第5話 太陽は今日も輝く(Ⅲ)
「ここは明星の国です。他に夕闇の国と、先程言った常夜の国の三つですね。でも、大陸の数が三つだとは知りませんでした」
そう言った後、アタシの耳元で「あと、パイが大陸を知らない事も」と小声で囁いてきたものだから、「うん、それはアタシもビックリしたわ」と、小声で答え、顔を見合わせて思わず笑ってしまった。ま、フードを被ってるから、相変わらず顔は見えないんだけど。
それにしても常夜の国が夜みたいな物だっつー事は……
「アスト、これがどーゆー事か分かる?」
「どーゆー事ですかね?」
一応聞いてみたけど、やっぱり期待を裏切らないわね、コイツは。少しは考えろって。
「まだ仮説でしかないけれど、ミリューさんの話から推測するならば、ここ明星の国では太陽が見える。んで、常夜の国は夜みたいな物。つまり、太陽は見えないって事になるわね?」
「はあ、なるほど?」
イマイチ理解してない様子のアストは無視して話を続ける。
「その二つの国については、アタシは予想がつくわ。でも夕闇の国については語感から想像するしかないわね」
「と言うと?」
アンタの頭上には、さっきからクエスチョンマークしか見えてないぞ。まぁ……餅は餅屋って訳じゃないけれど、彼女に聞いた方が早いかも知れないわね。
「ねえ、ミリューさん。夕闇の国って一体どんな所?」
「それが、私も知らないのです」
わお!
「私はずっとここで暮らしてきましたから」
なるほど……う~ん、手詰まり。やっぱり行ってみるしかないかなぁ……と、そこに神の一声が。
「オイラ、知ってるよ」
いつの間にかミリューさんの右肩にちょこん、と座り込んでいたパイちゃんだ。ふわふわの白い毛並みが綺麗だわ~。顔を埋めてみたい。
「夕闇の国は、太陽が半分だけ見えるんだよ。んで、もう半分は暗いんだよ」
それってつまり、夕方って事なのかな? ん~、そうなると、あれ?
アタシの中で、今までの仮説がガラガラと豪快に音を立てて崩れ落ち、新たな仮説がズドンと現れてきた。
「ねぇ、パイちゃん。あの太陽ってさぁ」
そう言って指差した太陽は燦々(さんさん)と輝いている。そう、文字通り輝いているだけだ。眩いばかりに。
「ん? な~に?」
アタシの指に釣られてか、パイちゃんは太陽を見てちょっと眩しそうに目を細める。くっそ、いちいち仕草がカワイイな、コイツめ。
「あの太陽って、動いてる?」
新たな仮説。
三連太陽系ってのは間違ってた。うん、これは認めよう。そして、さっきのミリューさんとパイちゃんの話を考察するに、三つの国では太陽の見え方が違うのではないか? だとすれば、考えられるのは多分これしかないと思うのだが、確証を得られるだろうか?
「あの太陽は動かないよ」
確証を得た。やはりパイちゃんは、アタシの思い描いた答えを言ってくれた。つーか、動かないって、そもそもどういう事だろうか?
自分で仮説を立てて、それが立証されたとはいえ、何故あの太陽が動かないのか、その理由までは考えてなかったわ。しゃーない、シンキングタイムといきますか。
「アストはどう思う? 何故あの太陽が動かないか」
「そうですねぇ」
一丁前に腕なんか組んじゃって。
「ってゆーか、太陽って動きませんよね?」
「何当たり前な事言ってんのよ。惑星が太陽の周りを回ってんだから」
「じゃあ、この惑星自体が自転も公転もしていないって事は考えられませんか?」
なるほど? 惑星の自転と公転は当たり前の原理だと思っていたけど、それなら説明がつくのか?
「アストの理論はイイ線ついてると思うわ。でも、何だか腑に落ちないのよね」
腑に落ちない事。やはりあの太陽だ。アタシの仮説。それは……
「ねぇ、パイちゃん。あの太陽って本物の太陽かしら?」
もしも、あの太陽が偽物の太陽、つまり疑似太陽ならば、当然、重力や磁力は発生しないハズ。となると、この惑星は自転も公転もしない。
アタシがあの太陽に抱いていた違和感。それはズバリ熱だ。暖かいのは暖かいんだけど、なんつーか、太陽の光を浴びた時のスッキリ感がイマイチ無いのよね。
「う~ん、オイラもハッキリとは言えないけど、多分、ニセモノだと思う」
「偽物?」
アストとミリューが同時に声をあげる。アストの疑問はもっともだ。だが、これで繋がった。
「あの太陽はおそらく疑似太陽よ」
「疑似太陽……?」
現在の科学力なら理論上は製造可能だが、それを造り上げるには最低でも200年は掛かるハズだ。アタシやアストはもちろんだが、一番驚いているのはミリューさんだろう。
「パイはあの太陽が偽物だって気付いていたの?」
「なんとなくね」
「じゃあ、あの太陽がいつからあるのか知っているの?」
「それが、オイラも知らないんだよ。オイラが生まれた時にはもう既にあったし」
ちょっと待て。パイちゃんが生まれる前から既にあった? つまり少なくとも150年前にはあったという事だ。現在の技術で200年掛かるってのに、一体どれ程の科学力を持っているというのだ? そして、一体誰がアレを造ったのだろうか?
この惑星が発見されたのは確か400年前。38番目に発見された惑星。その頃には既に疑似太陽を造り出す技術があった? しかも、重力と磁力をもコントロールしている?
何だか矛盾だらけのような気がするが、今は考えても仕方ないのかもしれない。
「腑に落ちないけど、とりあえずオッケーって事で。それよりも今はDOOMにラチられた人達を何とかしなきゃね。ミリューさん、DOOMにラチられた人達、ってゆーか、ぶっちゃけDOOMはどこにいるのか分かる?」
小さなあごに人差し指を押し当てながら考え込んでいたミリューさんがおもむろに答えた。
「おそらくは、常夜の国だと思います」
やっぱりね。お約束ってやつかしら?
「んじゃ、ま、ちょっくら行ってみますか」
「え? 行くってどこへですか?」
アスト君よ。お前のお脳はスポンジか?
「どこって、常夜の国に決まってんでしょーが」
「えぇ~っ! マジですかっ!?」
「あのねぇ、アタシ達がこの惑星に来た目的、忘れた? アタシ達は一体何?」
「何ってそりゃあ、ジャーナリストです」
その答えは正解であり間違いだ。
アタシにとっては。
もちろん、ジャーナリストとして、仕事だから記事を書くためにネタを拾うためなら、どんな危険だって厭わない。でも、だからと言って命の危険まで晒そうなんてつもりはサラサラない。命あっての物ダネだから。
生きていれば、もっと色んな世界を見る事も、色んな人に出会う事もある。そうすれば、もっと色んな記事を書く事が出来る。
ジャーナリストだから危険を省みず行動する。それは間違いじゃないのかも知れない。でも、もしジャーナリストじゃなかったら?
時々考える。しかし、いつも決まって答えは出ない。いや、もしかしたら『出さない』だけなのかも知れない。きっと、ジャーナリストじゃなくても、真実を知りたいと思ったら、どんな危険を冒してでもアタシは行くだろう。
だからアタシにとって、さっきのアストの言葉は正解であると同時に間違いでもある。
アタシはジャーナリストだから行くんじゃない。
アタシはアタシだから行くんだ。