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Zauberkreis  作者: 紫月ナナヤ
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事例1 刻印を刻む者

 

人間は百年の時を、一世紀として数える。

今は、二一世紀。

百年の時を、二十回以上も刻み続けてきたということだ。

人間にとって、百年とは短いものなのだろうか。

それとも、果てしなく永遠に近いものなのか。

たった百年という時間だけで、世界は移り変わってしまう。

一世紀という長い間に、その時代の担い手は変化していくのだ。

百年という歴史に、人間達は何を刻んでゆくのだろう?

百年というわずかな時間。

人間の世界を一変させてしまうには、十分過ぎる時間なのかもしれない……。


東京都羽続市黒神里。

ここは東京が持つと都会的なイメージとは程遠く、非常に質素な町だった。そもそも、羽続市自体が、不思議な雰囲気を持つ地域なのである。この市は、一部の人々からは『歴史が混ざり合う場所』とか、『異なる時間の集合地』などと呼ばれている。その理由は、この市にあるそれぞれの町が、江戸・明治・大正・昭和・平成を象徴するかのような土地となっているからである。そのため、国から『歴史保存都市』として認定され、日本各地や海外から観光客がやってくるのだ。黒神里もそのような町の一つであり、この町には明治時代に建てられた建物が数多く並ぶ。一〇〇年以上の歴史を持つ建物が多く、まるで明治維新の時代を生きているかのような錯覚に陥る住人も少なくない。


この町の一角に、一軒の工房があった。各職人たちは与えられた机に真剣に向かっている。彼らはペンと定規、コンパスと分度器を使って、羊皮紙に魔法円陣を描いているのである。ここでは、SEと呼ばれる職業の者が集い、様々な道具を修理したり、物を作ったりしている。SEとは、Spiritual Engineerのことである。霊的物体刻印技術者のことで、単純にエンジニアと呼ばれる職業だ。彼らは羽続市だけに存在する特別な職業であり、装魔具と称される霊的な力が宿った代物に、魔法円陣シジルを刻み込むことを許可されている。エンジニアは、見習いレーアリング職人ゲゼレ親方マイスターと身分が決められており、全てのシジルを扱えるのは、親方だけなのだ。


この工房を取り仕切っているのが、篠崎宗吾という46歳の男性である。年齢のわりに外見は若々しく、爽やかなイメージの親方だ。彼はちょうどエンジニアの仕事を教えるために、見習い工を集めて実技を行なっている真っ最中だった。

「いいか。今から刻印シジルの描き込み方を教えるから、よく見ておくように」

親方の厳かな声が工房に響き渡った。彼は羊皮紙を大きく広げ、そこにコンパスを使って円を描き始めた。

「まずは円を正しく描いていくんだ。コンパスを使ってくれて構わない。わずかな誤差が生じれば、取り返しのつかないことになるからな」

親方の傍らには、空色の短い髪に、曇天をうつしたかのような瞳を持ち、スーツを着ている青年がいた。一見すると社会人一年生としてどこにでもいそうな好青年だった。

「後は図版に乗っている通りに刻印シジルを描き込んでいく。それぞれの魔神によって刻印シジルが異なるから、書物にはちゃんと目を通しておくんだぞ」

それから、と親方は話を続ける。

具現者ユニティス媒介者エンティタスについても話しておかないとな。俺達、人間は魔神をこの世界に具現化させる役割を担っている。だから具現者ユニティスと呼ばれているんだ。俺の隣にいるコイツの名はメリリム。俺の媒介者エンティタスで、俺が魔神を使役したり魔法円陣を描き込んだりするのを手伝ってくれる相棒だ」

メリリムは空を支配する魔神で、魔界に君臨する七君子の一人だ。魔界でもそれなりの実力者だが、彼は魔界の有名人たちを毛嫌いしているらしい。自分の認知度がそれほど高くないことをコンプレックスにしており、彼にサタンやルシファーの話をすると非常に嫌がられるそうだ。

「具現者と媒介者は持ちつ持たれつの関係なんだ。僕たち媒介者となる魔神は、具現者がいなければ人間界に干渉できない。また人間も、魔神が媒介者とならなければ魔法円陣を完成させられないのさ」


親方が見習い達にレクチャーしている所から少し離れた場所で、自分に与えられた仕事に取り掛かろうとしている男性がいた。彼の名は吉田龍之介。身分は職人ゲゼレであり、この工房でもそれなりの実力を持っている。茶色い髪を短く切り、作業着を着ている様からこの仕事に真面目に打ち込んでいることがわかる。彼自身も非常に礼儀正しく、正義感が強いので工房の仲間からの信頼も厚かった。


自分の机に向かった龍之介は、胸ポケットからライターを取り出した。別に煙草を吸うために取り出したのではない。彼がライターの火を点けようとすると、そこから魔神が飛び出してきた。見た目は麗しい天使のような姿だが、内面は邪悪そのもの。彼の口からは虚言しか出てこないが、卓越した弁術と身のこなしの良さでそれが真実であると信じ込ませることができる。この魔神の名は、ベリアルという。

「今日もご機嫌麗しゅうございますね、龍之介」

恭しく頭を垂れるベリアルだったが、その心は恐らく虚偽と欺瞞に満ち満ちているのだろう。龍之介はそのことをよく知っていた。この魔神が自分の媒介者エンティタスでなければ、嘘で練り固められたものを事実として伝えられていた筈だ。

「社交辞令はいい。今日も依頼が来ているんだ」

エンジニアは、普通に刻印シジルを描くことはできない。媒介者となっている魔神を自らの装魔具に納め、その身に力を纏うことで初めて可能となるのだ。龍之介の装魔具は先ほど持っていたライターであり、これにベリアルを収めている。

「今日の依頼は飼い猫の気持ちを知りたい女性から、動物の言葉がわかる装魔具が欲しいということだ」

「実に人間らしい考えですね」

「ほら、製作に取り掛かるぞ」

龍之介がそういうと、ベリアルの姿が歪み始め、赤いオーラの塊へと変化した。それは龍之介の身体を包みこみ、衣服のように彼の身体に纏われた。

龍之介は工房の奥へと戻っていく。机の上に羊皮紙を広げ、コンパスと定規を持ちだした。

丈夫な羊皮紙に、大きさの違う三つの円をコンパスで描き、最も小さい円の中に細かな線や印を描き込んでいく。分度器で角度が合っているか、定規で線の長さが正確かどうか確認する。全てが正しい配置にあることがわかると、今度は大きな円と小さな円の間にB・A・R・B・A・T・O・Sと記入するバルバトスは、あらゆる動物の言葉を理解する能力を持つ魔神だった。これで一連の作業は終わりとなる。次に、シジルを描き込んだ羊皮紙の上に、オブシディアンという黒い石を装飾したイヤホンを置く。この石は物事の本質を見通す力を秘めており、今回の術には最適なものだといえよう。シジルに手を添え小さな声で呪文を唱えると、不思議な光が灯り、イヤホンの中へと吸い込まれていった。これで装魔具は完成である。


こうしてエンジニアたちは魔神の力を簡易化し、人々の生活に役立つ物を作りだしているのである。

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