第4話 おぺら座のファントム(Ⅱ)
ダメだ……耐えきれない。
子供達もゲッタンガーZに夢中になり、僕の周りを静寂が包む。
……この静寂に、耐えきれない。
シンさんが様子を見に行って、まだ数分しか経っていない筈なのだが、数十分も経っている気さえする。
……孤独だ。
孤独になると、どうしたってマイナス思考へと陥ってしまう。加えて上映中だから辺りは暗闇だ。不安度十割増しだ。こんな中じゃ、僅かな物音でさえ、十分過ぎる程の不安の種になり得る。
コトッ……
「ひぃっ!」
自分でも情けなくなるくらいの悲鳴を上げてしまった。情けなさ過ぎて逆に笑えてくる。もぉ~、何だよ~! 何だってんだよぉ~! 早く戻ってこないかなぁ、シンさん……
不安になり過ぎて、さっきの音が耳に残ったままだよ……
仄暗い闇の中。その音は定期的に、ある一点から響く。時折、その音に混じって声が聴こえる。
「誰か居るのか……助けてくれ……」
その声は確かにそう言っている。静寂の暗闇の中では、幻聴まで聴こえてくるのか?
おぺら座のファントムとでも言うべき存在が……いる?
駄目だ! もう限界だ! 耐えきれない!
……どうしよう? シンさんを探しに行こうか?
メキャッ!
その時だった。プロジェクターを設置していた台の真上の天井を突き破って何かが落下してきた!
「おぅわっ!?」
間一髪で、プロジェクターへの直撃は回避出来たけれど、まさか幽霊的なモノが落ちてきたのか?
取り敢えず今は子供達の安全の確保が最優先だ。
上映会はクライマックスの一番良い所で中止し、僕は皆を避難させる事にした。
おぺら座の外へと避難したが、案の定と言うべきか、子供達はゲッタンガーZのクライマックスが気になる様で、僕に向かってブーイングの雨霰を浴びせてくる。そりゃ、そうだよな。
子供達には平謝りし、直ぐに上映を再開する事を約束して、僕は再びおぺら座の中へと足を踏み入れた。
まずはプロジェクターの安否を確認しなきゃ。壊れていたら子供達との約束もダメになっちゃうからなぁ。てゆーか、この穴の開いた天井どうすんだ?
そもそも、一体何が起こったのだろう? いや、まぁ、何かが落ちてきたのは分かるけど、問題は何が落ちてきたのか、だ。
「や、やっぱり幽霊が落ちてきた!?」
「そんな訳が無いだろう……」
「ふふぇっ!?」
突然の声に驚いた僕は、またしても情けない声を上げてしまい、我ながら情けなくなり自嘲気味に笑うしか無かった。
「そこに居るのは、アスト君かい?」
その声の主は……シンさんだった。
シンさんは、物音の原因究明を進めていく内に天井裏へと辿り着いたそうだ。そして、そこで見たモノとは……
「シンさん! 一体何で天井から落ちてきたんですか?」
床に突っ伏したままシンさんが答える。
「簡単に言えば、老朽化だね」
さも当然の様に答えてくれたが、僕が聞きたいのはそう言う事じゃない。何故、天井裏なんかに居たのかって事なんだけどなぁ。
よっこらせ、と体を起こしたシンさんはポケットからタバコとライターと携帯灰皿を取りだし、一本くわえる。
何だか僕も一息入れたくなり、一本拝借する。深く息と紫煙を吸い込み人心地つくと、ようやく整理をつける事が出来た。シンさんは天井裏でとんでもないモノを発見した。
それは……
「いやぁ~ははっ、見つかっちゃったかぁ~」
「……あの、シンさん。誰ですか、この人?」
「いや、ボクも知らないんだよねぇ」
淡い緑色のシルク生地の服を纏い、鮮やかなエメラルドグリーンの髪と瞳、端整な顔立ちの青年。僕と同じくらいの年齢だろうか?
天井裏の物音、つまり、おぺら座のファントムの正体はこの人だったのだろうか? しかし、あの声は確かに助けを求める声だったのだが、目の前にいるこの青年はどう贔屓目に見ても助けを必要としているようには見えない。
「あの、さっき天井裏で助けを求める声が聴こえたのですが、アレは貴方ですか?」
正直な所、期待半分だった。おぺら座のファントムの正体が彼であって欲しいと思う反面、僕の直感が彼では無いと警鐘を鳴らしているのだ。
その警鐘が間違いであって欲しい。だが、それは残念ながら予感的中だった。
彼はおぺら座のファントムなどでは無かった。彼は、DOOMの襲撃により全滅したかに思えた村の男性の生き残りだった。
「あの時は本当にもうダメだと思ったよ。だけど、あの人が俺を助けてくれたんだ」
「あの人?」
「あの人って言うのはもしかして、少し変わったソード・ライフルを持っていたのでは?」
シンさんの言葉に、彼は首がもげるくらいの勢いで、大きく小刻みに高速で縦に振って言った。傍目から見るに、それはいわゆるヘッド・バンキングに他ならないのだが。
「そう! そう! まさにその人だ!」
やはりと言うか何と言うか。
「アイルが……それで、彼が今どこにいるか知っているかい?」
その質問に対しては極めてスローリーに首を横に振る。
「いや、それは俺にも分からない。でも、彼は一人でDOOMを追って行ったみたいだから、もしかしたら……」
まぁ、そうなるか。やっぱり僕達も行かなきゃならない……のだろう。レイアさんには聞かせたくない話だけど、そうもいかないだろうし……一応、レイアさんに報告するためポケットからモバイルを取り出し、レイアさんに連絡を入れる事にした。




