第5話 ETERNAL RETURN(Ⅲ)
古代の地球の遺産もどきの巨大建造物に入ってどれほどの時間が経っただろうか。おそらくここが最上階なのだろう。
この惑星ロキにやって来て、僅か数日間の出来事……そして、それは恐ろしく密度の濃い出来事だった。しかし、それももうすぐ終わる。
と思ったんだけどなぁ……
奴が態勢を整える……それはつまり、まだ隠し玉を用意していたという事だ。
DOOMの後ろには異形の出来損ない達が虚ろな目を晒しながらも列を成していた。
「散々とオレの邪魔をしてくれたが、これで終わりだ。ホムンクルス共よ、奴等を……殺せ」
これは流石にチェックメイトかも?
STは戦力として期待は持てないし、意識を取り戻したとは言え、カイルの精神力も限界を超えているだろう。
ミリューとパイちゃん、それにハル、エルマ、リサには戦力となり得る期待を掛けるには酷というもの。
アインやジェフ、クリスにシン、お役所の面々、そしてアタシとアスト……厳しいかも知れないが、神器の支配者が2人もいれば何とかなるか? と、覚悟を決めたその時。
DOOMの言葉に出来損ない達は耳を貸す事はなく、ただ立ち尽くすのみだった。
「な……? この出来損ないの傀儡がぁっ! このオレの命令が聞けんのかっ!」
DOOMの怒声も虚しく、出来損ない達はただ虚空を見つめるだけ。
「何故だっ!? 何故、オレの命令が……」
「それは君自身が傀儡だからだよ」
「な……」
DOOMの言葉を最後まで聞く事は無かった。
鋭利な刃物……言うなれば断頭台のギロチンが落ちたかのように、その頭部は胴体と永遠の別れを告げた。
「き、貴様……」
首だけとなったDOOMの視線の先には……フェイがいた。
「裏切るつもりか……?」
憎々しげに投げかけられた視線を涼しげに交わすフェイ。
「裏切る? フフッ。さっきも言ったろう。君自身が只の傀儡だ、と。我々オールトの雲は君を見限ったのさ。こんな惑星一つに手間取っているようじゃ、この先の計画の弊害となるからね。使えない駒など……要らん」
「ぐっ……貴様……」
「もう要らないって言ったよね……死んで」
DOOMの頭部を勢い良く踏み潰す。この男の奥底に潜む本性とは……
パチン、と指を鳴らしゲートを召喚したフェイがアタシ達に最後の言葉を告げる。
「君達とは、いずれまた会う事になるだろうね。次に会う時には……その魂の糸を断ち切らせて貰う。我々の計画に君達は……不要だ。それと、この建物は破壊させて貰うよ。もう我々には必要無いからね」
フェイが仕掛けたのだろうか、あらゆる箇所から爆音が轟き、天高くそびえ立っていた何本もの塔が崩落してゆく。
逃げ場を探すアタシ達を尻目に不敵な笑みを浮かべるフェイは、崩れゆく建物の中、不自然に口を開けたゲートへと姿を消していく。
「待てっ! フェイッ!」
カイルの叫びに軽く手を振る姿を最後にゲートはフェイを包み込み消えていく。
呆然と立ち尽くすアタシ達をリック課長達が現実へと引き戻してくれる。
「もう限界だ! 早く脱出しろっ!」
「せ~んぱ~い達ぃ~っ! 早く早く~!」
機能を停止したかに見えたSTだったが、その動力を失ってはおらず、壁にポッカリと開いた穴からはワンドロメダが顔を覗かせている。どうやら、無人操縦機能で待機させていたようだ。
などと考えている暇は無い! 瓦解していく建物に飲み込まれる前に脱出しなければ!
かろうじてサグラダ・ファミリアもどきの外へと脱出したアタシ達を途方も無い虚脱感だけが襲い来る。
「結局……何も分からずじまいでしたね……」
アストの言葉にアタシは敗北感しか覚えなかった。悔しいのでアストの頭を叩く。
「イタッ! も~……何すんですかぁ~」
「別に……ただ、ちょっと悔しかっただけよ……」
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはコイツの事か……アンタはもう立派にアタシのパートナーを務めているわ。ちょび、男として見てあげる。
そんなアタシ達のやり取りを見て、クリスがアタシとアストの後ろから肩に手を回す。
「アストっちは、まだまだレイアの足元にも及ばないって事よん♪」
「……こんなのが指輪の支配者でいいのかな……? んにゅ~……」
皆の笑い声が響き渡る中、頭を抱えるパイちゃんをミリューが優しく撫でる。その姿を見てジェフとアインが目を細める。
「私達の村に天然の温泉があるんだけど、皆、入ってく?」
「あ、いいね!」
ハルの言葉に全員が賛同するが……重ねて言うが、それを観光名産にしろっ! そもそも、アンタ達は発展のやり方を間違ってんだっつーの!
……でも、温泉の誘惑には勝てそうにもない。
「そ、それって……もしかして……混浴とか……イダッ!」
アストの尻を思いっ切り蹴り上げ、ピシャリと一言。
「アンタに見せる裸は無いわよっ! あと、後ろのアンタ達にもねっ! 覗いたりしたら全力でブン殴るからっ! 以上っ!」
「わ、私は……カイルになら……」
「別んトコでやんなさいっ!」
「ハルがいいんならボク達も……ねぇ? エルマ?」
「へ? あ、いや、わ、私は、べ、別に……だ、だって、ねぇ?」
答えを求められた若きシャーマン・ロードは、太陽よりも赤く顔を染め上げていた。
「そう言えばカイルさん。おぺら座の天井裏で僕らに助けを求めたのは何故ですか?」
「あ、あの声だね? あれはボクも不審に思っていたよ」
そんな事があったのか。だが、カイルが助けを求めるとは到底思えないけど……?
案の定、カイルは怪訝そうな表情を浮かべている。
「一体、何の事だ? 俺はあの時、声なんて出していないが……?」
「……ふえっ!?」
「……おぺら座のファントム、か」
紫煙を燻らすシンは暗闇を見つめ呟く。その謎は永遠に謎のまま……だろうか。
「我々は職務がある故、残念ながら温泉に入る事は叶いませんが、夕闇の国までは我々が送りましょう」
敬礼ポーズを取るお役所の面々の中、エミリーだけが不満そうに口を尖らせている。
「先輩達、いいなぁ~……」
羨ましがるエミリーの首根っこを掴み、ブライアンが宇宙船へと引き摺っていく。
「あぁぁぁ~! せんぱ~いぃぃぃ! たぁすけてぇぇぇ~!」
静寂の中、笑い声だけが響き渡る。
今だけは……
この平穏を堪能しよう。
今は……何も考えたくない。
エピローグ
機械的な右腕で顔を支え、モニターに映る無機質な文字を見つめるその男は、口角を歪めながらもただ静かにソレを眺めていた。
「や~れやれ……どうにも面倒な事になっちゃったねぇ、こりゃ」
自前の左手で頭を掻きながら呟く。
モニターに映し出された文字。
『DOOMを消して頂けたようで何より。彼を嗾けた甲斐が有ったと言う物です。しかしながら、まだ貴方の望む結末には至っていない模様。オールトの雲の彼にもコンタクトを取ってみます』
「ミスターも人が悪いねぇ……私に何をさせたいのやら……取り敢えず、レイアちゃんに連絡でも入れてみようかね」
男はモニターを訝しげに見つめながら、モバイルに手を伸ばす。
「……あ、レイアちゃ……」
「覗くな、ゴルァ!」
湯煙の向こうから、勢い良く掛けられたお湯と共に映像はブツン、と途切れた。
モニターの向こうでは、静かに含み笑う男がタッチパネル式のキーボードをタイプしていた。
オールトの雲は霧散せず。世界は回る。彼にはまだまだ動いて貰わなければならない。
我の果たすべき使命の為には、彼女達にも同じく動いて貰わなければならない。
J・D・Uは一時的に活動を凍結させるが、我が居る限り、存続はさせる。
「さぁ、レイア・ルシール、そして……アスト・モリサキ……君達がどう動くのか、我に見せてくれ。君達が求めるモノは……ここに有る。我こそが『永久心臓』の所持者なのだから、な」
作者の呟き
紆余曲折が有りましたが、ようやくここまで辿り着く事が出来ました。取り敢えず、彼女達の旅は一旦終わり、次の取材の旅までお休みです。
次はどんな事が待ち受けているのでしょうか?
ここまでお読み頂いた全ての読者様へ最大級の謝辞を。
ありがとうございました。
追記
現在『iDENTITY RAISOND´ETRE 第二部 聖櫃の行方』を執筆しております。この『第一部』は物語の導入部分に過ぎません。
主人公であるレイアが何故『特異点』なのか、もう一人の主人公であるアストが何故『ルードの指輪』の存在を知っていたのか、それらは今後明らかになるはずです。
これからも気合いMAXで執筆していきますので、どうか皆様、生暖かい目で白々しく見守ってやって下さい(笑)




