第1話 レイア・ルシール(Ⅰ)
この宇宙は、並べて謎と不思議で構築されている。
……なんて事を誰かさんが言っていた気がするが、誰も言って無いならば、アタシの言葉とさせて貰おう。
アタシは知りたい……まだ知らない事を。
そして伝えたい……解明された謎を。
何故なら……
アタシは、ジャーナリストだから。
そして……真実を伝えたい。
出来る事ならば宇宙の端から端まで行ってみたい。でも、それには色々と限界はあるのだから不可能な事は理解している。
命の限界……静かに落ちる砂時計の砂は止められない。しかも、その砂時計は強力な接着剤でくっついているのかの様にひっくり返す事は出来ない。
しかし、だ。
大事な事だから繰り返すが、この宇宙は、並べて謎と不思議で構築されている。そして、ありがたい事にその謎と不思議はこんこんととめどなく流れ出す湧水の如く満ち溢れている。
今回入手した情報が本当なら、アタシは……
惑星ロキ────人類が三十八番目に手に入れた安住の地でありアンドロメダ銀河に属する。
事前調査によるところ、観光名所等は特になく、広大で肥沃ひよくな土地が最大のセールスポイントであり、名産・特産品と呼べる物はサツマイモくらいだ。
フロンティア・スピリッツに満ち溢れている開拓マニアにはオススメするが、それ以外の人達には全くもってオススメ出来ない。
何もない、本当に何もない辺境の惑星にアタシが来た理由、それは────
「ちょ、ちょっと待って下さいよぉ! レイアさぁぁぁん!」
チッ……出鼻を挫きおって。
「うぅぅぅるっさいっ! ウダウダやってないでチャッチャと歩きなさいよ!」
「うぅぅ……だったら少しぐらい荷物を持ってくれてもいいのに……」
「何か言ったかしら、アスト君? 聞こえないわよー」
空港のエントランスにて、一目見て安物と分かるTシャツの上からグレーのフード付きパーカーを羽織り、ヨレヨレで膝のあたりに大きな穴があいたダメージジーンズ姿。二つのキャリーバッグと、少し大きめのリュックを背中に、小さめのリュックを胸に掛けた、どう贔屓目に見てもアヤシイ姿をしたヤツが生意気にもこのアタシに話し掛けてくる。ビジネス・パートナーでもなければ全力でガン無視を決め込みたいところだ。
十数時間ぶりに見る太陽はやけに眩しく感じたが、太陽ってこんなに眩しかったっけ。だが、別段陽射しが強いわけでは無く、サングラスを掛ける必要は無かった。
せっかく新調したサングラスなのだがさして重要性が無くなり、カチューシャ代わりに頭へと追いやり、ふと手首を見る。時刻は七時四十五分を少し過ぎたところだった。
長い時間、シャトルのクソかったいシートに座って寝ていたモンだから、決して目覚めの良い朝とは言い難いけれど、太陽の光を浴びると幾分かは頭がスッキリとしてきた。
────気がする。
体中にまとわりつきネバつくような気だるさは取れていない。とりあえず、カフェ・オ・レでも飲みたい気分だわ。体の堅さを和らげようと、首を左右に勢いよく傾けると『コキッ、ゴキッ』と、なかなかに小気味良い音が鳴った。これだけでもちょびスッキリした。
この惑星で降りたのは、どうやらアタシ達だけのようで、他の乗客を乗せたシャトルはさっさと次の目的地へと飛び立つ。たった今、アタシ達の頭上で旋回し、一気に加速して成層圏まで……って、速っ。
抜けるようなコバルトブルーの空を文字通り抜けて行ってしまった。
さってと、アタシ達も行きますかね。
「ホラ、早く行くわよ! 例のウワサの真相を確かめなくちゃ」
荷物持ち兼アシスタントであるアストをこのままターミナルロビーに置き去りにするわけにもいかないので、仕方なく荷物を持ってあげる事にした。
私物のハンドバッグを。
後方でブチブチと文句を言う声が聞こえなくもないが、今回は聞こえなかった事にしておいてやろう。アタシの気遣いに感謝する事ね。
「それにしても、本当にこの惑星にあるんですかねぇ?」
結構な量の荷物を持ちながらも口が動くところを見ると、まだ余力はあるようね。
「一応、確かなスジの情報だからね。少なくとも、何らかの手懸かりくらいは掴めるんじゃない?」
この惑星は、わずか数年足らずで急激に近代化が進み、劇的な発展を遂げたが、それは中心部だけの話。中心部から数キロ離れれば長閑のどかな田園風景と緑豊かな森林が、我が物顔で広がっている。
今アタシ達がいる空港近辺には、高層ビルが押しくらまんじゅう宜しく、所狭しと建ち並んでいる。
これから向かうビジネスホテルも完全オートメーション化されており、ロボット達が全てを管理している。まぁ、これはネット情報だけど。
確かに、最近ではほとんどの惑星でもオートメーション化は進んでいるのだが、この惑星のそれは余りにも急激過ぎる。
シャトルから見下ろした景色は、広大な森林と田園風景の緑色と空港付近のみに群生する高層ビル群の灰色が眼下に広がり、その色合いがなんともミスマッチに思えて少し不気味な感じがした。
てゆーか、こんな中途半端な発展しといて、名産がサツマイモって────違う意味でも不気味だわ。
これだけの急激な発展の裏に、有力な権力者の手が入っているのは自明の理であろう。しかし、その権力者が誰なのかは全く分かっていない。普通なら有り得ない事なのだが、ネットにも何一つ情報が公開されていない。
アタシ達に情報をくれた人物────アタシ達は『ミスター』と呼んでいる────の話によると、この謎の権力者こそが、アタシ達が探し求める人物、正確にはアタシ達が探し求めるモノを持っているそうだ。
その人物がこの惑星ロキにいる、との情報を得てやって来た訳なのだが、そもそも、何でこんな長閑な惑星を発展させてんのかしら。エライ人の考える事は分かんないわ。
長閑で平和、それでいいんじゃないのかなぁ。
正直なトコ、ミスターの情報提供とはいえ、その真偽の程は定かじゃない。でも、今は四の五のどころか六の七の、いや、九の十の言っていられる状態じゃない。このネタを拾えなければ明日のメシすら危うい。年末には首を括るか、どこぞの銀行を襲うか。
まあ、それは冗談として。
このネタを拾う事が、ウチのサイトの定期購読者を増やす事になると信じて、今はこのお仕事に従事しますか。