第5話 phantom crisis(Ⅲ)
天井裏は意外と広く……もなく、アスト達とはあっさり合流出来た。
「あれ? レイアさんとクリスさん?」
どうやらミッション・コンプリートを果たし、帰途に着く所だったようだ。こんな事なら下で待ってれば良かったわ。
「一応、ね。上司としてアンタ達の事を心配して来てあげたのよ」
「ボクは君の部下じゃないし、むしろボクの方が先輩なんだが」
「アンタの心配なんかしてないわよっ」
シンの心配なんてするだけ無駄だって事は、過去に一緒に行った取材で、既に折り込み済みだ。コイツはきっと身ぐるみ剥いで戦場のド真ん中に放り込んでも、平然と無傷で帰ってくるに違いない……その口八丁手八丁ぶりを遺憾無く発揮して。いつか機会があったら試してみよう。
二人の陰に隠れ、一人の男が立っているのが見えたが、彼がアイルに救われた善良な村人Aだと言う事は把握出来た。
「んで、そこに居るのが例の彼ってワケ?」
「例の……って、レイアさんも村長さんからおぺら座のファントムの事を聞いたんですか?」
ん? 今何つった? ファントム? ファントムって何だ?
「ん~、何だかよく分かんないけど、彼がそのファントムってワケ?」
暗闇の中、ペンライトとモバイルのバックライトだけの頼りない明かりで、かろうじて照らし出されたファントムの顔は、およそファントムとは程遠い、端正な顔立ちの好青年に見えた。
「俺は……もう村には戻れないよ……」
「まだそんな事を言ってるのかい? この村には男手は君を含めてもう二人しか居ないんだ。村の復興には男手が必要だと言う事は、君も解るだろう? もう一人の彼……えっと……何て言ったっけ?」
シンは興味の無い事は全く覚えない。おそらく、今雄弁に語った事も、数時間後には毛ほども覚えちゃいないだろう。
「フェイさんですよ」
アストがすかさずフォローに入る。
「フェイだって? フェイってあのフェイの事なのか!?」
ファントムが思いがけない食い付きを見せてきた。どのフェイかは知らないが、まぁ、同じ村に住んでいたんだから顔見知りがいても不思議は無い。おそらくあのフェイの事だろう。でも、それにしては過剰な反応の様な気がするが?
「アナタ、フェイとお知り合い?」
すっかり酔いも醒めたクリスがジャーナリストの片鱗を見せるかの様に問い掛ける。
……コイツがジャーナリストだって事を忘れかけてたわ。
「知り合いも何も、フェイと俺は従兄弟同士だ」
あのフェイの従兄弟がこの男? しかし、それならば何故フェイはここに潜伏していた男が自分の従兄弟だと気付けなかったのだろうか? 暫く会っていなければ無理もない話だろうか? いや、そもそも暗闇では判別がつかないか。でも、声などで分かるのでは?
つーか、会話があったのかも怪しい。
つーか、フェイの従兄弟って事は……あの三人組の相手?
「って事は、アナタがカイル?」
「ああ、そうだよ。しかし、本当にここに居た奴はフェイなのか?」
やはり、会話も無い暗闇の中では、お互いの存在すら気付けなかったのかも知れない。
その後のカイルの話では、人の気配は感じ取ってはいたが、素性の判らぬ相手には係わりたくは無い
との理由で話し掛ける事は無かったのだと言う。
そうこうしている内にフェイの方はシンに発見され、つーか、脆くなっていた板の上に乗り、突き破って落下していったそうだ。
「しかし、何故フェイが?」
「里帰りしていたそうよ。アナタに会いたがっていたわよ?」
クリスの言葉はかなり説明不足の様な気もするが、まぁ良しとしよう。しかし、カイルは意外な反応を示す。
「アイツが? そんなハズが無い! そもそもアイツが里帰りなんかする訳が無い! アイツは、アイツはこの村を棄てた、いや、売ったんだからな!」
「売った? それってどういう事?」
モバイルは電池の消費を考慮して既に閉じ、アスト達のペンライトだけの、か弱い明かりだけが辺りを照らし出す。その中に浮かぶカイルの表情は、およそ懐かしい従兄との再会を喜ぶものでは無く、憎しみに満ちたものだった。
「この村の男達が皆死んだのは知ってるよな? 確かにそれはDOOMの手によるものだ。だが、そのDOOMをここに呼んだ奴がいる事までは知らないだろう?」
呼んだ? それはつまり、DOOMを手引きしたと言う事か?
「まさか、それが……フェイ?」
「ああ、そうさ。アイツは常夜の国へ行き、DOOMに取り入ったのさ」
カイルの口から飛び出した言葉は俄には信じられない物だった。あの、人の良さそうなフェイがDOOMと内通しているとは!
しかし、それならばあの時に感じた違和感にも納得がいくのかも知れない。
……いや、それどころでは無い。
「カイル、その話が本当ならアタシ達の仲間が危険かも知れないわ!」
一刻の猶予も惜しいと言う時に、アストが水を指してきた。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ! カイルさん、そのフェイさんの話は本当の事なんですか?」
「何言ってんのよ? 身内が言ってんだから本当の事に決まってんじゃない?」
「いや、ボクもアスト君の意見に賛成だな」
シンまでもが言うとは。
「う~ん、ワタシも二人に一票入れるわ」
まさかのクリスまで!? うぅ~……なんかくやちぃ。
「その根拠は何なのよ?」
あの時に感じた違和感は何だったのか?アタシにはそれが、どうしても危険な物だとしか思えてならない。
「カイルさんの話のウラが取れていないからですよ」
「ウラ?」
つまりは情報に確実性が無いと言う事か。
確かにカイルが言っているだけで、第三者の証言がある訳じゃない。ジャーナリストとして、初歩中の初歩だけど……
アタシのフェイに対する不信感は拭えない。まだカイルの方が信頼に値する気がする。
「あの、カイルさん。ここに居た時に誰かが居た事は分かったんですよね?」
アストは何かを疑っているのか詰問する。
「ああ……それは間違いない」
「もし、従兄弟であるフェイさんだったら気付いていた可能性はあったと思いますか?」
「それは……どうだろう? 暫く会っていなかったし、暗闇の中だし。いや、しかしアイツが天井裏に居た事自体が不自然な気がする」
「それはどうしてだい?」
シンも加わる。これは最早尋問に近いな。
「さっきも言ったが、アイツはこの村を売った奴だ。この村に戻ってくる理由が無い。でも、誰かが居た事は間違い無い」
「それってつまり、フェイさんじゃ無かった?」
「でも、実際に外に居るのはフェイよ。ねぇ、レイア?」
フェイであってフェイでは無い? そんな事ってあるのか?
「あの三人組は、彼をフェイだと認識していたわ。それに、この村に戻ってくる何らかの理由があった、と考える方が自然じゃない?」
「じゃあ、やっぱりアイツはフェイだったのか? その理由ってのは、まさかっ!?」
血相を変え、飛び出していくカイルの後を追いながら外へと出る。
暗闇の中で行われた尋問によって導き出された答えは、果たして真相を捉えているのだろうか。
嫌な予感だけを抱えたまま、ミリュー達の元へと足を急がせた。




