第4話 メビウス・リング(Ⅴ)
身の丈に合わぬソード・ガンを両手に携え、屈強な男達の前で一糸纏わぬ姿で仁王立ちのまま虚空を見つめる少女。いや、少女、と呼ぶにはまだ幾分か早いかも知れない。
幼い……だが、その瞳はどこか虚ろな、まるで全てに絶望し、静かに死を受け入れたかの様に生気を感じられない眼差し……
彼女くらいの年頃なら、屈託の無い笑顔ではしゃいでいてもおかしくはないのだが、幼い少女は虚ろな表情を一切変える事無く、その両手に持つ刃で屈強な男達の喉元を切り裂く。
一人、また一人と屍の山を築いていく。返り血を浴び、立ち尽くす姿はおよそ人のそれとは思えなかった。
だがそれは……
アタシだ……
この子は……アタシだ。
そう……忌まわしき記憶。封印していた記憶。今になって甦ってくるなんて、これも運命? こんな運命、アタシは望んじゃいない。だけど……思い出してしまった物は仕方が無い。
「どうした特異点? お前はそれまでの存在だったのか? 異質な存在はただ目障りな存在だ。オレの望む世界には不要なモノ。消えて無くなるがいい」
異質、異質って……ここまで言われるとちょびへこむわ……
へこむアタシを見兼ねた訳ではないだろうが、立っているのもやっとであろう筈のアインとパイちゃんがDOOMへと口撃する。
「異質なのはDOOM……貴様の方だ。貴様さえ現れなければ俺達の国は、いや、俺達の惑星はこうはならなかった! クラウ・ソラスはお前の正体など既に見破っている。貴様は只の……独裁者だ!」
「神器の力なんか無くったって、オイラにもそれくらいは解るぞ……お前は、只の悪党だ!」
二人の言葉を憎たらしいくらいに涼しい顔で受け流すDOOMは、眼孔をドス黒く光らせたまま口角を歪める。
「独裁の何が悪い? 無能が治める訳ではない。このオレが支配するのだ。理想の楽園を創ってやるのだ。有り難く思え」
その言葉を耳にした瞬間、アタシの中で何かが弾け飛び『何か』が顔を出す。
「アタシが一番嫌いな言葉、アンタに教えてあげる。不平等と不公平……アンタが創ろうとしている世界は、アタシが一番嫌悪するモノなのよっ!」
……違う。アタシはそんな事を思った事など一度も無い。
アタシはジャーナリストとして、ただ真実を知りたい、真実を世界に伝えたいだけ。
でも……『何か』がアタシに訴えかけてくる。
そっと胸に手を当ててみる……ココだ。
何か……いや『誰か』が……いる。
アタシの中に…………誰かがいる?
「レイア・ルシール……特異点……キサマ……何者だ……?」
DOOMのその声は更に獣の色を深めた。血に飢えたよりも深く、ドス黒く、何も無い闇の底から響いてくるような……これが地獄の声と言う物か。
「キサマヲコロシテキドウノシュウセイヲハカルシカナイ」
DOOMの手に握られているトーラスなんたらの銃口がゆっくりとこちらに向けられる。
狙いはアタシの左胸、か。ヤツとの距離はざっと5メートル。避けられそうにもないわね。クリスもシンもエミリー達もカイル達も、誰も動けそうにない。
万事休す、か。
「レイアさん……ぼ、僕が……何とかする……から……逃げて……下さい」
背中の傷に加え左腕と右足も負傷し、動く事もままならないアストがDOOMの前に立ちはだかろうともがき足掻く。
「何とかするって言ったって、そんな身体で何が出来るってのよっ!?」
半人前が一人前の口を利くなんてまだ早いわよ。何より、アタシの前に立つなんて十年早い。
……まだ、早過ぎるわよ。そんな身体でアタシを守ろうとするなんて……
その刹那。
一発の銃声が、辺りの空気を切り裂く。青白い閃光を放った弾丸は、確かにアタシの左胸を狙っていた。
――アタシの心臓を貫いていたハズだった。
なのに……
「……レイ……アさ……ん……大丈……夫……です……か……?」
短く荒い呼吸。時折、ひゅーひゅーと喉を鳴らしながらアストが言う。胸から鮮血を流しながら……何故、アストが……?
アタシは暫くの間、何が起こったのか理解出来ずに立ち尽くした。
「アンタ……何してんの……?」
死にたいと願うなら死ねばいい。アタシはそんな奴に同情なんてしない。殺人願望がある奴に殺して貰えばいい。
だけど……
死にたくない奴は死んじゃいけない。それが例え他人を救うためだとしても。
「ドコマデモジャマヲスルカ……」
「アストォォォーッ! 嫌っ! 嫌よっ! 何でアタシなんかを庇うのよっ! アンタにはまだ何も伝えちゃいないのにっ!」
涙を流すなんて……いつ以来だろうか。まだ、アタシにも流れる涙が残っていたのね。あの時、流し尽くしたと思っていたのに……
「DOOM……アンタは、アンタだけは……」
殺してやる……そう言いそうになって、言葉を呑み込んだ。
憎しみは何も生み出さない……
あの時……幼いアタシは『あの人』にそう教えられた。だけど、コイツを許す訳にはいかない。
「レ、レイア……ワタシも……戦うわ」
意識を取り戻したクリスがふらふらと立ち上がる。
「レイア……コイツを……使え……」
両手の自由を奪われているシンは、自らの白衣の内ポケットをクリスに探らせる。
「シン……これって……?」
「ソイツを……レイアに渡すんだ……クリス」
クリスから手渡されたソレは、小型の拳銃の様な物だった。
「これは……?」
「マイクロ・アサルト・グラヴィティ・インパクト・カノン……通称『magic』だ。超小型の重力波を生み出す……そこにいるDOOMは、実体を持った思念体だ」
……は? この期に及んで意味分かんない事、言わないでよ。タダでさえ頭ン中が混線してんだから……
「思念体なら、実体なんてある訳無いじゃない」
「正確に言うなら……奴の実体はおそらく……頭部だけだ。レール・ガンで思念体を消し飛ばしても意味が無い。だが『magic』なら重力波で全てを消せるハズだ!」
そんな御都合主義な……でも!
アストの仇が討てるなら、何だっていい!
だから……アスト。
安らかに眠ってね。
「DOOM! アンタだけは絶対に許す訳にはいかない! アンタがやってきたことは、アタシが白日の下に晒してあげるわっ!」
『magic』を構え、DOOMに狙いを定める。
君はもう……誰も傷付けなくていいんだよ。
右腕を無くした青年は、無理矢理取り繕った笑顔のまま、アタシの頭を撫でる。
忌まわしき記憶の中で、唯一の救われた記憶。
アタシの父親代わりの彼の笑顔に……アタシは救われた。




