第1話 ヘタレの決意表明(Ⅱ)
暗闇の中、どこをどう進んでいいのかも分からない。僕とシンさんのハンディライトと、ハルさんの炎の精霊の力で熾した火の灯りだけが頼りだ。
何処までも続く深淵と静寂。その中を手探り状態で歩を進めていく。灯りが無ければ、眼を閉じていても変わらない気がする。おぺら座の屋根裏の比ではない。
「シンさん。取り敢えず……何処へ行けばいいんですかねぇ?」
さっきの決意は何処へやら。
……我ながら情けない。
「何処へ……? そうだねぇ……取り敢えずレイア達と合流したいね。アスト君、モバイルで連絡は取れないかい?」
「あ」
そうだった。あまりにも文明とかけ離れた環境にどっぷりと浸かっていたものだから、文明の利器の存在を失念していた。早速、文明の利器の恩恵に与る事にする。
『アストッ!? アンタ今何処に居んのよ!?』
繋がった途端、こちらが話し掛ける前に怒鳴られてしまった。相変わらずレイアさんはせっかちだ。
「何処って言われても、そんなのこっちが聞きたいくらいですよ。辺りは真っ暗だし」
軽く愚痴りつつ、こちらのメンバーを伝える。
『こっちにはクリスとミリューとジェフとパイちゃんが居るから……うん、全員揃ってるわね』
一安心だ。
『こっちの目の前に、なんか良く解んない砦みたいなモンが建ってんだけど、パイちゃんが異常な反応を示してんのよね。つー訳で、ちょっくら行ってみるわ』
そう言い残し、一方的に通信をシャットアウトしてしまった。まるで、何処かの誰かさんみたいだ。
一つ大きく息を吐き、空を見上てみる。
アンドロメダ銀河の星々のか弱い煌めきは、ともすれば吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。
僕達は、このアンドロメダ銀河の隣にある天の川銀河にある惑星に住んでいる。だけど、何処に居ようがこの星達の輝きだけは変わらないものだ。
……いや、違うのかな? まぁ、難しい事は良く解らないけど、今やるべき事だけは分かった。
レイアさん達が向かったと言う砦らしき建物を探す事だ。
しかし、土地勘が無い僕達はどうすればいいのだろう?
「皆さん、このままここに居る訳にもいかないですが、闇雲に動く訳にもいかない。でも、僅かな星明かりを頼りにしてでも行くしかないと思うんですが、どうでしょう?」
僕にはカリスマ性どころか決断力も無い。ならば、皆の意見を聞いて考えるしか無いのだ。
「そうだね。GPSもここじゃ無意味だろうし、カイル君達はここに来たのは初めてだっけ?」
「私達はずっと夕闇の国で暮らしてきたけど、カイルはここに来た事があるんじゃなかったっけ?」
ハルさんの言葉は正に青天の霹靂だ。
「カイルさん! 本当ですかっ!?」
「ああ、本当だよ。フェイを追ってここに来た事はある。だが、すぐに引き返して来たんだから頼られても困るな。それに、俺はただの臆病者さ」
僕はそれ以上の詮索をする事を止めた。
誰にでも触れられたくない過去の一つや二つはある。
レイアさんが以前言っていた言葉を思い出したからだ。
「じゃ、やっぱりテキトーに歩くしか無いね」
リサさんの言葉に大人しく従い、僕達は当ても無く彷徨い歩く放浪者となるしか無かった。
歩けども歩けども、辺りは暗闇のまま。半ば諦めかけていたその時、僕のモバイルに着信が入ってきた。着信の主は、編集長だ……
近くにプロジェクターで投影出来うる場所も無いので、そのままモバイルの画面に画面に映し出す。
『お~、アストく~ん! 調子はどうだ~い?』
相変わらずの軽い口調だ。
「どうもこうも無いですよ。レイアさん達とはぐれちゃいましたし、シンさんと、こちらで出会った人達とで右往左往してますよ」
『ん~、やっぱりそうだったかぁ~。いやねぇ~、レイアちゃんと連絡が取れないし、クリスちゃんとも連絡が取れないし~で、こっちもヤキモキしてたんだよねぇ~』
とてもそうとは思えない程にあっけらかんとした口調なのだが……
『あ、でも~そこにはシンちゃんが居るんだね? おぉ~い、シンちゃ~ん!?』
場の雰囲気にはおよそ不釣り合いな声が辺りに響き渡る。いたたまれない空気だ。
「あの、シンさん? 御指名ですけど?」
シンさんは頭を抱え蹲っている。
……ですよねぇ。
「アスト君。その電話、切ってくれないかな?」
「って、言ってますけど?」
『相変わらずつれないねぇ~。せっかくミスターからの情報を教えてあげようと思ったのになぁ~?』
シンさんの心を動かすには、その一言だけで十分だったようだ。
「ミスターからの、だって? アスト君、代わってくれないか!」
ミスター……僕達ロイス・ジャーナルがお世話になっている情報屋だ。編集長は面識があるようなのだが、僕はもちろん、シンさんもクリスさんも、レイアさんでさえも素性は知らない、謎の人物だ。
「それで編集長、ミスターからの情報とは?」
『珍しくがっつくねぇ~? そんなに聞きたいんだ~? ミスターからの情報はねぇ……』
勿体つける編集長の物言いはいつもの事だが、今回ばかりは間が悪かったとしか言い様が無い。
そもそも、連絡してくるタイミング自体が間が悪すぎる。シンさんがイラついてる姿を見るなんてレア物だ。その一方で、カイルさん達はこのやり取りに唖然としっぱなしだった。
「アスト君。君達のボスって、何と言うか……」
「……変わってるでしょう?」
「あなた達も大変ね……」
分かってくれたなら幸いだ。




