女子寮「モン・ステア」へようこそ!
彼がその子に気がついたのは、陽気な日差しの中額に汗を浮かべて大荷物を両手に提げたまま、余所見をして公園前の通りを歩いていた時だった。
四月十八日――金曜日の真昼間の公園には、まだ幼稚園や保育園に上がる前の幼児が楽しげに笑い、走り回っている。それを見守りながら主婦らしき彼女らは井戸端会議にしけこみ、陽気な笑い声が辺りに満ちていた。
賑やかで穏やかな場所である。
だからこそ、ベンチに座り、膝の上で握りこぶしを作る制服姿の少女の姿はあまりにも場違いだった。
少し気になる。
気になるタチでなければ――こんな仕事などしていないのだ。むしろその性質を再認識するように、彼は息を大きく吸い込んで少し心を落ち着かせた。
荷物の重さを確かめるように二つのエコバッグを握り直し、公園の中へと歩き出す。
やがて彼女の隣に立っても、まるで気づかぬ様子で俯いていた。
「どうしたんだい? 体調でも悪い?」
隣には座らず、少し膝を折って視線を合わせる。
声をかければ、まるで初めて彼に気づいたような顔を上げた。事実、初めて気づいたのだろう。
銀縁眼鏡の奥、ブラウンの瞳は小さく収縮し、口はぽっかりと開いていた。
端正な顔作りの少女である。大きな瞳は吸い込まれそうな魔力を孕み、透き通るような白い肌にはほのかに熱が入って朱に染まっている。
やがて驚愕一色に、怪訝な気配が走った。
「あ……いえ」
何を言えばいいかわからず、困ったように曖昧な返事をした。
彼が大人で、平日の昼間に制服姿で居ることを咎めているのかもしれない。男はそれを察して、柔和な笑みを浮かべてから隣に座った。わざとらしく、軽く音を立てて足元に荷物を置く。
「別に注意しようってわけじゃないんだ。声が出ないほど具合が悪かったら危険だからね、それの確認、みたいな――アイス食べる?」
エコバッグの中からカップアイスを二つ取る。奇しくも購入した唯一のアイスだ。一つが帰宅してから食べる用で、もう一つが食後のデザートである。
「あ、いえ。大丈夫です、ご迷惑をお掛けしました」
問えば、彼女は控えめに首を振ってそそくさと立ち上がる。
余計なお世話だったか。嘆息しながら取り出したアイスを仕舞い、荷物を取る。彼女の後を追うように歩き出せば、少女は早速すっ転んでいた。
「やっ!」
奇声一投、ずさっ! と膝を擦りむいて、立て続けに額を叩きつける。器用な転び方だ、と思いながら、男は彼女の傍らに改めて立った。
「大丈夫かい?」
「うう……は、はい」
手を差し伸べれば、ずれたメガネを直しながら、その手を掴む。だが彼は一切力を入れる必要がないくらい、彼女は自力で立ち上がっていた。
「ここいらは車通りが多いからね。車道を通るときは特に気をつけたほうがいいよ。家は近いの?」
「近くの駅から、電車で……」
「そう」
この公園から駅までは徒歩五分も無い。ならば安全だろう、と考えた。
これ以上関わって恐がらせるのも問題だ。何よりも、先程から主婦の視線がちらちらと向いている気配に、彼は気づいていた。
「じゃあ、気をつけて」
手を振る青年。袖から見えるシリコンバンドは白地に黒で『administration bureau』と記されていた。『管理局』――それを、彼女は見咎める。
背を向けた男に、声をかけようかと彼女は迷った。
今ようやく理解できたのは、彼は本当に親切心で心配してくれた、ということだ。
参った。
本当に参った。額に滲んだ脂汗を拭いながら、彼女は心から困る。
管理局の人間ならば、信用に値する。縋るしかあるまい。
ならば。
「あ、あのう!」
勇気を振り絞った声に、青年は途端に足を止めて振り返った。
歩みは緩慢。だから彼はまだ公園を出ては居なかった。
彼はシリコンバンドを見られた時に変わった彼女の顔色を、見逃さなかったのだ。その観察力も、今の仕事の賜物だ。
「どうかした?」
「お、お話を、聞いてもらってもよろしいでしょうか……」
「うん。そうして貰いたいなら、是非」
彼は笑顔で答えて、ベンチへと促した。
つまるところ彼女――『桜田琴乃』は家出少女なのだそうだ。
もう一週間帰っていない。事の発端は些細な揉め事だったが、もとより親子仲が悪く、家に帰りにくいとのことだった。
荷物は駅のロッカーに預け、今日はついに学校も休んで身の振り方を考えていた。転々と友だちの家を渡り歩いていたが、さすがにこれ以上は難しいし、まだ高校生だから所持金も乏しい。
「父親は?」
「物心つかない頃に亡くなりました。母は、知らない男の人に生活を支援してもらっています」
彼は思わず言葉に詰まった。
繊細な少女の言葉だ。複雑な家庭事情に、どう返答すれば良いか迷う。
その機微を悟ったのだろう、彼女はささやかにはにかんで首を振った。
「気にしないでください。私の中では、もう終わってる話ですから」
「そうかい。済まなかったね……ところで、今のところの問題は寝食に困っている、という事でいいんだね?」
「はい……ごめんなさい、こんな事、言っても――」
桜田の言葉を遮るように、管理局の男は立ち上がる。生鮮食品を始めとした食料が詰まった袋を手に取り、桜田へと向いた。
「『交流広場駅』から徒歩二十分の住所で、ちょうど家事手伝いを一人募集してる。シェアハウスの管理人だ。……ちなみに、料理は出来る?」
男の問いに、まるで要領を得ないように彼女は首を傾げる。そうしてから言葉が浸透してきたように、また驚きと、喜色が混じり始めた。
「今まで、家事はしっかりとやってきました。料理は、特に得意です」
ほう、と男はわざとらしく唸り、笑みを浮かべる。
「なら来てくれるかな。ただ住人に難があるけど」
「ありがとうございます! 是非、お世話になります!」
まるで危険なことなどありはしないと信じきった笑顔で、桜田は立ち上がって深く頭を下げた。
これで、声を掛けたのが己ではなく下衆な下心を持つ男だったと思うと――ゾッとする。思わず顔をしかめたくなるのを抑えながら、彼は桜田を引き連れて帰路についた。
❖❖❖
『モン・ステア女子寮』という看板を見て、桜田は「はぁ」と気の抜けた声を上げる。
「女子寮、ですか」
「女子寮と言っても、学生寮じゃないんだ。その名残、というか、まあ看板変えるのが面倒なままシェアハウスが出来ちゃったから、変えるに変えられないというか」
鉄門の先には、アメリカのホームドラマに出てきそうな広い庭があった。走り回ったり、犬とはしゃいだり、大きなビニールプールで遊ぶことも出来そうな広さだ。およそ、バスケットコート一面分はあるだろうか。
そして、正面には館のような荘厳な建築物。
見上げるほどの高さは、それでも二階建てらしい。数段を上がった先、木目調の巨大な両開きの扉が玄関だ。
ポケットから取り出した鍵は、ブレードの部分が長いスケルトンキー。単純な構造だが、しかし電子制御を伴う鍵穴は、見た目に反して極めて高いセキュリティ性があるのだ。
玄関扉を開ければ、
「うわあ……」
彼女は感嘆の声を上げる。
「管理人室は離れにあるけど、君には当分、ここの空き部屋を使ってもらうことになる。キッチンもバス、トイレもあるから気にしないで大丈夫だよ」
玄関ホールはロビーのように開けた空間だ。
正面には三、四人が並んでも十分なほど広い階段があり、吹き抜けとなっている二階に繋がる。
「あそこの右奥だ」
その先を指で示せば、単純な作りの二階はそれだけで把握できる。
そんな折に、どこかで扉が開く音がした。
「誰か帰ったのぉ?」
あくびを押し殺した、ふわふわと掴みどころのない声。
重なる足音は二人分。
二階の左奥から出てきた影は女性のものだったが――手を伸ばせば天井に触れられるほどの長身だった。
「え……?」
それに驚いた桜田は、さらに驚く。
その女の腰から下は、馬の肉体だったのだ。
上肢はやわらかな絹の素材のシャツ一枚に包まれ、馬の肢体は端がレース生地で編まれているスカートを履いていた。
「ああ、ユリさん。今起きたんですか?」
ユリ、と呼ばれた――ケンタウロスの女は、ショートカットの金髪をかきむしるようにしてから大きく伸びをする。
それから男を一瞥すれば、垂れた耳が、突如としてピンと逆立った。
「……だ、誰……?」
「誰って。新島夕貴ですよ」
すっとぼけてみるが、しかし彼女は冷静に言った。
「いや、あんたじゃなくて」
階段の上で硬直するユリに、「ああ」と苦笑して、新島は頷いた。
「新米の管理人手伝いです。薄給で申し訳無いけど、みなさんと同じ生活を送りながら俺の手伝いをしてもらう予定です」
「え? お給料貰えるんですか?」
新島の言葉に、桜田が驚く。
当たり前だ、というように彼は肩をすくめた。
「タダ働きは法律的にヤバイ」
真顔で告げる彼に、桜田は何かを悟る。過去に何かあったのだろうと察して、それ以上は深く聞かないことにした。
「あ、っと……桜田琴乃です。よろしくおねがいします!」
彼女はケンタウロスへと深く頭を下げる。これから世話になり、また世話をするようになるのだ。仲良く行かなければならない。それが例え――苦手な『異人』でも。
ユリは気怠げな足取りで階段を降りてくれば、やがて彼らの前に立ち止まった。
眠そうな目つきで、新島を見下ろす。寝ぐせが残る頭を掻きながら、また大きくあくびをした。
「よろしく。あたしはユリ――ユリ・フォウリナー。向こうの世界では、いちおう王立国家で騎士してたのよ。腕っ節には自信があるつもりだから、何か困ったことがあったら言いなさい」
ふん、と鼻を鳴らす。胸を逸らせば、豊かなバストが楽しそうに揺れた。
桜田は「ありがとうございます」とふたたび頭を下げ、新島はそれを笑顔で見守る。
「それじゃ、お昼にしますか」
時刻は十三時。
彼の提案にユリは腹をさすりながら頷いた。
「きゃあっ!?」
広めのキッチン。壁際に沿ってシンク台が長く伸び、ガスコンロは四つ並んだ。その反対側の壁際に大型の冷蔵庫がある。
空間の中央に調理台があり、まるでレストランのキッチンのようだった。
彼女が悲鳴を上げたのは、そんなキッチンの端っこにある掃除用のロッカーを開けた時だった。
中に、淡い赤色の何かが居たのだ。
悲鳴を上げた直後に、ギョロッとした大きな黒目が彼女を捉える。
「……またですか」
桜田の背後から覗きこむようにして、新島は言う。
彼の言葉に、まるで新皮質のまま剥き出しになるような手で、それは己の額を叩いた。
「しょーがないじゃん。部屋に篭るのも、アレだし」
「だからってキッチンのロッカーに篭るのってのもアレでしょう。いい加減にしないとお昼にたこ焼き出しますよ」
「いや、別に食べるよ? たまにイライラするとき自分の腕食べるし」
「食わんでください」
ぬるり、と彼女はロッカーから出てきた。
濡れた黒いワンピースが身体に張り付いてスタイルを浮き彫りにする。もし明るい色の衣服なら、下着の習慣が無いらしい彼女の肌は透けて見えたことだろう。
その肢体全体は余すこと無い桜色に染まっていて、まさに化け物と言うならば彼女のことを指すのかもしれない。
もはや体裁など知ったことか、といった具合に桜田は新島の後ろに回り込んでいた。
黒目が大きな鋭い切れ長の目。控えめなおちょぼ口。
吸盤を持つ赤髪が、長く足元まで伸びていた。撫で付けるオールバックで、身体の色とは対照的な冷たい印象を覚える。
裸足でペタペタと歩けば、その足あとを付けるように床が濡れた。
「風呂上がったら、体拭いてくださいって言ってるじゃないですか」
「身体が乾くとちょーし出ないのよー。ってか、その子だれ? 新しい入居者?」
「ああ。彼女は……ほら」
新島は言いながら、さっと横に移動して桜田を前に出す。
背中を軽く叩けば、あからさまに怯えた様子で彼女は頭を下げた。
「さ、桜田琴乃です! これから、その、新島さんのお手伝いとして、お世話をさせて頂きます! よろしくおねがいします!」
「ああ、そーゆーことね。わたしはカナ。よろしくね」
飄々とした態度でそれだけ言って、彼女はキッチンの脇を抜けてそのまま食堂へと向かった。
カウンターキッチンにもなっているそこからは、席に付いている二人の様子が分かる。椅子を使わずそのまま床に座れば座高がちょうどテーブルに合うユリの正面に、カナが座った。
それを見ながら、新島は桜田に問う。
「もしかして、異人は苦手?」
彼女らは異世界と呼ばれる世界から来た異人類だ。既にこの世界に馴染んでいるとはいえ、初めて姿を見せたのは二十五年前。
町中でも、外国人を見かける頻度と同じくらいの割合で異人は居る。特にこの日本での異人の人口は、他と比べて高いほうだ。
だが、彼らを管理する管理局の人間でない限り、あまり慣れている人間も少ないだろう。
そして彼女のように、苦手な人間も居て当然だ。
彼女は彼が管理局の人間だと知って声を掛けたようだが――。
「は、はい……怖い、わけではないんですけど。やっぱり、その……個性的な、容姿の方々じゃないですか?」
言葉を選びながら、まるでパズルを組み立てるような慎重さで彼女は言った。
今にも泣きそうな顔で、怒られるのを待つような萎縮しきった態度で続ける。
「その、びっくりしちゃって」
「まあ、それはしょうがないよね。日本でも、こっちの方にあまり来ないならそれこそ日常的に見ないだろうし。異人類つっても、まだ陰の存在だしね」
努めて穏やかな口調で言う。
どちらにしろ怒っていないのだ。新島はそれに加えて、共感を口にする。
「俺も最初の方はビビったよ。だって最初は入国管理の仕事に就く予定だったのに、今じゃ日常生活を支える寮長だからね。まあ最初の方は、ホント、色々難儀したよ」
今だって困らないことはない。
だがその分、賑やかで楽しいほうが勝っている。
ここに居る異人たちは、特にワケありだ。金もあまりなく、住むところは当然無く、生活能力は皆無と言っていい。
それが人間ならば、まだ救済措置はあるだろう。
だが外国人ですら無い異人には、世界はまだ厳しい。北極海に、木のボートの上で全裸で漂流しているようなものだ。救いなど、あって奇蹟だ。
そしてここは、その奇蹟足り得た。
もっとも、そんな大仰なものでもないが。
「さて、それじゃ昼にしようか。多分そろそろ、他のみんなも降りてくるだろうし」
「え、まだ居るんですか?」
「ああ。八部屋あって、その半分埋まってるからね」
「あ、あとニ人……」
「でも一人は、今仕事であと一週間は帰ってこないみたいだけど」
腕まくりをして、改めて掃除用のロッカーを開ける。
まずは掃除だ。
キッチンは、カナが歩きまわったせいでびしょびしょだったのだ。
大ジョッキに溢れんばかりに盛られた野菜スティック。お椀には味噌マヨネーズ。それをまず、ユリの前に置いた。
「ありがと」
「はい!」
次に、カナの前には数本のエビフライと雑穀ごはんだ。タルタルソースをたっぷりとつけた逸品である。
生のエビが良いのではないかと思われたが、彼女はエビフライを好んだ。やはり単純にタコとは異なる存在なのだ。
「サンキュ」
「どういたしまして」
そうして、空いた席に――筆舌に尽くしがたいものを置いた。
蜂の子である。それの佃煮である。他にもゲテモノとして有名な、虫類の佃煮が多くあった。
かさかさかさ――その"足音"を聞いて桜田がひっくり返らなかったのは、半ば奇跡だった。
「おはようございます。ご機嫌麗しゅう」
優雅な足取りで、彼女は食堂にやってきた。
規格としては、人の二倍くらいの大きさだ。ケンタウロスと同じく上肢は人の姿だが――下半身は、黒と黄色の縞模様を持った大蜘蛛だった。
ワンレングスの、艶やかな黒髪が長い女性である。胸元がざっくりと開いたシャツを着て、首には蜘蛛を象った銀細工のネックレスをつけていた。
かさかさかさ、と彼女はユリの隣にやってくる。
たゆん、と胸を揺らしてから、いつの間にやら桜田の隣にやってきていた新島を、彼女は一瞥する。
「おはよう、ユキ」
「おはようございます、アーニェさん」
額には紫水晶の石が垂れる額飾り。赤寄りの紫色の瞳を持つ。
蜘蛛の肉体を除いても、蠱惑的で、ミステリアスな存在だ。一目見ただけの桜田にも、それがわかった。
ブリッジを押し上げて、傾いたメガネを直す。
彼女はそこで、ようやく桜田に気がついたように目をやった。
「あら? こちらの方は?」
桜田はビシっと背筋を伸ばし、やり手の営業マンよろしく頭を下げた。
「きょ、今日から新島さんのお手伝いとしてお世話になります、桜田琴乃です。よろしくおねがいします!」
「へえ、お手伝い? ユキ、そんなに大変だったの? 言ってくれれば良かったのに」
言いながらも、もぐもぐと野菜スティックを食べるユリの隣に、アーニェは座る。彼女と同じく、椅子を使用しないのだ。
器用に箸を使って、彼女はパクパクと佃煮を食べ始めた。その際に見える鋭い牙を、桜田は見ない振りをする。
「言ってもなにもしてくれないでしょう」
「そーよ。あんたってなんもしないのに、いっちょ前な口ばっか利くの。白々しいわよね!」
追撃でもするように、カナはフォークをアーニェへと突き出して、一人だけ白熱したように言った。
「そう言うカナは、何かした?」
そんな彼女に、呆れたようにユリが言う。
アーニェはマイペースに、ユリへと告げ口をする。
「おフロで死にかけるだけよ」
「だっ……ぅ、っさいわねえ! 水じゃなくてお湯が出たんだからしょうがないじゃん! ゆでダコ五秒前よ!」
「それで、ユキに助けてもらってるのよ。負担にしかなってないわ。家賃も二ヶ月滞納してるの」
「へえ。それで良く、でかい口を叩いたものだわ」
「あんたら……部屋に居たのに、助けにも来なかったくせに」
「寝てたのよ」
「本を読んで、いましたの」
「白っじらしい! もうユウキ、なんか言ってよこのロクデナシ人外どもに!」
反論に窮して、やがてカナは彼らへと砲口を向ける。
その頃には、同じ食卓についてエビフライとサラダを据えてお昼の準備が完了していた。
両手を合わせて「いただきます」といってから、新島は一拍置く。
初日から大変なものだが、しかし慣れるには、相手を知ること、よく関わることが重要だ。ならばこの女子寮は、それに良く適している。
そう思うから、別に意地悪とかではなく、必死になって真面目に答える桜田が面白いとかじゃなくて、新島は正面の彼女を見るのだ。
「君はどう思う?」
「え?」
突然振られた彼女は、ちょうどサラダにシーザードレッシングをかけようとした所だった。
僅かに硬直してから、喉を鳴らす。何か思うところはあったのだろう。それを口にした。
「良い、雰囲気ですね。とても楽しいと、思います」
話題から逸れて、敢えてカナの言葉に応じない。
花が咲いたような笑顔を浮かべれば、それだけで他の彼女らはまるで自分が悪いことをしたように一様に押し黙る。
一、二時間前までは、まるで世界の終わりを見たような顔だったのに。俯いて、解決できない問題ごとを直視し続けていた少女なのに。
やはり誰でも、笑っている方がいい。
少女は彼女らへ、彼女らは少女へと、良い刺激になるだろう。これが影響して、共に良い結果に繋がれば良いのだが。
新島夕貴は思いながら、エビフライを齧る。
またまもなくユリがカナを挑発して、結局抑えられずに、賑やかなランチタイムが再開した。
そんな日々が、始まった。