人を殺す道具
人は何故、人を殺すのか。
銃があり、刀があり、言葉があり。
人間って扱う道具のことを分かった気でいる。
よく知っているようで、知らない。
思考を言葉という具現化したもので再現する。
それは、多種多様な武器になる。
死ねと言う。
消えろと言う。
うざいと言う。
受け入れる器にも限界がある。
言霊は本当に移り、死んでしまう人もいる。
それは刃物になったり。
遅効性の毒になったり。
扱い方を間違えると、死に至らしめる。
弾丸で撃ち抜かれて、虚無になる人だっている。
枠で囲われた思考を放棄すれば楽になるかもしれない。
果たしてそれでいいのだろうか。
言葉は相手との意思疎通。
思考と感情が合わさり言葉になる。
それ故に、人を人たらしめる。
言葉は人を殺す道具だ。
私が殺したのは祖母だった。
咽頭癌だった。
合併症も起こしていた。
ベッドに横たわる危篤状態の祖母。
苦しそうだった。
私は紡いでいた。
婆ちゃん、婆ちゃん、今までありがとう。
祖母は口を噤んでいた。
病室に虚しく響いていた。
呼び掛けた。
最期だから。
家族みんなで泣きながら。
ありがとうと見送った。
目を瞑った祖母。
ゆっくりと微笑した。
すると、みるみるうちに。
祖母の顔面の血の気が引いた。
筋肉で引き上げられてた皮膚が弛んだ。
青白くなるのを目の当たりにした。
早すぎる死だった。
顔をじっと見た。
其処には言葉を使わない人が居た。
だけど、祖母がまだ何か喋るような気がしていた。
幻聴だろうか。
ありがとうねと言われた気がした。
その言葉が反芻し、心に響き渡っていた。
言葉は人を殺し、そして、生かす道具だ。




