最難関ダンジョンの正体は私の家でした
これは、スローライフを望む女王蜂と、その家をダンジョンと呼ぶ人間たちの、すれ違いの物語。
2作目です
拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。
そのダンジョンに挑む者は、遺書を書く。
王国北方に存在する超高難度迷宮《黄金蜂の巣》。
内部には伝説級の薬草が群生し、万病を癒やす神蜜が眠るという。しかし最奥には災害級魔獣《黄金蜂群の女王》が棲み、遭遇した者は誰一人として生還していない――そう記録されていた。
「……怖いな」
新人冒険者のレオンは呟いた。
「今さら帰るか?」
隣を歩く先輩冒険者ガルドが笑う。
「帰りませんよ」
そう答えたものの、足は震えていた。
巨大な蜂の巣を思わせる入口。琥珀色の壁からは甘い香りが漂っている。
「いいか、新人。奥へ行きすぎるな」
「女王ですか」
「ああ。会ったら終わりだ」
レオンは唾を飲み込み、迷宮へ足を踏み入れた。
◇
「お花が増えてきましたねぇ」
同じ頃、迷宮最奥。
女王蜂ミエルは花壇を眺めて微笑んでいた。
金色の髪に透き通る羽。災害級魔獣とは思えない穏やかな少女だった。
「女王様」
親衛蜂が飛来する。
「侵入者です」
「あら。また冒険者さんですか?」
「そのようです」
「困りましたね」
声に怒りはない。
「追い返してあげてください」
「排除しますか?」
「しません」
「ですが侵入者です」
「怪我をさせたら駄目です」
「承知しました」
親衛蜂は少し残念そうに飛び去った。
◇
「なんだこれ……」
レオンは目を見開いた。
ダンジョンの中とは思えない花畑が広がっていた。
ガルドが呟く。
「伝説級薬草だ」
「え?」
「全部だ」
薬師ギルドが血眼になって探す希少植物が、雑草のように群生している。
その時、重い羽音が響いた。
二人は凍りつく。
人の頭ほどもある巨大な蜂が花畑の上を飛んでいた。
「終わった……」
だが蜂は襲ってこない。一周しただけで飛び去った。
「見逃された?」
「らしいな」
ガルドも困惑していた。
◇
「侵入者はどうですか?」
ミエルはお茶を飲みながら尋ねた。
「花壇を見学しています」
「そうですか」
「薬草を採ろうとしていました」
「少しくらいなら構いませんよ」
親衛蜂は沈黙した。
「女王様は優しすぎます」
「そうでしょうか?」
本当に分からないという顔でミエルは首を傾げた。
◇
探索を続けたレオンたちは巨大な広間へ辿り着いた。
中央には黄金色の液体で満たされた池がある。
「神蜜だ……」
市場に出れば小瓶ひとつで豪邸が建つ秘宝。その神蜜が池になっていた。
「どうなってるんだ、このダンジョン」
レオンの常識は崩壊しかけていた。
その時、羽音が響く。
一匹ではない。
十匹、二十匹、三十匹。
巨大蜂の群れが現れた。
「逃げろ!」
二人は全力で駆け出した。
だが追いつかれる。
終わった。
そう思った。
◇
「外へ運んでください」
ミエルは指示した。
「出口ですか?」
「はい」
「殺さなくてよろしいので?」
「駄目です」
「承知しました」
蜂たちは飛び去る。
ミエルはため息をついた。
「どうして皆さん勝手に入ってくるんでしょう」
「ここがダンジョンだからです」
「家なんですけどねぇ」
◇
レオンが目を覚ますと、迷宮の入口に寝かされていた。
隣にはガルドもいる。
傷ひとつない。
そして足元には小瓶が置かれていた。
黄金色の液体。
神蜜だった。
「……どういうことだ?」
「わからん」
本当にわからなかった。
◇
一週間後。
レオンたちの報告は王国中を駆け巡った。
黄金蜂の巣から生還したこと。
神蜜を持ち帰ったこと。
噂は尾ひれをつけて広がっていく。
女王は挑戦者を試している。
認められた者だけが秘宝を授かる。
最奥には神が住んでいる。
誰も真実を知らなかった。
◇
「最近、人が増えましたね」
ミエルは窓の外を見た。
森の入口には立派な街ができていた。
宿屋、市場、鍛冶屋、冒険者ギルド支部。
数か月前まで何もなかった場所だ。
「女王様」
探索蜂が報告する。
「村の人口が千人を超えました」
「千人?」
「来年には町になるそうです」
ミエルはしばらく黙った。
「……私は静かに暮らしたかったのですが」
「はい」
「どうしてこうなったのでしょう」
親衛蜂は少し考えて答えた。
「人気だからです」
ミエルは納得できなかった。
◇
「女王様」
数日後、探索蜂が慌ただしく飛び込んできた。
「人間が来ます」
「また冒険者さんですか?」
「いえ、貴族です」
ミエルは首を傾げた。
「貴族?」
「はい」
「何をしに来るのでしょう」
「不明です」
「困りましたねぇ」
そう言いながら、ミエルは花壇に水をやり続けた。
どうせまた何かの勘違いだろうと思った。
◇
一方その頃。
森の入口には豪華な馬車の列が到着していた。
護衛騎士たちは緊張した面持ちで周囲を警戒している。
中央の馬車から、一人の青年が降り立った。
「本当にここなのか」
「はい、閣下」
執事が頭を下げる。
「《黄金蜂の巣》でございます」
青年は巨大な巣を見上げた。
王都の名医たちですら治せなかった父の病。
だが最近になって噂が広まった。
黄金蜂の巣には万病を癒やす神蜜がある、と。
根拠はない。
ただの噂かもしれない。
それでも縋れる希望は、それしかなかった。
「たとえ命を失おうとも」
青年は迷宮の入口へ向かう。
「必ず父上を救ってみせる」
◇
その頃、迷宮最奥では。
「少し焦げましたね」
ミエルが焼き菓子を見つめていた。
「申し訳ありません」
料理蜂が頭を下げる。
「気にしないでください」
ミエルは微笑む。
自分の静かな暮らしが、また少し騒がしくなろうとしていることも知らずに。
女王蜂の家は、今日も誰かに攻略されていた。
――了
最後まで読んでいただきありがとうございました




