第2話 アンドロイドは電気ウナギの夢を見る……のか?(Ⅱ)
ジェフさんは、静かにその固く閉ざしていた口を開き出した。
「確かに私は、以前は普通の人間でした。しかし、とある事件で私は両腕を失う事になってしまいました。両腕を失い、宮廷料理人としての立場も追われ、途方に暮れていた私に、義手を付ける手術を当時の国王陛下であるシェイン様が勧めて下さいました」
「シェイン?」
「私のひいお祖父様ですね?」
「オイラは知らないや」
150年以上生きているパイも知らない話か。これは興味をそそられる。
「でも、義手って言うよりは、よねぇ?」
クリスさんの言わんとしている事は解る。
ジェフさんの姿は、見た目こそ僕達と変わらないが、その実、全身が機械であり腕どころの話ではない。
「手術は成功したかに思えました。しかし、生身の身体と機械の接合部分は次第に腐敗し、全身を機械化するしか術が無かったのです。しかし、機械に頼らずに済んだ部分もあります。この脳だけは人間だった頃の私の物です。まぁ、そのお陰で死なない身体になってしまったのですから結果オーライでしょうかね」
そう言ってジェフさんは力無く笑う。
果たしてそれは幸なのか不幸なのか、そしてそれは、奇しくも永遠の命を手に入れた事になるのだろうか?
ジェフさんを見る限り、とても幸せだとは思えない。いや……それは僕個人の感想だろう。もし、僕がジェフさんと同じ立場なら、それは果たして幸せな事なのだろうか?
永久心臓を手に入れる事は、果たして本当に幸せな事なのだろうか?
果たして、DOOMは?
そんな僕の考えを打ち消すかのようにシンさんが口を開く。
「ジェフ。ボクの考察なのだが、話を聞く限り、君は不死身になったと考えて良いのかな?」
シンさんの言う事は相変わらずよくわからない。
「だ~から、さっきジェフが言ったじゃない! 死なない身体になったって」
「いや、ボクが言ってるのはそう言う事じゃない。死なない身体になったのか、それとも死ねない身体になったのか、どちらなのだろうと思ってね」
確かに『死なない』と『死ねない』とでは意味が違い過ぎる。
「シン、それってどういう事?」
「ワタシ達にもわかるように説明してちょうだい」
二人の質問に答えたのはシンさんではなく、渦中のジェフさんだった。
「私は、死なない身体を手に入れましたが、死ねない身体を手に入れた訳ではありません。むしろ私は『死』を望んでいるのかも知れません。人間として生まれ、何の因果かアンドロイドとして姿を変え、200年以上も生きてきました。本来ならば、とっくに朽ち果てている筈の命。しかし、私がこうして生きている事には何かしらの使命がある、そう言い聞かせて今も死ねずにいるのです」
「なるほど。それはつまり、死ぬ事は可能、と言う事なのですね?」
シンさんが何を言いたいのか、見当も付かなかった。ただ、人としてどうなの? と思うくらいの失言だとしか思えなかった。
「ちょ、ちょっとシンさん! 何て事を言うんですか!? 見損ないましたよっ!」
「シン! アンタ、言って良い事と悪い事ってのがあるでしょっ?」
クリスさんも僕と同じ意見だったのだが、レイアさんは違っていた。
「シン、アンタが何を言いたいのか、アタシは少しだけ解るわ。でも、その前に一つ確認させて。アンタ、永久心臓について何か掴んでるわね?」
ここで永久心臓が出てくるのか?
「いや、ボクは何も掴んではいないよ。ただ、可能性として、ジェフが永久心臓の所持者じゃないかと考えてね。でも、今の話を聞いて安心したよ。ジェフは永久心臓の所持者じゃないという事がわかったからね」
「それがどうしてさっきの発言に繋がるのよ?」
クリスさんは納得がいかない様で、尚も食い下がる。ミリューさん達はシンさんの言葉に納得した様子なのだが。
「ボクは、永久心臓という物は人工的に作り出された物だと考えていたんだ。もっとも、編集長やレイア達はそうは考えていなかっただろうけどね。ボクはボクの理論を証明しようとしたのだが、どうやら間違っていたみたいだね」
え? 理論を証明するために、あんな事を言ったの?
「証明するにはこれが最短距離だからね。ボクは無駄な事が嫌いなんだ」
そう言ったシンさんはタバコに火を点け、紫煙を上空に吐き出しながら僕の顔を見る。
「アスト君。ゲッタンガーZの第46話で、主人公の雷堂寺ライが言った台詞を覚えているかな?」
ゲッタンガーZとは、僕とシンさんが敬愛してやまない合体ロボットヒーローアニメだ。その第46話で主人公のライが言った台詞と言えば……
「確か、敵の幹部のボルボッドと戦った回でしたよね。ライが言った台詞って『オレの存在価値は、お前を倒す事で証明される』ですか?」
しかし、シンさんは大袈裟に両手を振りかぶって否定する。
「あ~、ソコじゃないんだなぁ。正解はね『最短距離を加速していけば、100㎞先のゴールでも1㎜先に変わるのさ』だよ」
「あ~、それですか!」
僕ら二人にしか解りえない会話は、皆を超高速で置き去りにした。




