第2話 南十字(サザンクロス)の支配者(Ⅰ)
扉を抜け、僕達はアイルさんとDOOMを追い、通路をひたすら駆け抜ける。
この通路の先に、彼等は居るのだ。否応なしに心臓の鼓動が高まる。それは決して走っているからとか、運動不足が祟っているからじゃない……と思いたい。
「おい、アスト。そろそろ指輪が語りかけてきたんじゃないか?」
ミリューさんの胸元に潜り込んでいるパイが話し掛けてくる。あれ、呼び捨てにされてる?
「指輪が語りかけてくる? 何言ってんだよ? そんな事がある訳無いだろ!」
僕の言葉にパイは首を傾げる。
「んにゅ~……そうかぁ。オイラはお前が指輪の支配者になると思ったんだけどなぁ」
これだ。
事あるごとにパイは僕に指輪の支配者と言う言葉を投げ掛けてくる。
「なぁ、パイ。指輪の支配者ってのはそもそも何なんだよ?」
僕の問い掛けにパイはダンマリを決め込む。
「おいっ、パイッ! いい加減教えろよ!」
ミリューさんの胸元でパイが思い悩むが、僕はそこに居るお前に思い悩むよ……
「言ったらお前、絶対に後悔するぞ?」
「もうとっくに後悔してるよ……」
僕の真意を汲み取ってくれたパイは、やれやれと首を振って話し出す。
「その指輪は、フレイアのばーちゃんも言ってた通り神器である事に間違いない。そもそも神器は、人を人以上にする力を持っているんだ。指輪に選ばれた以上、お前はもう後戻り出来ない。いや、多分、お前は指輪の支配者になる。そうなったら……」
「そうなったら……?」
喉の奥から漏れ出そうになる嗚咽を噛み殺し、パイの言葉を待つ。
「人間ではなくなる」
一瞬、呼吸を忘れた。嗚咽すら出ない。有り得ない。そんなのはただのオカルトだ。信じない。僕は信じない。信じられる筈もない。そもそも意味が解らない。人間ではなくなる……だって? ふざけるな。
僕は人間だ。ふざけるな。こんな指輪に……運命を弄ばれるなんて……馬鹿げてる。
何故だかわからないが涙が溢れて止まらない。
これは夢だ……僕は……悪い夢を見ているんだ。そう……きっと目覚めれば何時もと変わらない日常が待っているんだ。
そうだろ……なあ……そうだと……言ってくれよ。シンさん……クリスさん……レイアさん……
ふざけるなっ!
溢れ出る涙もそのままに、その場に膝から崩れ落ちた僕の肩に、そっと誰かが手を掛けてくれる。
見上げると……レイアさんだった。
「レイアさん……僕は……」
「アスト……大丈夫。アンタは……アンタはアタシが守ってあげる」
それは上司だから……なのかな? それとも僕が……余りにも頼りないから……
違う。
こんなのは……違う。
僕はレイアさんに一人前のジャーナリストだと、一人前の男だと認めて貰いたい、それだけなんだ。
「ありがとうございます……レイアさん。でも……大丈夫です。僕は……自分の運命を受け入れます。この指輪に出会ったのも運命なら、僕はそれに従います。でも……僕は……そんな運命に負けるつもりはありませんから」
そうだ。負けてたまるか。僕は僕なんだ。
「ん、おっけ。アンタがそのつもりなら、アタシはもう何も言わないわ。アタシのパートナーを務めるならそうこなくっちゃね」
僕の背中を叩き、笑顔を向けてくれるレイアさんに報いるためにも、僕はこんな所でつまずいてちゃいけないんだ。
今はこの涙が乾くまで走り続ける。
どれくらい走っただろうか。
ようやく通路の終着地点が見えてきた。
この先には、アイルさんと……DOOMがいる。
「何が起こるか解らない、細心の注意を払え」
リック課長の忠告に従い、慎重に進む。
「ブライアン、私の後に続け。ポールとエミリーはジャーナリスト達の警護を頼む。ルミはいつでもSTを呼べるようにしておいてくれ」
的確な指示を出しつつ一歩ずつ慎重に歩を進め、僕達もそれに続く。しかし、レイアさんとクリスさんはそれが相当もどかしいようだ。
「あーん、もう! 焦れったいったら無いわね」
「同感。早くアイル様に追い付かなきゃならないのに。ミリューのためにも、ねぇ?」
クリスさんは半ば無理矢理ミリューさんに矛先を向ける。
「クリスさん、お気遣い感謝致します。でも、リック課長様の仰る通り、慎重に行動された方が良いかと思います。それに、もし……もし、アイル様が兄様なら……DOOMなどに負けるはずがありませんから」
ミリューさんはやはりアイルさんの事をアインさんだと信じているのだろうか。
「よし、行くぞっ!」
リック課長の号令と共に、僕達はその部屋の扉を勢いよく開け放った。
そこで僕達が目にした光景は……




