第3話 露店にて
サクッと準備を済ませホテルを後にしたアタシは、荷物を抱えるアストに道案内をさせ、件の露天商と対峙すべく歩を進めた。
「あ、あの……レイアさん……こんなに荷物って必要ですか……?」
両手にボストンバッグ、背中にリュックを背負い、ついでに胸の方にも抱えた小間使いが何事かを言ってくるが、ここは無視をする事に決めた。メンドーだからに決まっている。
「ところでさぁ、その露天商に永久心臓の事はとーぜん聞いたんでしょうね?」
後ろにいるであろう小間使いの顔を見る事をせず問い掛けると、短く「あっ」と言う声が聞こえてきた。やはりこいつは二流、いや、三流ジャーナリストだわ。
「アンタねぇ……ジャーナリストを名乗るなら取材対象者から聞き出せる情報は全て、すべからく、一切合切引き出しなさいよね!」
振り向きざま、アストの顔にズビシッと人差し指を突き立ててやる。
「うぅ……すみませんでした……」
反省したなら良し。この経験を後に生かしなさいな。
「んで、その指輪を騙されて買った、と?」
「気付いてたッすか……」
アンタが出掛ける前と帰ってきた時の変化くらい、アタシが見抜けないとでも思ったのだろうか。カフェオレを手渡す時に嫌でも目に付く。
「あ、でも、別に騙されたって訳じゃないですよ? 何てゆーか……その、不思議なんですけど、妙に懐かしいってゆーか……昔、何処かでこの指輪を見た事がある様な気がして……あ、この指輪、ルードの指輪って言うんですけど、その名前にも聞き覚えがあってですね……」
コイツがこうも流暢にペラペラダラダラと語り出すとは……とは言え、「やっぱり騙されてるんじゃないの?」と、軽く突っ込んでおこう。
……ん? ルード?
「ん~、でも人を騙すような感じには思えなかったんですけど……やっぱり騙されてるんですかねぇ?」
右手の人差し指に嵌められた銀色に輝く指輪をしげしげと眺めながら呟くアストに、何だかムカついて来た。しかし、ルード……何かが引っ掛かる。
それよりも……
「……アンタさぁ、自分にだけ買っておいてアタシには何も無いワケ?」
「……ほへ?」
何なんだ、この間抜けな返事は?
「だ~か~ら~! アタシにも何か買ってよ」
間抜けなのは返事だけではなく、顔もだったか? 要領を得ないのか、惚けた顔を晒したまま「何か、って……え? だってカフェオレ買ってきたじゃないですか」などとのたまう始末。コイツ……マジか?
「……お土産」
「……は?」
「お~み~や~げ~っ! 買って買って~っ!」
取り敢えずダダ捏ねとけ。アストのリアクション見るのが段々楽しくなってきた。
「ちょちょちょちょっと、レイアさんっ! こんなトコで大声出さないで下さいよ~っ!」
慌てるアストを横目にチロっと舌を出しているのだが、コイツは気付くハズも無い。ざまーみろ。
「じゃ、お土産買って?」
アタシのキャラでは決して無いが、小首を傾げて言ってみる。
「えぇ~!? 何でそうなるんですかぁ!」
あたふたしてるアストの姿を見るのはホントに楽しいなぁ~♪ あれ? アタシってひょっとしてドSかしら?
「うぅ……しょうがないなぁ……じゃあ、帰りの時でもいいですかぁ?」
そんな泣きそうな声で言うなよ……アストいぢりはこれくらいにしといて、とにかく今は露天商だ。
辿り着いた先に、果たして露天商は……いた。
人通りの無さからか、アタシ達が来た事に気付いた露天の君は、あろう事か自らの店を放り出して駆け寄って来る。う~ん、何だろう……トラブルの予感しかしないなぁ……
フードを目深に被っているから詳しくは分からないけど、年の頃は……おそらく十五、六くらいか。まぁ、アストの見立てにほぼ間違いは無さそうだ。その華奢な身体つきから女性と見た。スレンダー体型だけど、アタシの魅惑の黄金比率となるにはまだまだ先の話だろう。
「あ、あの、貴方、先程……」
「ふぇ?」
コイツのこのマヌケ返事、何とかならんかね。
「ゆ、指輪を……買って行かれた……方、ですよね?」
慌てて駆けてきたからか、少し息を切らせている。ム、ちょっとカワイイかも……仕草で判るものの、フードのせいで顔が見えないのが残念。
「あ、ああ、はい、そうですけど……このルードの指輪の事ですよね……」
そう、ルードの指輪……な~んか聞き覚えがあんのよねぇ。何だっけなぁ……あぁぁぁ! 喉元付近まで出かかってるこの感じ、気っ持ち悪ぅ~!
「その指輪なのですが……返品して……頂けないでしょうか?あ、勿論、お代はお返し致しますので……」
呼吸を整えた露店の君は普通では有り得ない事を伝えてきた。
ほら、やっぱりトラブルの予感的中!アタシってば、何かに呪われてんのかしら……?
……ん? 呪い?