少女は今日も狩りに出る
美少女がしゅごいのおおおとか言いながら空飛ぶお話です。
シリアスもあります。学園も出てきます。
恋愛に関しては未定。
今日もまた、筵のベッドの上で目が覚める。
木目の見える天井と、漏らした声の高さに、辟易してため息を漏らした。
「ああ、畜生――」
俺は、女だ。記憶の中の俺自身は、確かに日本で男として生活していたはずなのに、気がつけば俺は女として生まれ変わっていたのである。
もう十四年も前の話だ。
両親は、俺を嫁に出そうと躍起になっている。この世界では、十四ともなれば結婚適齢期らしい。
くそったれめ――と呟きたくなる。
男の俺が嫁に出る? 確かにこの世界じゃ女の姿かもしれないが、俺はれっきとした男のはずだ。
全く、勘弁して欲しい。俺はこんなになっても女の子の方が好きだ。別に男同士で好き合うことを悪いとは言わないが、俺にその趣味はない。
「…………。」
家の表に出て、井戸の水を汲み上げて顔を洗う。
水道が恋しい。
温水が恋しい。
視線の端で、日が登り始めるのが見えた。
今日は狩りに行く日だったはずだ。俺は家の中に戻って、髪を後ろで一つに縛った。
軽く身体を解しながら納屋に行き、弓と矢筒を持って再び家の前に出る。
「おはよう、ユリス」
「おはよう『兄さん』」
そこにはすでに、俺の兄が待っていた。短い茶髪の、比較的大柄な男である。背には、俺の弓より二回りほども大きい長弓。
名を、ディンという。
村一番の弓の名手にして、俺の元・兄弟子にして、現・師匠。
「行こうか」
「そうだね」
短く交わして歩き出す。早朝の刺すような寒さに軽く身を震わせ、外套の襟を寄せる。
村の北側にあるバインス山脈は、まともな人間なら冬場にはまず入らない。
険しい道、視界を遮る木々、唐突に現れる崖。
その分、悠々と生活する野生動物達は豊富なのだが、狩りに出てそのまま帰ってこない村人も多い。
とはいえ、それ以外に狩場もなく、食い扶持を稼ぐために俺たち狩人は定期的にバインスに赴くのだ。
両親はいい加減狩りなどやめて婿を探せと言ってくるが、生憎と俺にそのつもりはない。
村の他の女のように、裁縫やら料理やらを練習するくらいなら、山に出て身体を動かしたほうがいい。
――いや、そうじゃない。
正直に言えば、俺は死んでしまいたいのだ。いい加減、限界なのかもしれない。あるべき姿をしていない自分――記憶しているものと、あまりに違いすぎる自分。ストレスばかりが溜まっていく。
肩に斜めにかけた弓の感触を確かめる。そこに沿うように肩がけにした矢筒を触る。
ある意味で、狩りは唯一の娯楽かも知れない。
狩りには、兄と一緒に出るわけじゃない。
俺はまだ兄には腕が劣るが、狩人として一人前と認められているのだ。山脈についたら別行動をして、それぞれが獲物を持って村に帰る。
狩りの期間は凡そ2日から3日。干し肉と水の入った水筒が俺たちの背嚢に入れられている。
村の裏まで歩いて、俺達は山の入口で立ち止まった。
「――行こうか」
「そうだね。兄さん、無事で」
「ああ。また家で会おう」
兄が西行きゃ俺東。
村の歴代の狩人達が作り上げた獣道を、しばらく辿って歩く。
ある程度登れば、道はなくなり、俺は山の中に一人残される。
しかし、まあ勝手知ったる山の中――このあたりならもはや庭のようなものだ。
とはいえ半日も歩けば山脈も奥まってくるから多少なりわからなくなるだろう。
――さて、探索開始だ。
動物の痕跡を探すときは、集中力が重要になる。小さな窪みは足あとかもしれない。草の陰には糞があるかもしれない。
まあ、見つけるまでは半日もあれば大丈夫だろうが、問題はその後だ。
その痕跡を残した動物はそこからどう動いて、今どのあたりにいるのか。
場所を見つけたとしても、向こうさんに先に見つけられては逃げられてしまう。風上を取らなければいけないし、何より連中は耳もいい。弓が軋む音を聞かせてしまえばアウトだ。
つまり、連中の風上、それも弓の音が聞こえないほど遠くから、先に見つける必要があるということ。
これが毎回しっかりできるようになるまで、三年かかった。
「――」
四時間ほど歩いた頃だろうか、ふと足元に違和感を感じた。
こういうときは大抵時間がたって浅くなった足跡やら崩れてぼろぼろになった糞が見つかるものだ。
経験則に従って足元とその周辺を注意深く探してみれば、案の定というかなんというか、蹄の先が土を軽く抉った跡があった。
――ドーガだ。
俺は心のなかでガッツポーズした。
ドーガというのは、現実世界でいうところの鹿に似た生き物で、このバインスでは比較的大物の部類に入る。更に、俺が今見つけた蹄の跡はかなり大きく、時間が経っている割には深い。
――大物が出るぞ、これは。