想像すれば、認めるしかない。
なんで私はこんなにも弱いんだ...
体はいつからかタマに抱きしめられていた。その人肌の暖かいに安心感を得てしまうことがとても悔しく思った。
私は只管にタマの懐に泣いていた。その涙は「安心」から来たものなのか、それとも「悔しさ」から来たものなのか、それをわからないまま、私は泣き続けた。




