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最終ゲーム「嘘つきの鏡」①


佐藤が死に、ミカが死に、九条が死んだ。三人分の椅子が空になった円卓に、碧と麗香だけが向かい合っている。マスターは相変わらずカウンターの奥に立ち、琥珀色のランプが二人の顔を照らしていた。


外の雨音が、さっきより強くなっている気がした。


碧は自分の手のひらを見た。震えていない。いつの間に止まったのか分からなかった。今夜これだけのことがあって、それでも手が震えていない。それが恐ろしいことなのか、それとも正しいことなのか、碧には判断できなかった。


三つの空椅子が、無言で問いかけてくる。あなたはどうやって生き残ったのか、と。答えは出ない。運なのか、実力なのか、あるいは目の前に座るこの人の気まぐれなのか。


碧は視線を上げ、麗香を見た。


麗香は円卓の向こうで、静かに自分の爪を見ていた。指先で扇子を一度だけ叩き、それからゆっくりと碧を見返した。目が合った瞬間、唇の端がわずかに動いた。笑ったのか、あるいは別の何かなのか、碧には読めなかった。


今夜ずっと、この人のことが読めなかった。


「碧さん」


麗香の声が、静かに降ってきた。


「わたくし、嬉しいですわ」


碧は顔を上げた。


麗香は深紅のドレスをまとったまま、円卓の向こうで扇子を膝に置いていた。今夜初めて、扇子を手放した麗香の顔が、ランプの光の中に剥き出しになっていた。


「貴方のように生きた意志を持つ方と、最期まで踊れることが」


碧は麗香の目を見た。


冷たい好奇心でも、退屈した捕食者の目でもなかった。今夜ずっと、碧が見たいと思っていた何かが、その目の奥に静かに宿っていた。


(この人は、本当に嬉しいと思っているのだろうか。)


碧の内側に、小さな問いが灯った。


麗香が今夜見せてきた顔を、碧は一つひとつ思い返した。角砂糖の光の反射を静かに観察していた横顔。天秤のゲームで、結果を告げるマスターの声を聞きながら微動だにしなかった背中。そして九条が倒れた瞬間、一度だけ彼の顔を見て、それから碧へと視線を戻した目。


あの目に、悲しみはなかった。しかし無感動でもなかった。


もっと複雑な、碧には名前がつけられない何かだった。


「麗香さん」


碧は、自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。


「あなたは、どうしてこのゲームに参加したんですか? 借金なんてないように見えるのですが」


「……ほんの気まぐれですわ」


麗香はそれだけ言い、視線をマスターへと向けた。


マスターが動いた。


マスターが恭しく、二つのコーヒーカップを円卓に並べた。

四つではなく、二つ。それだけで、このゲームがこれまでと根本的に異なることが分かった。碧と麗香の二人だけのゲームだ。選択肢を読む必要がない。読む必要があるのは、目の前にいる一人の人間だけだった。


「最終ゲームを開始いたします。ルールは『嘘つきの鏡』」


マスターは卓上に、赤と黒の二枚のカードを、二組ずつ並べた。一組は碧の前に、もう一組は麗香の前に。どちらも赤一枚、黒一枚。

「ルールをご説明いたします。五回戦制、三本先取でございます。毎ターン、宣言者と受け手が交互に入れ替わります」

マスターは続けた。

「宣言者は手元の二枚から一枚を選び、色を宣言しながら伏せて出します。受け手は宣言者がどちらの色を出したかを読み、あえてその逆の色を出さなければなりません。宣言者の出した色と受け手の出した色が一致すれば宣言者の勝利。一致しなければ受け手の勝利でございます」

碧はルールを整理した。

宣言者が赤を出し、受け手も赤を出せば一致で宣言者の勝ち。宣言者が赤を出し、受け手が黒を出せば不一致で受け手の勝ち。

受け手は宣言者が何色を出したかを正確に読んで、その逆を出さなければならない。読み違えれば、意図せず一致してしまい、宣言者が勝つ。

宣言者は受け手が自分の色を読んで逆を出してくることを見越して、色を選ぶ。受け手はその意図を読んで逆を出す。

このゲームは、相手が何を出すかを読む戦いではなく、相手が何を「読むか」を読む戦いだ。

「先に三勝した方が生存。敗者には、最後の一杯をお飲みいただきます」

碧はカップを見た。二つの白磁のカップに、黒いコーヒーが満たされている。

「この『最後の一杯』には」マスターは穏やかな声で言った。「即死性の神経毒が配合されております」

碧は喉が鳴るのを感じた。

麗香は相変わらず、扇子の端で紅い唇をなぞりながら、楽しそうに盤面を見つめていた。この状況を、楽しんでいる。それが演技でないことを、碧は今夜の長い時間をかけて理解していた。

碧は麗香を改めて見た。

今夜ここに集められた四人のうち、九条は論理で戦った。ミカは直感と度胸で戦った。しかし麗香は、その両方を持ちながら、どちらにも頼らなかった。麗香が持っているのは、人間そのものを読む力だった。動作、呼吸、目線、指先のわずかな緊張。麗香はそれらを総合して、相手の思考を先読みする。

(このゲームで、その能力は最大限に発揮される)

碧は自分の手を見た。震えていた。止まらなかった。


第一回戦

宣言者は麗香だった。

麗香はゆっくりと二枚のカードを手に取り、眺めた。赤と黒。その二枚を、まるで品定めするように見比べた。


麗香がカードの縁を、人差し指の腹でゆっくりとなぞった。紙の端が鋭い。その動作を二度、三度と繰り返した。爪の際が、わずかに白くなっていた。碧はその指先を一瞬だけ見て、それから視線を上げた。


それから一枚を選び、裏返して卓上に置いた。

置く動作が、静かだった。余分な緊張がなかった。自分が何を出したかを、完全に隠す動作だった。

「宣言しますわ」

麗香は扇子を開き、口元を隠した。目だけが碧を見ている。品定めするような目だった。

「私は『赤』を出します」

碧は一瞬で思考を回した。

受け手の勝利条件は不一致だ。麗香の出した色と逆を出せばいい。問題は麗香が何を出したかだ。

麗香は「赤」と宣言した。

(正直に赤を出しているとすれば、私は黒を出せば不一致で勝てる。でもそれは麗香さんの負けだから、麗香さんが正直に言う理由がない。麗香さんは黒を出して「赤」と嘘をついている。私が「赤だ」と信じて黒を出せば、黒と黒で一致、麗香さんの勝ちだ)

(だから私は赤を出せばいい。麗香さんが黒を出していれば、赤と黒で不一致、私の勝ちだ)

碧は赤のカードを出した。麗香の宣言を嘘だと読んだ選択だった。

「開示を」

マスターがカードを捲った。麗香のカードは、赤だった。

赤と赤。一致。麗香の勝利。

「西園寺様、一勝」

碧は息を呑んだ。

麗香の宣言は正直だった。嘘ではなかった。麗香は本当に赤を出していた。

麗香の唇が、わずかに上がった。

「碧さん。あなた、わたくしが嘘をついていると思いましたのね」

「……そう読みました」

「なぜ?」

「正直に宣言する理由がないと思ったから」

麗香は扇子をゆっくりと揺らした。その動作には、余裕があった。碧が答えを出す前から、この展開を知っていたような余裕が。

「宣言者が正直に言えば、受け手は逆を出すだけで勝てる。確かに一見すると、正直に言うことは不利に見えますわ。でも」麗香は続けた。「あなたは今、わたくしが嘘をつくと決めつけて、その逆を取りに行った。わたくしが正直に言うかもしれないという可能性を、最初から排除した」

碧は答えなかった。

「疑うことで、あなたはわたくしの正直さに負けましたのよ」

その言葉が、碧の胸に刺さった。

しかし碧には、もう一つの疑問があった。

麗香が最初のターンで正直に宣言したのは、本当に「正直だったから」なのか。それとも碧が「嘘をついているはずだ」と読んで赤を出すことを、最初から計算していたのか。

(どちらにせよ、結果は同じだ。私が負けた)

麗香一勝、碧ゼロ勝。

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