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第5ゲーム 最遠距離③

第三回戦

スコアは碧と九条が一ポイントずつ。麗香がゼロ。 次にポイントを取った者が二ポイントとなり、ゲームクリアとなる。 「第三回戦を始めましょう」 マスターが新しいカップを並べた。A、B、C、D。

先に宣言したのは麗香だった。 「今回は別の手を使うと申しましたわ。言葉ではなく、行動で示しますわ。全てのカップの温度を確認させていただいてから、選択を宣言いたします」

麗香は立ち上がった。 その動作の、なんと落ち着いていたことか。死のゲームをしているとは思えない、サロンの主人が花瓶の花を確かめるような優雅さで、麗香は円卓へと歩み寄った。 Aのカップに触れた。数秒間、じっと手を当てていた。「Aは普通の温度ですわ」続いてBに触れた。「Bも普通」Cに触れた。「Cも普通」Dに触れた。

麗香の指先が、わずかに止まった。

まるで演劇の一場面のように、完璧なタイミングで。

「……Dだけ、少し温かい」

麗香はDから手を引き、全員を見回してから宣言した。 「毒はDだと思いますわ。毒がDなら最遠はA。わたくし、Aをいただきます」 宣言を終えてから、麗香はAのカップを手に取った。

九条が眼鏡を押し上げた。「……温度の差を手で確認する。物理的な観察だ」 九条は立ち上がり、残ったB・C・Dに順番に触れた。

碧も倣って触れた。BとCはほぼ同じ温度だった。Dは——確かに、わずかに温かいような気がした。 (気のせいかもしれない。でも麗香さんが言う通り、少し違う。) (いや。待て。)

碧の思考が、そこで急停止した。 (私はたった今、「麗香さんが言う通り、少し違う」と感じた。でも実際には——私がDに触れる前に、麗香さんが「Dが温かい」と言っていた。つまり私の感覚は、麗香さんの言葉によって先に歪められていた可能性がある。) (人間の皮膚感覚は驚くほど曖昧だ。0.数度の差を、素手で正確に判別することは難しい。しかも先入観がある状態では、感じたいものを感じる。) (麗香さんはそれを知っている。だから「言葉ではなく行動で」という前置きをした。行動で示すことで、私たちの感覚に先入観を植え付けた。これは言葉の誘導より一段上の操作だ。)

「僕はDをいただく」九条は宣言した。「麗香さんの行動が演技だとすれば、毒はDではない。麗香さんほどの人物が、本当に危険なカップに触れた瞬間だけ指を止めるとは考えにくい。むしろ止めて見せた、と読む。毒がDでないなら、Dは安全だ。最遠のAは麗香さんが取った。毒がA・B・Cのいずれかなら、次の端であるDが最遠になる。賭けてみる価値はある」 宣言を終えてから、九条はDのカップを手に取った。

碧にはBとCが残った。 毒がDではないなら、BもCも安全のはずだ。最遠のAは麗香が取り、Dは九条が取った。BとCのどちらを選んでもポイントは取れない。 (麗香さんの行動が本当なら、Dが毒でBもCも安全。でも九条さんは今、Dを手にしている。) (麗香さんの行動が演技なら——毒はどこか。)

碧はマスターがカップを並べた瞬間を思い出した。A・B・C・D。Cを置くとき、マスターの手袋がわずかに止まった気がした。

(もし毒がCなら——私がCを選べば、死ぬ。)

碧は自分の思考が冷えていくのを感じた。以前の自分なら、そこで止まっていたかもしれない。しかし今は違った。感情を押し込めたのではなく、感情と思考を分けて走らせることができた。

(毒がCでもDでも、私に残るBとCのどちらを選んでもポイントは取れない。麗香さんがDの温度を確認するパフォーマンスをした理由は、私と九条さんをDから遠ざけるためだ。しかし九条さんはDを取った。麗香さんの誘導は九条さんには効かなかった。) (麗香さんは今回、誰を本当に脱落させたかったのか。)

碧は自分が今、麗香の視点から盤面を眺めようとしていることに気づいた。 それは、二回戦まではしていない思考だった。

(麗香さんにとって最も都合がいいのは——毒のあるカップへ、私か九条さんのどちらかを誘導することだ。でも九条さんはDを選んだ。麗香さんの演技を半分見抜いた。私に残るのはBかC。毒がCなら、私はCを避ければいい。)

「私はBをいただきます」碧は宣言した。「麗香さんの行動が本当でも嘘でも、Bは安全だと読みます。今回はポイントを諦めて生き残ることを選びます」 宣言を終えてから、碧はBのカップを手に取った。

三人がカップを飲み干した。 「全員生存。毒はC。最遠はAでございます」 「西園寺様、一ポイント。現在のスコア、碧様一ポイント。九条様一ポイント。西園寺様一ポイント」

三者同点。

碧は息を呑んだ。毒はCだった。麗香がDを温かいと言ったのは嘘で、毒は最初からCにあった。そして麗香はAを取ってポイントを得た。 (麗香さんは私をBへ誘導した。そしてBは安全だった。私は死ななかった。) (でも、これで良かったのか。) (麗香さんは私を殺しに来たのではなく、九条さんをCへ向かわせようとしていた。九条さんに「Dを選ばせる」ことでCを空けようとした。しかし九条さんは麗香さんの演技を見抜いて、むしろDへ向かった。見事な読み合いだ。それでも麗香さんはポイントを取った。最初からそれが目的だったのか——それとも誰かを消せればそれに越したことはなかった、ということなのか。)

九条が静かに言った。「……見事な誘導だった」 麗香は扇子で口元を隠した。「お褒めの言葉、ありがとう存じます」 その言葉の裏に何があるか、碧にはまだ分からなかった。


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