二人には今日も齟齬がある
初めての飛行は、碌でもない思い出になった。
俺の手を擦る腕の鱗、ぶらぶらと不安定に揺れる足元、そして股間に食い込む硬い鉤爪の所為である。
今回ばかりは、女になっていた良かったと思う。下手したら、金玉が潰れていた。ほんとに。
【もう二度と、あんたの腕には乗らん】
【そうだな。今後は鞍に乗れ】
真面目な声色で言われる。
今、俺たちは、村から目につかず、狩人も中々入ってこないであろう森の開けた場所に居た。上空から見て、一番適しているであろう場所を探したのだ。――正直、竜を見られたら、恐怖から村人達が俺を迫害するような気がしてならない。そうでなかったとしても、ドゥースとイザベルの娘にして、村で二番目の狩人ユリスという――今までの俺の立場はなくなるだろう。だから、少なくとも何かいい案が見つかるまでは、竜には姿を隠していてもらうことにした。
【……そういえば】
【何だ?】
ふと気付いたことがある。それを伝えながら、竜を見上げると、その面長な頭をこちらに振り向かせて小首を傾げられた。仕草だけで言えば可愛らしいのかもしれないが、なまじ巨大なので、怖い。
【俺、あんたのことを何も知らないんだよな。名前も、性別も、俺と契約した目的も。そもそも、俺が気絶する原因の爆発も、一体何だったのか知らないし】
【そうだな。私もお前のことは何も知らん】
そんな状態で、一生涯続く契約をしたのか。浅はかにも程がある。
【――今、私のことを軽蔑したな?】
グゥルルルル、と目の前で喉が鳴らされる。漏れでた熱い吐息が顔面を直撃し、恐怖と熱さに嫌な汗をかきながら後退した。
【い、いや、でも、あまりにも考えが浅いだろ】
【カッ、大陸一浅ましい種族である人間にそのような事を言われるとは、私も焼きが回ったものだ!】
自重するようにそう言ってから、竜は口を一度開き、ガチンと噛み鳴らした。
【――私が何も考えずにお前を契約者に選んだと、本気でそう思っているのか?】
【じ、状況的には】
【……ふん、人間の限られた知識では、そう思うのも仕方ないのだろうな】
鼻息が吐出され、ちろちろと赤い火が漏れ出る。本当に恐ろしいから、勘弁して欲しいのだが。
【それにしてもお前、中々度胸が座っているな。――ほら、これも私がお前を契約者に選んだ理由の一つだ】
【そりゃ、どうも】
後付けの感はある。が、実際に竜というのがどういう判断基準で契約者を選ぶのかは知らないのだ。何か特殊能力のようなものがあって本能的に判る――とか。そういうのも、あるかも知れない。
そもそも、人間と竜では寿命が違う。一生ものとはいっても、人間の側が死んでしまえばそれで終わりだ。そう考えると、大したことのない選択なのかもしれない。
【……お前、何を考えている?】
【そんなのだいたい判るだろ】
俺と竜は精神的に繋がっているから、何となく考えていることは伝わる。
例えば、竜が今『まじかよ』みたいな事を考えていることとか。――何が?
【寿命は、私に準拠するぞ?】
【………………は?】