第3話 相剋の救世主(Ⅰ)
幸運は突然訪れた。
僕達の頭上を見覚えのある一隻の宇宙船が過ぎようとしていた。
体に鎖を巻き付けられたミニスカ犬耳キャラクター……ワンディちゃんを見紛うハズも無い。
「シンさんっ!? あれって!」
「間違い無く彼等だね。やはりここへ辿り着いたのか」
彼等とは、夕闇の国で出会ったアンドロメダ銀河役所の銀河民生活安全課の面々だ。
「何でアイツらは、ゲートも使わずにここまで来れたんだ?」
カイルさんが不思議そうに呟きながら首を捻るが、そりゃまぁ、向こうは宇宙船だからなぁ……
ふと僕はあの事を思い出した。
「そう言えばシンさん。確かシンさん達って宇宙船でこの惑星にやって来たんじゃなかったでしたっけ?」
あわよくばシンさんの宇宙船で来れたのに、と思ったのだが。
「ああ、確かにね。でも、あれの定員は7人がやっとだよ。あの時点で10人いたからね」
なるほど。それは物理的に不可能だ。
「てゆーか、シンさん! 確か、DOOMの所に潜入してたんですよね? その時はどうやって?」
「あの時はねぇ、宇宙船で夕闇の国へと降り立った後、トラベラーズ・ゲートでここまで来たんだよ。恐らくは明星の国の国民達とね。虚ろな目をしていたから、今思えばそうなんだろうね。その時は奇妙な黒装束を纏った、数人のDOOMの従者がいたから、迷わず辿り着けたよ」
白衣の襟を正しつつ内ポケットから煙草を取り出すが、女性陣の視線を感じてか、再び内ポケットへとしまい込む。
「辿り着けた、ってそれが何処かは分からないんですか?」
「それが分かっているなら、こんな所で迷子にはなってないさ」
む、確かに。
「しかし……宇宙船、か。他の惑星にはあんな物が普通に存在するのか……凄いな……」
あの何も無い長閑な国で過ごしている彼等からすれば、僕達が日常的に使っている物が最先端の科学なのだそうで、モバイルも最初は珍しがられた。
でも、僕達から見ればあのゲートの方がよっぽど凄いのだが、まあ、あれはDOOMの持ち込んだ科学力か。
そんな話をしている内に、お役所の宇宙船がとある場所に着陸していた。
「シンさん、取り敢えずあそこに行ってみませんか?」
「他に当てもないからね。行こう」
「私達は貴方達について行くだけよ。ねぇ、みんな?」
異論を唱える者は誰も居なかった事に僕はひっそりと胸を撫で下ろした。
宇宙船が着陸したであろう方角に向かって歩を進める。かなりの距離がある事に若干の後悔を感じそうになったが、他に手懸かりが無い以上、諦めてなかなかの距離を歩く。
当然、足取りは重くなる一方だ。何も無い暗闇の中では、数メートルが数十メートルに、数十メートルが数百メートルに、数百メートルは数キロの距離に感じる。
「ホントにこっちで間違い無いの~?」
「ボク、もう疲れちゃったよ~……」
僕も同じ様な事を言いたかったが、僕が言うのは筋違い……だよな、やっぱり。
そして、会話が消えた。
虚脱感が全身を蝕み、ただただ足音だけが響き渡るのみ。
5人分の足音が響き渡るのみ。
……5人分。
いや、よくよく耳を澄ませば……気のせいか。少し感覚がマヒしてしまっているようだ。
……6人な訳が無い。
どれくらい歩いたのか分からないが、足が悲鳴を上げる程度では無い距離と時間なのは確かだ。事実、モバイルの時計はさっき見た時から十数分経ったくらいだ。
「ハルさん、あの辺りを照らしてくれないか?」
何かを見つけたシンさんの言葉に従い、炎で照らし出された先に見えたモノは……
「あれは、さっきの宇宙船か?」
カイルさんの言う通り、僕達の目の前には銀河役所の宇宙船が鎮座していた。
そして、その先には……
「砦……なの?」
「いや、教会か礼拝堂じゃない?」
「ん~? 分かんないけど、何かの建物だね~?」
それは女性陣の言う通り、教会の様な礼拝堂の様な砦の様な建造物だった。
炎の灯りに照らされた建造物を見上げ、カイルさんが声を荒げる。
「これだ! この教会に間違い無い!」
「君の言っていた教会の事かい?」
「ああ、そうだ」
「ふむ……」
そう言っておもむろに腕組みをし、何事かを考え出すシンさん。
「どうしたんですか?」
「いや、これに似た建造物を何処かで見た記憶が有るんだけど。確か、何かの図鑑だったと思うんだけどなぁ」
シンさんが見るくらいだから、きっと専門的な図鑑なのだろう。きっと、恐ろしく分厚いんだろうな……
ハンディライトの光を建造物に当ててみる。
想像以上に大きい。
荘厳と言うか、壮大と言うか、雄大で神々しささえ感じられる。
上空には幾つもの塔らしき物が聳え立ち、天を貫く程の高さだ。
「思い出した! 確か、古代の地球に実在した巨大教会だ!」
地球に実在した巨大教会? もしかして、あの聖家族と呼ばれる教会の事だろうか?
それが何故、ここにあるのか?
「模倣して建てたんだろうけど、本家の聖家族とは真逆の存在であるDOOMが模倣するべきじゃ無いね。皮肉にも程がある」
「確かに、奴等が聖家族とは思えないな。どうする? このまま入るか?」
「それは危険じゃない? 何があるか分からないし」
「私もハルに賛成ね。ゲートに罠を仕掛けるくらいだから、絶対に罠があるわよ」
僕も二人の意見には諸手を挙げて賛成だ。
石橋を叩いて渡れば甘露の日和あり。しかし、リサさんが黄土色の髪を人差し指でいじりながら二人に向かって言う。
「う~ん……ボクは一気に進んだ方が良い様な気がするなぁ。それにさぁ、あの人達も先に行ってるんでしょ?」
あの人達……銀河役所の人達だけじゃなく、レイアさん達もこの建物の中へと潜入している筈だ。
確かに罠の可能性は否めない。でも、それでも行くしか無い。上司達が行ってるなら、部下が行かない訳にはいかない。
何より後が怖いし。
石橋を叩いている余裕は……無かった。




