表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第2ゲーム「審判の天秤」

佐藤の遺体がマスターによって引きずられていく音を、碧は目を瞑ったまま聞いていた。


ズルズルと、床を擦る重たい音。それがゆっくりと遠ざかり、厨房の扉が静かに閉まる。




かわりに残ったのは、血の匂いだった。




碧は自分の手の甲をじっと見つめた。細い指先が、小刻みに震えている。止めようとすればするほど、震えは激しくなった。




「さて。お口直しはお済みでしょうか」




マスターがカウンターの下から取り出したのは、巨大な真鍮製の天秤だった。アンティークショップの奥に眠っていそうな代物が、白いカウンターの上に据えられる。片方の皿には漆黒の分銅が乗っていた。




「第二のゲームは『審判の天秤』。制限時間十分以内に、皆様の持ち物をもう片方の皿に乗せ、この分銅と完全に釣り合わせること。誤差はプラスマイナス十グラムまで許容いたします。釣り合わなかった場合……その時点で供出量が最も少なかった方が、次の料理の『食材』となります」


「……食材ってどういう意味ですか?」


碧が震える手をかろうじて上げ、掠れた声で問う。その瞳には、最悪の予想を否定してほしいという、縋るような光が宿っていた。


「その言葉通りの意味でございます。また、あまりに不均等だった場合、全員にペナルティを与えますのでお気をつけを。では、スタート」


マスターは淡々と告げた。その瞬間、部屋を支配していた空気の温度が、一気に数度下がったような錯覚を覚えた。




------------------------------------------------------------------------


第2ゲーム「審判の天秤」ルール説明


道具 真鍮製の天秤(皿が2つ)


分銅(片方の皿に置かれている)




目的


制限時間内に、自分たちの持ち物を天秤の空いている皿に載せ、


分銅と完全に釣り合わせること。




制限時間


10分




許容誤差


±10gまで(10グラム以内のズレなら成功扱い)




手順


分銅が乗った天秤が提示される。




参加者は持ち物を出し、空いている皿に載せていく。


誰が何を出すか、どれだけ出すかは参加者の判断。


10分以内に釣り合えばゲームクリア。




結果(失敗時)


時間切れ、または許容誤差(±10g)を超えて釣り合わなかった場合


→ その時点で、供出量(出した持ち物の量)が最も少なかった者が脱落。


→ 脱落者は次の料理の「食材」になる(文字通り)。




追加ルール(注意)


供出が極端に不均等だった場合、全員にペナルティが与えられる。


------------------------------------------------------------------------




最初に動いたのは、九条だった。




「感情で喚いても、消費するのは酸素だけだ」




九条は静かに、しかし室内の空気を支配するような声で言った。その声に、場の緊張が一種の方向性を持ち始める。




「マスター。分銅の重さは」




「きっかり一キログラム――一〇〇〇グラムでございます」




九条の目が、わずかに細まった。彼の頭の中では既に計算が始まっている。




「現在の生存者は四名。単純計算で一人あたり二五〇グラムの負担。……おい、そこの君」




指が向いた先で、碧は反射的に背筋を伸ばした。




「え、は、はい……」




「そのリュック。教科書とノートが入っているな。総重量はおそらく三キロ近い」




九条の視線が碧のカバンを測るように動く。その眼差しには、人を見るというより「物体のスペックを確認する」ような無機質さがあった。




「分解して微調整に使う。一冊ずつ出せるようにしておけ。……ミカ君、そのアクセサリー類は全部で何グラムになる」




九条が次に呼びかけたのは、碧の右隣に座る橘ミカだった。




ミカの右耳に六つのピアス、左手首には銀のバングルが三本重ねられている。


「……バングルとチェーンは外せる。ピアスは全部で二十グラムくらいだと思う」


「十分だ。僕の革靴と手帳。ミカ君のアクセサリー一式。碧君の教科書の一部。これで理論上は九百五十グラムまで積める。あとは西園寺君の持ち物もある。全員が最低限の持ち物を出せば、誰かが犠牲になる必要はない」


完璧な論理。この場の誰もが望む「安全解」が提示された。


碧は、少し息ができるような気がした。


たった一人を除いては。


「……プッ」


「アハハハハ!」


西園寺麗香が、腹を抱えて笑っていた。




「ごめんなさい、九条様」麗香は笑いながら目尻を指で拭く。「あなた、本当に面白みのないお方ですわね。みんなで仲良く生き残りましょう、だなんて。……わたくし、そんな退屈なゲームに参加するつもりはありませんの」




「……あんたねぇ!」




ミカが弾かれたように立ち上がった。椅子が床を引っ掻く音が響く。




「協力しないと全員死ぬのよ!?」


「おやめなさい」九条の声が、静かに場を制した。「感情を消費している時間はない。そこの世間知らずのお嬢さん、合理的に考えたらどうだ? あなたが何も出さなければ、このままゲームが失敗し、最も供出量の少ない者が脱落する。今の状況では、それはあなただ」


「まあ」麗香は目を丸くして見せた。「ご丁寧に教えてくださって、ありがとうございます」


そして、テーブルの上に置かれたハンドバッグを、指先でつっと弾いた。弾んだそれが傾き、中身が少し溢れかける。麗香は気にも留めない。




「わたくしは、何も出しませんわ。あなたたちだけで、せいぜい頑張って調整してください」




彼女は楽しそうに首を傾けた。




「でも、不思議ですわね。どれだけ想像してみても、わたくし、自分が死ぬビジョンが全く見えませんの」




「……チッ」




九条が舌打ちした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ