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最終ゲーム「嘘つきの鏡」②

第二回戦

宣言者は碧だった。

碧は二枚のカードを手に取った。黒を選んだ。

宣言者の勝利条件は一致だ。麗香が黒を読んで赤を出せば不一致、麗香の勝ち。麗香が赤を読んで黒を出せば一致、碧の勝ち。

(麗香さんは動作を読む。私が何かを隠そうとすれば、隠すという動作自体を読まれる。隠すより、読ませたい情報を自然に見せる方がいい)

碧はカードの端を、人差し指でわずかに矯正する動作をした。カードの反りを直すような、自然に見える動作。意図的な、意味のない動作だった。麗香に「何かを隠している」と感じさせるための動作だった。

人は何かを隠すとき、不自然な動作をする。その不自然さを麗香が読めば、麗香は碧が赤を持っていると誤解するかもしれない。麗香が赤を読めば黒を出す。黒と黒で一致、碧の勝ちだ。

「……私は、『黒』を出します」

碧は正直に宣言した。

麗香がわずかに目を細めた。碧の動作を読もうとしている目だった。碧の指先の動き、カードを持つ手の角度、宣言するときの声の微細な変化。麗香はそれら全てを、同時に処理しているように見えた。

麗香は少し間を置いてから、カードを出した。

「開示を」

碧のカードは黒。麗香のカードも黒だった。

一致。碧の勝利。

「水無瀬様、一勝」

碧は息を吐いた。

「……面白い」麗香が言った。扇子を静かに閉じた。「あなた、わたくしの観察眼を利用しようとした。指先の動作で、何かを隠しているように見せた。わたくしはあなたが赤を持っていると読んだ。赤を読んだから逆の黒を出せば不一致で勝てると思った」

「でも私は黒を出しました」

「ええ」麗香は少しの間、碧を見た。「情報を遮断するのではなく、誤った情報を読ませた。受動的な隠蔽ではなく、能動的な誘導。……なかなかですわ」

賛辞だった。しかしその目に、油断はなかった。むしろ逆だった。麗香の目に、わずかな鋭さが加わっていた。


麗香は扇子を持ち直しながら、もう一方の手でカードをゆっくりと卓上に戻した。その動作の中で、碧はほんの一瞬、麗香の人差し指の腹に小さな赤みを見た気がした。カードの縁で擦れた跡か、あるいは光の加減か。考える間もなく、麗香の次の言葉が来た。


一勝一勝。


第三回戦

宣言者は再び麗香だった。

麗香はカードを取り、伏せた。

その動作が、今夜の最初の一手と全く同じだった。速さも、角度も、伏せた後の手の引き方も。一ミリの誤差もないような、完璧な再現だった。

碧はその一致に気づいた。

(意図的だ。第一回戦と全く同じ動作をすることで、「また同じ状況だ」と感じさせようとしている)


麗香の伏せたカードが、ランプの光の下で静かに置かれている。碧はその表面に目を走らせた。ごく微細な、何か。点のようなものが、カードの隅にあった気がした。見間違いかもしれなかった。碧はそれ以上考えなかった。


「『黒』を出しましたわ」

麗香が宣言した。

碧は止まった。

第一回戦と同じ動作。しかし宣言は「黒」で、前回は「赤」だった。

(麗香さんが同じ動作をした。第一回戦では正直に赤を出して勝った。今回も同じ動作で、今度は黒を宣言している。正直に黒を出しているとすれば、私は赤を出せば不一致で勝てる)

しかし碧はそこで立ち止まった。

(麗香さんが「同じ動作で正直に言っている」と私に読ませることを、計算しているとしたら。私が赤を出すと読んで、実は赤を出していて一致を狙っているとしたら)

(なら私は黒を出すべきだ。麗香さんが赤を出していれば黒と赤で不一致、私の勝ちだ)

碧は黒のカードに手を伸ばしかけた。

その瞬間。

麗香の目がわずかに変わった。

変化は一瞬だった。しかしそれは確かにあった。碧が黒を出そうとしていることを、感じ取ったような目だった。

碧の手が、止まった。

(読まれている)

黒に伸ばした手を止めるか、そのまま黒を出すか。止めれば「黒を出そうとしていた」という情報を与える。出せば麗香が既に黒と読んでいる可能性がある。

(どちらを選んでも、迷いは既に伝わった)

碧は黒を出した。

「開示を」

麗香のカードも黒だった。

一致。麗香の勝利。

「西園寺様、二勝」

碧の手が、膝の上でわずかに震えた。

あと一勝で、麗香がゲームクリアとなる。

「碧さん」麗香は言った。「あなた、最後の一瞬で迷いましたのね」

「……迷いました」

「最初は赤を出そうとしていた。途中で黒に変えようとした。その変化が、わたくしには見えましたわ」

「迷ったとき、どちらを選んでも読まれるということですか」

「迷いが生まれた瞬間に、その迷いが表情に出る。手に出る。呼吸に出る」麗香は静かに言った。「迷わないか、迷いを完全に消すか。どちらかしかありませんわ」

碧は麗香を見た。

麗香の言葉は、教示ではなかった。分析だった。碧の弱点を正確に言語化した、冷静な分析。その分析の精度が、碧に麗香の恐ろしさを改めて教えた。

麗香二勝、碧一勝。

次に麗香が一勝すれば、終わる。


第四回戦

宣言者は碧だった。

碧は二枚のカードを手に取った。

絶体絶命だった。このターンを落とせば、ゲームが終わる。麗香に読まれながら、麗香に勝てる手を打たなければならない。

しかし碧には、どうすれば麗香に読まれないかが分からなかった。麗香はこれまでの全てのターンで、碧の動作を正確に読んできた。決めた後の確信も、変えようとする迷いも、隠そうとする動きも、全部読まれた。

(麗香さんが読めないものは何か)


麗香がカードを伏せる直前、碧は麗香の指先を見た。今夜ずっと、麗香はカードを何度も手に取り続けていた。人差し指の腹の、紙と触れる一点。わずかに皮が荒れているように見えた。血、というほどではない。でも何か、そこに痕跡があった。碧はそれを意識の端に追いやった。今は関係ない、と。


碧はマスターを見た。

マスターはカードが置かれるたびに、静かに呼吸している。その呼吸のリズムが、麗香がカードを置くタイミングと微妙に一致していることを、碧はこのゲームが始まってから気づいていた。

意識的なものか、無意識なものか。

(麗香さんが予測をしているとき、そのリズムが安定する。予測が外れたとき、リズムが乱れる)

碧は試してみることにした。

カードを持ったまま、動かなかった。宣言を、しなかった。

沈黙が続いた。

一秒。二秒。三秒。

麗香の扇子の動きが、わずかに変わった。リズムが乱れた。碧の沈黙が、麗香の予測を外した。

五秒。六秒。七秒。

沈黙が長くなるほど、麗香の目に変化が生まれた。碧が何をしようとしているのかを、読めなくなっている目だった。

マスターの呼吸が、一瞬だけ止まった。

(今だ)

「『赤』」

碧は宣言した。正直に赤のカードを出した。

麗香が赤を読んで黒を出せば不一致、麗香の勝ち。麗香が黒を読んで赤を出せば一致、碧の勝ち。

碧は麗香に黒を読ませたかった。リズムが乱れた状態の麗香が、正直に赤と宣言した碧を前にして、「嘘だ、黒を出している」と読み違えてくれれば。

麗香の扇子が、一度大きく開いた。

麗香はカードを出した。

「開示を」

碧のカードは赤。麗香のカードも赤だった。

一致。碧の勝利。

「水無瀬様、二勝」

二勝二勝。

碧は息を吐いた。生き残った。しかし次のターンが全てを決める。

麗香はしばらく沈黙していた。扇子を閉じ、また開き、また閉じた。

「あなた、わざと間を置いた」

「はい」

「わたくしの読みのリズムを崩すために」

「麗香さんが次を予測しているとき、マスターの呼吸が一定になる。予測が外れると、一瞬止まる。間を置いてマスターの呼吸が止まった瞬間に宣言すれば、麗香さんの読みが揺らいでいる隙を突ける」

麗香は少しの間、碧を見つめた。

その目が変わった。

これまで麗香の目には、常に余裕があった。碧を観察しながら、全てを知っているような余裕が。しかしその余裕に、初めてひびが入った。

「……碧さん」

麗香の声が、いつもより低かった。

「あなた、いつの間にそこまで見えるようになりましたの」

碧は答えなかった。

麗香は扇子を静かに膝の上に置いた。思考しているような沈黙だった。これまで麗香がそういう沈黙を見せたことはなかった。碧は何かが変わったと感じた。

麗香にとって、碧はもはや読みやすい相手ではなくなっていた。

二勝二勝。次が全てを決める。

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