第2ゲーム「審判の天秤」
佐藤の遺体がマスターによって引きずられていく音を、碧は目を瞑ったまま聞いていた。
ズルズルと、床を擦る重たい音。それがゆっくりと遠ざかり、厨房の扉が静かに閉まる。
かわりに残ったのは、血の匂いだった。
碧は自分の手の甲をじっと見つめた。細い指先が、小刻みに震えている。止めようとすればするほど、震えは激しくなった。
「さて。お口直しはお済みでしょうか」
マスターがカウンターの下から取り出したのは、巨大な真鍮製の天秤だった。アンティークショップの奥に眠っていそうな代物が、白いカウンターの上に据えられる。片方の皿には漆黒の分銅が乗っていた。
「第二のゲームは『審判の天秤』。制限時間十分以内に、皆様の持ち物をもう片方の皿に乗せ、この分銅と完全に釣り合わせること。誤差はプラスマイナス十グラムまで許容いたします。釣り合わなかった場合……その時点で供出量が最も少なかった方が、次の料理の『食材』となります」
「……食材ってどういう意味ですか?」
碧が震える手をかろうじて上げ、掠れた声で問う。その瞳には、最悪の予想を否定してほしいという、縋るような光が宿っていた。
「その言葉通りの意味でございます。また、あまりに不均等だった場合、全員にペナルティを与えますのでお気をつけを。では、スタート」
マスターは淡々と告げた。その瞬間、部屋を支配していた空気の温度が、一気に数度下がったような錯覚を覚えた。
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第2ゲーム「審判の天秤」ルール説明
道具 真鍮製の天秤(皿が2つ)
分銅(片方の皿に置かれている)
目的
制限時間内に、自分たちの持ち物を天秤の空いている皿に載せ、
分銅と完全に釣り合わせること。
制限時間
10分
許容誤差
±10gまで(10グラム以内のズレなら成功扱い)
手順
分銅が乗った天秤が提示される。
参加者は持ち物を出し、空いている皿に載せていく。
誰が何を出すか、どれだけ出すかは参加者の判断。
10分以内に釣り合えばゲームクリア。
結果(失敗時)
時間切れ、または許容誤差(±10g)を超えて釣り合わなかった場合
→ その時点で、供出量(出した持ち物の量)が最も少なかった者が脱落。
→ 脱落者は次の料理の「食材」になる(文字通り)。
追加ルール(注意)
供出が極端に不均等だった場合、全員にペナルティが与えられる。
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最初に動いたのは、九条だった。
「感情で喚いても、消費するのは酸素だけだ」
九条は静かに、しかし室内の空気を支配するような声で言った。その声に、場の緊張が一種の方向性を持ち始める。
「マスター。分銅の重さは」
「きっかり一キログラム――一〇〇〇グラムでございます」
九条の目が、わずかに細まった。彼の頭の中では既に計算が始まっている。
「現在の生存者は四名。単純計算で一人あたり二五〇グラムの負担。……おい、そこの君」
指が向いた先で、碧は反射的に背筋を伸ばした。
「え、は、はい……」
「そのリュック。教科書とノートが入っているな。総重量はおそらく三キロ近い」
九条の視線が碧のカバンを測るように動く。その眼差しには、人を見るというより「物体のスペックを確認する」ような無機質さがあった。
「分解して微調整に使う。一冊ずつ出せるようにしておけ。……ミカ君、そのアクセサリー類は全部で何グラムになる」
九条が次に呼びかけたのは、碧の右隣に座る橘ミカだった。
ミカの右耳に六つのピアス、左手首には銀のバングルが三本重ねられている。
「……バングルとチェーンは外せる。ピアスは全部で二十グラムくらいだと思う」
「十分だ。僕の革靴と手帳。ミカ君のアクセサリー一式。碧君の教科書の一部。これで理論上は九百五十グラムまで積める。あとは西園寺君の持ち物もある。全員が最低限の持ち物を出せば、誰かが犠牲になる必要はない」
完璧な論理。この場の誰もが望む「安全解」が提示された。
碧は、少し息ができるような気がした。
たった一人を除いては。
「……プッ」
「アハハハハ!」
西園寺麗香が、腹を抱えて笑っていた。
「ごめんなさい、九条様」麗香は笑いながら目尻を指で拭く。「あなた、本当に面白みのないお方ですわね。みんなで仲良く生き残りましょう、だなんて。……わたくし、そんな退屈なゲームに参加するつもりはありませんの」
「……あんたねぇ!」
ミカが弾かれたように立ち上がった。椅子が床を引っ掻く音が響く。
「協力しないと全員死ぬのよ!?」
「おやめなさい」九条の声が、静かに場を制した。「感情を消費している時間はない。そこの世間知らずのお嬢さん、合理的に考えたらどうだ? あなたが何も出さなければ、このままゲームが失敗し、最も供出量の少ない者が脱落する。今の状況では、それはあなただ」
「まあ」麗香は目を丸くして見せた。「ご丁寧に教えてくださって、ありがとうございます」
そして、テーブルの上に置かれたハンドバッグを、指先でつっと弾いた。弾んだそれが傾き、中身が少し溢れかける。麗香は気にも留めない。
「わたくしは、何も出しませんわ。あなたたちだけで、せいぜい頑張って調整してください」
彼女は楽しそうに首を傾けた。
「でも、不思議ですわね。どれだけ想像してみても、わたくし、自分が死ぬビジョンが全く見えませんの」
「……チッ」
九条が舌打ちした。




