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曖昧な回答         :約1500文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/03/10

「……ん…………うおっ」


 夜、とあるアパートの一室。ふいに目を覚ました彼は、錆を落とすようにまばたきを繰り返した。現実と夢の境目はまだ曖昧で、視界は水の中にあるみたいに霞んでいる。干しっぱなしのシャツに棚。ぼやけた像がゆっくりと輪郭を取り戻していく――そして次の瞬間、思わず声を漏らした。

 ベッドのすぐ脇に、見知らぬ男が立っていたのだ。

 部屋を照らしているのは、カーテンの隙間から差し込む外灯の白い光だけ。男の輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。中年で頭髪は薄く、腹はわずかにせり出している。

 男は横向きに立ち、左半身をこちらに向けているため表情はよく見えない――いや、そもそも無表情のようだ。

 彼はびくりと肩を跳ねさせ、反射的にタオルケットを掴んでベッドの端へ身を寄せた。


「ゆ、幽霊……?」


 彼はかすれた声でぽつりと呟いた。すると男はゆっくりと、ほんのわずかに顔を彼のほうへ向けた。その瞬間、彼は心の底から後悔した。


 ――しまった。寝たふりをしていればよかった……!


 目を閉じ、そのまま寝ていればやり過ごせたかもしれない。だが、もう遅い。問いかけてしまった以上、今さら狸寝入りなどできない。彼は息を呑み、男から目を逸らせずにいた。

 男は無表情のまま、ゆっくりと顎を引いた。


 ――いや……どっちだ?


 それは『はい』とも『いいえ』とも取れる、曖昧な反応だった。この状況、もし本当に幽霊ならむしろまだマシかもしれない。

 彼はそう思い、そっと体を起こして男の足元に視線を落とした。

 足……あるな。脛も、足首も、指先までちゃんとある。もっとも、幽霊に足がないとは限らないが……。


「ご、強盗……?」


 彼はまたおそるおそる尋ねた。すると、男は首を斜めに傾けた。またしても微妙な反応だ。『部分的にそう』あるいは『たぶん違う』というような曖昧さだった。

 彼はちらりと窓に視線を向けた。秋の夜で風は涼しく、窓を開けたまま寝ていた。そのうえ、ここは一階だ。侵入は難しくない。網戸は閉まったままだが、入ったあとで戻したのかもしれない。


「あ、泥棒……?」


 その問いに、男は少し間を置き、今度は小さく首を横に振った。あくまでそう見えただけだが、少なくとも先ほどよりは明確な否定に思えた。


「じゃあ、酔っ払い……?」


 彼は次にそう尋ねた。徐々に寝ぼけていた頭が覚めてきた。よく見ると、男はシミの浮いた白いタンクトップに黒いハーフパンツという、生活感丸出しの格好をしている。泥棒の装いには見えない。


 ――いや、擬態してる可能性もある……か?


 男は再び首を傾げた。少し酒を飲んでいるという意味なのかもしれない。


「じゃあ、夢遊病……?」


 男はまた小さく首を横に振った。


「認知症……?」


 これにも小さく首を横に振った。


「知り合い……じゃないですよね?」


 男は首を傾げたあと、考えるように間を置き、やはり小さく首を横に振った。

 もしかすると、向こうはこちらを知っているのかもしれない。


「あの……幽霊ではないんですよね?」


 彼はさらに体を起こし、ベッドの上で膝を立てた。いつでも飛びかかれるように重心を前へ移す。ここまでのやり取りのおかげで、さっきまでの凍りつくような恐怖はだいぶ薄れていた。


 ――そうとも。幽霊なんているわけがない。ただの不審者だ。人間ならどうにかなる……。


 彼はぐっと足に力を込めた。

 男は首を傾げたあと、今度はゆっくりと体ごと彼のほうへ向き直った。


 ――あっ。


 男の右手が一瞬だけ光った。

 そこに握られていたのは、包丁だった。そして――男はゆっくりと口を開いた。


「君だろう……? 妻と不倫したのは……妻に聞いた……殺す前に……」


 一歩、男がベッドに近づいた。

 喉がひゅっと細く鳴り、彼は言葉を詰まらせるように答えた。


「え、えっと、どう、かな……た、たぶん違うような、部分的にそうというか……いや、その……あっ――」

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