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最難関ダンジョンの正体は私の家でした

作者: おっさんSIN
掲載日:2026/06/08

これは、スローライフを望む女王蜂と、その家をダンジョンと呼ぶ人間たちの、すれ違いの物語。


2作目です

拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。

 そのダンジョンに挑む者は、遺書を書く。


 王国北方に存在する超高難度迷宮《黄金蜂の巣》。


 内部には伝説級の薬草が群生し、万病を癒やす神蜜が眠るという。しかし最奥には災害級魔獣《黄金蜂群の女王》が棲み、遭遇した者は誰一人として生還していない――そう記録されていた。


「……怖いな」


 新人冒険者のレオンは呟いた。


「今さら帰るか?」


 隣を歩く先輩冒険者ガルドが笑う。


「帰りませんよ」


 そう答えたものの、足は震えていた。


 巨大な蜂の巣を思わせる入口。琥珀色の壁からは甘い香りが漂っている。


「いいか、新人。奥へ行きすぎるな」


「女王ですか」


「ああ。会ったら終わりだ」


 レオンは唾を飲み込み、迷宮へ足を踏み入れた。



「お花が増えてきましたねぇ」


 同じ頃、迷宮最奥。


 女王蜂ミエルは花壇を眺めて微笑んでいた。


 金色の髪に透き通る羽。災害級魔獣とは思えない穏やかな少女だった。


「女王様」


 親衛蜂が飛来する。


「侵入者です」


「あら。また冒険者さんですか?」


「そのようです」


「困りましたね」


 声に怒りはない。


「追い返してあげてください」


「排除しますか?」


「しません」


「ですが侵入者です」


「怪我をさせたら駄目です」


「承知しました」


 親衛蜂は少し残念そうに飛び去った。



「なんだこれ……」


 レオンは目を見開いた。


 ダンジョンの中とは思えない花畑が広がっていた。


 ガルドが呟く。


「伝説級薬草だ」


「え?」


「全部だ」


 薬師ギルドが血眼になって探す希少植物が、雑草のように群生している。


 その時、重い羽音が響いた。


 二人は凍りつく。


 人の頭ほどもある巨大な蜂が花畑の上を飛んでいた。


「終わった……」


 だが蜂は襲ってこない。一周しただけで飛び去った。


「見逃された?」


「らしいな」


 ガルドも困惑していた。



「侵入者はどうですか?」


 ミエルはお茶を飲みながら尋ねた。


「花壇を見学しています」


「そうですか」


「薬草を採ろうとしていました」


「少しくらいなら構いませんよ」


 親衛蜂は沈黙した。


「女王様は優しすぎます」


「そうでしょうか?」


 本当に分からないという顔でミエルは首を傾げた。



 探索を続けたレオンたちは巨大な広間へ辿り着いた。


 中央には黄金色の液体で満たされた池がある。


「神蜜だ……」


 市場に出れば小瓶ひとつで豪邸が建つ秘宝。その神蜜が池になっていた。


「どうなってるんだ、このダンジョン」


 レオンの常識は崩壊しかけていた。


 その時、羽音が響く。


 一匹ではない。


 十匹、二十匹、三十匹。


 巨大蜂の群れが現れた。


「逃げろ!」


 二人は全力で駆け出した。


 だが追いつかれる。


 終わった。


 そう思った。



「外へ運んでください」


 ミエルは指示した。


「出口ですか?」


「はい」


「殺さなくてよろしいので?」


「駄目です」


「承知しました」


 蜂たちは飛び去る。


 ミエルはため息をついた。


「どうして皆さん勝手に入ってくるんでしょう」


「ここがダンジョンだからです」


「家なんですけどねぇ」



 レオンが目を覚ますと、迷宮の入口に寝かされていた。


 隣にはガルドもいる。


 傷ひとつない。


 そして足元には小瓶が置かれていた。


 黄金色の液体。


 神蜜だった。


「……どういうことだ?」


「わからん」


 本当にわからなかった。



 一週間後。


 レオンたちの報告は王国中を駆け巡った。


 黄金蜂の巣から生還したこと。


 神蜜を持ち帰ったこと。


 噂は尾ひれをつけて広がっていく。


 女王は挑戦者を試している。


 認められた者だけが秘宝を授かる。


 最奥には神が住んでいる。


 誰も真実を知らなかった。



「最近、人が増えましたね」


 ミエルは窓の外を見た。


 森の入口には立派な街ができていた。


 宿屋、市場、鍛冶屋、冒険者ギルド支部。


 数か月前まで何もなかった場所だ。


「女王様」


 探索蜂が報告する。


「村の人口が千人を超えました」


「千人?」


「来年には町になるそうです」


 ミエルはしばらく黙った。


「……私は静かに暮らしたかったのですが」


「はい」


「どうしてこうなったのでしょう」


 親衛蜂は少し考えて答えた。


「人気だからです」


 ミエルは納得できなかった。



「女王様」


 数日後、探索蜂が慌ただしく飛び込んできた。


「人間が来ます」


「また冒険者さんですか?」


「いえ、貴族です」


 ミエルは首を傾げた。


「貴族?」


「はい」


「何をしに来るのでしょう」


「不明です」


「困りましたねぇ」


 そう言いながら、ミエルは花壇に水をやり続けた。


 どうせまた何かの勘違いだろうと思った。



 一方その頃。


 森の入口には豪華な馬車の列が到着していた。


 護衛騎士たちは緊張した面持ちで周囲を警戒している。


 中央の馬車から、一人の青年が降り立った。


「本当にここなのか」


「はい、閣下」


 執事が頭を下げる。


「《黄金蜂の巣》でございます」


 青年は巨大な巣を見上げた。


 王都の名医たちですら治せなかった父の病。


 だが最近になって噂が広まった。


 黄金蜂の巣には万病を癒やす神蜜がある、と。


 根拠はない。


 ただの噂かもしれない。


 それでも縋れる希望は、それしかなかった。


「たとえ命を失おうとも」


 青年は迷宮の入口へ向かう。


「必ず父上を救ってみせる」



 その頃、迷宮最奥では。


「少し焦げましたね」


 ミエルが焼き菓子を見つめていた。


「申し訳ありません」


 料理蜂が頭を下げる。


「気にしないでください」


 ミエルは微笑む。


 自分の静かな暮らしが、また少し騒がしくなろうとしていることも知らずに。


 女王蜂の家は、今日も誰かに攻略されていた。


                    ――了

最後まで読んでいただきありがとうございました

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