第4話 白い竜と呪いの指輪(Ⅲ)
完全にジャーナリストモードに突入したレイアさんは、タブレットを用意し早速インタビューを開始する。
「とりあえず、いくつか質問……つーか、聞きたい事が有るんだけど、一応、取材という体を取らせて貰っても構わないかしら?」
レイアさんは、僕に事細かく指示を出してくる。僕は言われるが早く、ハンディレコーダーとタブレットメモを用意し準備を整えた。
「おう! 何でも聞いていいぞ!」
パイが割り込んでくるが、ここは丁重にお断りをいれる。ちょっと不貞腐れたようだ。
「ま、そうね。やっぱり指輪について聞いておこうかしら」
え?
「あ、あのレイアさん?」
「分かってるわよ。本命は後で。まずはオードブルから頂きましょ」
なるほど、そう言うことか。聞き出しやすい情報から入り、徐々に相手の警戒心を解いていく。基本的なテクニックだが、疎かには出来ない。まぁ、パイにはこの手法は必要無さそうだけど。
「このルードの指輪を、何故貴女が持っていたのかしら? お母様の形見の品だと言う事はさっき聞いたわ。しかし、この指輪は所謂いわゆる呪いの指輪だとアタシは聞いている。そんな指輪が、何故ウチのアストが適合者なのか? そして適合者とは一体何なのか? 聞かせて頂けるかしら?」
オードブルにしては、お腹一杯になりそうな事を聞くなぁ……
レイアさんの質問に対して、やはりミリューさんは困惑の色を隠せないでいる。警戒心融解作戦は失敗かな?
暫く沈黙が続いたが、やがて決心したかのようにミリューさんは口を開く。一応、作戦成功!
「その指輪は、我が家に代々伝わる物なのです。遥か昔に、とある人から譲り受けた物だとしか聞かされていませんので、それ以上は私も詳しくは分かりません」
「ミリューのひいばあちゃんが子供の頃には既にあったなぁ」
またもやパイが割り込んでくる。ん? ひいばあちゃん?
「ひいばあちゃんって、一体何年前だ!?」
思わず僕も口を挟んでしまった。恐る恐るレイアさんの顔を見ると、意外にもナイススマイルだった。逆に怖い気もするけど、どうやらレイアさんも同じ事を思っていたようだ。
「ミリューさんのひいおばあ様って事は、軽く100年前って事になるのかしら?」
「ん~? 多分150年くらい前かな?」
コイツ、ドラゴンとは言え、まだまだ子供だろ? 一体何歳なんだ? そんな僕の疑問もレイアさんにとっては想定の範囲内、と言うか、当然の事だったようだ。
「流石にドラゴン族は長寿だから色々と知っているようね。じゃ、パイちゃんに聞こうかしら?」
ターゲット変更。確かにこの状況では、ミリューさんに聞くより早いかもしれない。
しかし。
「その指輪についてはオイラも詳しくは分からないんだよね。でも、そこのお坊っちゃんが指輪の適合者だっていう理由は何となく分かるよ」
こちらの思惑を断ち切るかの様に先手を打たれてしまった。つーか、お坊っちゃんって。お前もガキだろうがっ! あ、でも150年以上生きているのか。なんだか腑に落ちない……
「でも、今は話せない。多分話したらドエライ事になると思う」
もったいつけてくれるけど、本当は全部知ってるんじゃないだろうか。
しかし、当事者の僕の事ではあるけれど、何だろう、何と言うか、他人事なんだよなぁ。イマイチ実感が湧かないってゆーか、信憑性が無いせいもあるのかも知れないけど、僕がこの指輪に選ばれた事の意味が分からない。
自慢じゃないが、僕には何の取り柄も無い。
知識も容姿も人並みだと思う。強いて言うならば、レイアさん譲りの好奇心の強さだろうか。でも、ソレだってレイアさんには到底敵わない。どう考えてもこの指輪に選ばれる理由が分からない。
ってな事を考えていたのをレイアさんにはバッチリ見抜かれていたようで、ジロッとこっちを見ている。とゆーか、睨まれてるような気がする……
「OK、分かったわ。じゃ、話せる時期が来たら聞かせて貰うって事でいいかしら?」
「ん、分かった。でも、来ない方がいいかもね」
意味深な発言ばかりだな、コイツ。
暫くの間、他愛のない世間話が続き、場の雰囲気が和んだところでレイアさんが動き出した。
「それじゃ……」
いよいよ本題に入るのか、レイアさんの顔つきが再び変わる。
「お二人に聞くわ。永久心臓って言葉に聞き覚えはないかしら?」
その言葉に二人、もとい一人と一匹の表情が強張った様な気がした。そんな一人と一匹の素振りをレイアさんはやはり見逃さなかった。
「今、一瞬表情が変わったわね。それが何なのか知っているのね?」
「いえ……知りません」
明らかに何かを隠している。それはすなわち『知っている』と言う事。それくらいは僕にでも判る。
「どうか隠さないで下さい。私達はジャーナリストとして、真実を明らかにしたいだけなのです。それを手に入れてどうこうしようだとかは思っていないのですから」
「それを信じろって?」
さっきまでくるんとしていたパイのフサフサ尻尾がピンと立っている。これは僕達を威嚇している? って、犬かよっ!
「まぁ、普通に考えたら信じろって方に無理があるわね。でもね、これだけは言えるわ。私達ジャーナリストは、ただ真実だけを追究するの。その為だったらどんな危険も厭わない覚悟よ」
もちろん僕もそのつもりだ。
……死なない程度にだけど。
「じゃあ、ここでオイラに殺されても文句は言えないワケだ?」
まてまて。僕は御免被りたい。つーかアレ? コイツってこんな怖いキャラなの?
「そうね。真実を追究して死ぬならジャーナリストとして本望なのかもね」
嘘ぉっ!? レイアさんまでそんな事を!?
「でも、お生憎様。アタシは真実をこの脳裏に焼き付けるまで死ねない。いや、死なないわ!」
レイアさんとパイの間に激しい火花が見える様な錯覚まで覚える。てゆーか、パイの口から僅かに炎が漏れ出てる!?
あぁ、やっぱりドラゴンなんだなぁ。って、感動してる場合じゃないか、と一人やきもきしていると、沈黙を貫いていたミリューさんがその重い口を開いた。
「パイ、もういいの。私はこの方達なら大丈夫だと思うわ。指輪を返そうとしてくれたのだから信頼出来ると思う」
「まあ、結局お返し出来ない状態なんですけどね」
未だ外せない指輪をもう一度外そうと試みたが、結果は変わらなかった。何故外れないのだろうか? 僕が適合者だから? 果たしてそれだけが理由なのだろうか。
僕はただただ恨めしそうに右手の指を眺めるしかなかった。
「すいません。やっぱり外れないみたいです」
「仕方ないですわ、アストさん。返していただくのは外れた時で結構ですから。あ、でも代金はお返ししておきますね」
そう言って、またもや僕の手を掴んで、先程支払ったお金を手渡してくるミリューさんの手はなんて温かいのだろう。
女性の温もりなどまるっきり縁の無い僕には、他の人からすれば些細な事でも新鮮に捉えてしまう。
つまり、女性に手を握られてどう反応して良いものか分からないんだよっ!
そして、レイアさんの顔を見るのが少し怖いのだ。だから、なるべく見ないようにしている。
「オイラは知らないからね」
どうやら、しぶしぶながらパイもミリューさんの意見に賛同する様子を見せ、レイアさんとの睨み合いを止めた。
やっぱり気になって、チラッとレイアさんの顔を見ると、何故か少し名残惜しそうにしていた。
「ありがとう、パイ。レイアさん、アストさん。隠していた事は謝ります。でも、それはただ隠していた訳ではなく、お二人を危険に巻き込みたくなかったからなのです」
「どういう事?」
一瞬、躊躇った顔をしたが、直ぐに覚悟を決めた表情で話し始めた。
「確かに永久心臓は存在します。しかし、それは恐らくお二人が想像した物や望んだ物ではない筈です」
この時の僕達には、この先、想像すら困難な出来事が起こるなど、分かる由も無かった。