迎える朝
ここは、オアシスの臨む緑の丘。
一人の少年が黒の髪を風にかすませながら、これもまた黒い、膝まであるコートをはためかせ、めまぐるしく剣をふるう。
「幼きレイナよ、まだ続けるのか」
少年から少し離れた木の下で、身をくるめて横たわり、うっすらと片目でその様子を横目にみる白い-いや、正確にいうならば銀やプラチナ色である-狼が声を発した。
「まあっ…ねっ!!まだ、強くならなっ…きゃっ!!」
レイナと呼ばれたその少年は、その美しき容貌をさらに際立てるかのように、華麗な剣の舞を披露している。
「主は、今の年齢を考えればもう十分過ぎるほど強いと思うが」
プラチナウルフは、大きな口をあけ、その禍々しいほどに鋭く伸びた牙をのぞかせ、ゆったりとあくびをした。
「まだ、まだっ!!足りないんだよ!!」
そう言うやいなや、一度その舞を静かに止め、"両手"に持った剣を地面へと突き刺した。そのまま虚空へと向けた瞳の奥は、未来を見据えているように透きとおっていて、それと同じくらいに暗く、過去に囚われていた。
年齢を鑑みると、その黒瞳に映し出されているこの世界が、ひどく汚れすぎているように思えてしまう。
その姿をパートナーであるプラチナウルフが、見過ごすはずもなく、何かを言いかけようと口を開きかけた、が。
まだ、時期ではないと、そう思ったのか、時間を貪るかのように、また睡眠を取り始めた。
知能の高い動物は人語を理解するというが、この狼は余程のものなのだろう。
「ヴィルトは、もう、強すぎるから、いいよね」
ヴィルトと呼ばれたそのプラチナウルフは、ウトウトしながら、まるで興味がないかのように、まあな、とだけつぶやいた。
少年<レイナ=ヘイセスト=ティール>とその契約者<フローズヴィトニル>は、お互いに心地よい距離感を保ちながら、その存在を確認するように言葉を投げ交わす。
「今日も、いい天気だよ」
少年の、自らの契約者ではない誰かに囁くかのような言の葉は、虚空につつまれた。
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「なぜ!!確かに、私は、まだ、半人前ですが。だからこそ、出ていかなくてはならないのでしょう!?」
場所は変わって、ここはアセス王国宮殿内。
一人の少女ーというには、いささか気品が並々ならぬものであるーが、口調荒く、向かいの男性に向かって訴えかけている。
「うむ。しかしだな、何かを学ぶにしても、ここで十分であろう?人材に不満があるならば、違う者を呼んでもいいのだぞ?」
かっかしている少女とは対照的に、この男性、意に介さぬ平静な態度である。
見た目の威厳、全く動じる気配はない貫禄も、その確固たる地位を推し量るに十分足りえる。
「そういうことではないのですっ!外の世界で、一人で、生きていかなければ…!私に、いえ、私にとってここでの生活は、確かに恵まれたものでした。が、しかしっ…同時に……」
当初のまでの勢いはどこへやら、徐々に収束してゆく声と共に、テーブルに手をつき、前のめりだったその身体も、ストンと椅子に腰を落としている。
俯いた顔からは、上手く表情を読み取ることができないが、膝の上できつく結ばれた手、震える肩から悲愴感が漂う。
ーまったく、誰に似てしまったのか…。
男性は、綺麗に取り分け食していた手を止め、ナイフとフォークを音を立てず手元に置いた。
そして、空いた両手で懐をまさぐり、何かをつかみ出し彼女に伸ばす。
少女もそれに、気がつきほんの少し顔をあげる。
彼は、その目が、潤んでいた事に少し驚きつつも、心の奥底ではなんだか満たされぬ気持ちにも納得し、言葉を紡ぎ出す。
「ここに、ー入学証がある。」