第7話 神の器(Ⅳ)
薄暗い中、暫しの休息を取ったアタシ達は、いよいよ目的地である常夜の国へと向かうべく、準備を整えていた。
そこへ行けば全ての謎の扉が開く……そう願いながら。
この惑星に来てからと言うものの、太陽の動き、と言うか、惑星の自転が無いものだから眠っていても本当に眠ったのかどうか分からない。何せ、眠りに就いた時と、目覚めた時の視界に映る景色が同じなのだから。
ミリュー達は慣れているからか平気なのよね。環境に不慣れなアタシ達は感覚が狂う狂う。
「さて、と。みんな準備OK?」
両頬をパシンッと叩いて気合いを入れる。
「お主らの運命はワシには見えておる。ぢゃが、くれぐれも用心して行くのぢゃぞ?」
トラベラーズ・ゲートの前に立つアタシ達の背中を強烈な言葉でプッシュする村長の言葉も、今では耳心地の良い声援に聞こえる。と、自分に言い聞かせる。
「DOOMは、聖地アアルと呼ばれる場所におる筈ぢゃ。何度も言うが、くれぐれも気を付けて行くのぢゃぞ?」
決意も新たに、いざ常夜の国へ! と、歩を進めた(てゆーか、半歩ゲートに掛かってるんだけどね)その時。
突然、上空に一隻の宇宙船がフォールド・アウトして来たのだった。
フォールド・アウトなんぞして来る宇宙船など限られている。
軍隊か、宇宙海賊か、役所か、だ。
そのどれがやって来てもイヤだけど、まだマシなのは海賊、かなぁ。 是非とも取材させて頂きたいものだわ。
軍隊は……まず来るはずも無いし、関わり合いたくもない。しかし、一番イヤなのはお役所の連中だ。まぁ、そう思うのはアタシだけだろうけど。
果たしてやって来たのは……チッ……お役所だ。
船体に描かれた、鎖を巻かれたミニスカ萌キャラ犬耳女子は間違いなくアンドロメダ銀河役所だ。これにはさすがにクリス達も呆気にとられている。
「何でお役所が出てくんのよ?」
「ボクにもわからないけど、恐らく何かを嗅ぎ付けて来たんだろうね。まぁ、単なる住民調査とかかも知れないけど」
「僕は調査だと思います。ワンディちゃんは銀河民の味方ですからね!」
羨望の眼差しを向けているアストの言うワンディちゃんとは、船体に描かれているお役所のマスコットキャラクターで、正式名称はワンドロメダと言う。
「レイアさん……これは一体……何なのでしょうか……?」
こう言う物を見るのは初めてなのだろうか、ミリューが脅える。つられてパイちゃんも警戒態勢をとるのだが……お役所がこの惑星に来るのは初めてなのかしら。
「大丈夫よ、悪い奴らじゃないから。アタシは苦手な人種だけどね」
出来る事なら相手にしたくない。しかし、世の中はそうそう自分に都合良く出来ているワケも無く。
豪快な排気音を上げながら着陸した宇宙船から現れた、カッチリとしたスーツ姿の五人。その中に、アタシの良く見知った顔があった。
思わず二度見し、目をゴシゴシと擦る。
あさぎ色のツインテール、他の四人と比べて一際小柄な身体、あれは多分……
「エミリー・エンデバー……?」
「あ~~っ! せ~~んぱ~~い~~っ♪」
アタシの呟きに耳ざとく反応する、あっけらかんと間延びする声を聞き間違う事は無い。無意識だろうがクリスも思わず臨戦態勢に入る。
アタシとクリスの学生時代の後輩である、通称ドラスティック・ガール・エミリーに間違い無い。
その通り名が示す様に、彼女は自分がコレと決めた事には徹底的にやらなけらば気が済まないのだ。それだけでは無く、思い立ったがなんとやら、とある事を思い付いたなら、それをしっかりとやりきってしまうのだ。
事実、彼女が銀河役所の採用試験を受けたのも、単なる思い付きなのだ。そのきっかけは『ST』と呼ばれる小型の探索作業用人型ロボット(標準装備有り。希望すればオプション付属可能)に乗りたい! と言う不純極まりない動機なのだ。
まぁ、そのSTの存在を教えたのは他ならぬアタシ達なのだが。
「せ~んぱ~いっ♪ お久しぶりです~♪ あえ? でも、何でここに先輩がいるのかな? あ、クリス先輩もいる~?」
両手の人差し指をこめかみに当て何やら考え込む姿は学生時代からなんら変わりない。アタシから見れば、アンタが何でここにいるのかを知りたいわ。
そんなアタシ達のやり取りを見て、エミリーの後方から恰幅の良い、黒髪オールバックでいかにも偉そうな感じの男が彼女を諌める。
「エミリー。我々の任務は民間人には極秘だと言う事を忘れていないか?」
「うひゃっ! 課長!? す、すいませ~ん……」
まだまだ新米のエミリーには、課長と言う存在は怖い物なのだろう。すっかり萎縮してしまった。そして、その課長サンがこちらに向き直って一礼し非礼を詫びる。
「ウチの者が失礼しました。我々はアンドロメダ銀河役所の銀河民生活安全課の者です。私は課長のリック・コロンビアと申します」
そう名乗り名刺を差し出してきたので、つられてアタシも名刺を出して交換する。うーん、社会人っぽい。って、そうじゃなくて。
「お役所務め、御苦労様。こんな辺境の惑星くんだりまでやって来るなんて大変ね」
「いえ、これも業務ですので」
皮肉を込めたつもりだったのだが……通じてないとはね。リック課長の言う業務に少しばかり興味が湧いたがここはグッと堪える。
「課長、そろそろ……」
「あぁ、そうだな、ポール」
ポールと呼ばれた、ウェーブがかった茶髪のなかなかのイケメンが課長に対して先を促す。いわゆるデキる男と見た。
「では、我々はこの辺りで失礼します。最近、この惑星近辺では奇妙な事件が多発しているようですので、くれぐれも御用心下さい。では」
「せんぱ~いっ! まったね~♪」
そう言い残し、お役所の面々は颯爽と何処かへと去っていった。
「一体、何だったんでしょうか?」
「さあね。ま、少なくとも観光じゃなさそうね。でも、役所が出張ってくるって事は、やっぱりこの惑星には何かがあるって事だけは間違いないわね」
「でも、レイアさん。おかしいとは思いませんか? この惑星で起こっている事はネットにも情報は一切アップされてないんですよ?」
「確かに、アスト君の言う通りだ。ボクもあらゆる手段を使って調べてみたが、ほとんど情報らしい物は掴めなかった。彼らの素振りを見る限り、何かしらの情報を掴んでいると見て間違いないだろうけどね」
二人の言う事はもっともだ。とは言え、ここでこのまま思案に耽ってもいられない。アタシ達にはやらなければならない事があるのだ。
いくつかの疑問を更に抱えたまま常夜の国へ向かうのも気持ちが悪いのだが、仕方が無い。
行けば何とかなる! 先に進まなきゃ何もわからないし、何も変わらない。
「おっしゃあっ!」
気合いを入れ直し、再びトラベラーズ・ゲートへと足を踏み入れた。
『ゲートが作動しました。係員にお知らせ下さい』
……ここのゲートの係員もミリューでいいのかしら。




