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穴を掘る  作者: 常に移動する点P


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1・決壊

 今日からこの人がお母さんな、と鹿田竜也(しかだたつや)が若い女を連れて来た。息子の誠一(せいいち)は、女をサッと味気なく一瞥した。その女は、高校の二個上だった人だ。佐伯結子(さえきゆうこ)、二十二歳だ。誰とでも寝ると評判のあばずれだ。金欲しさに、数学の担任と身体の関係を持ち、バレて結子だけが退学処分となった。


「鹿田君じゃん、今日からよろしくぅ」

 甘ったるい声で、リビングのソファーにでんと居座る。

「ほら、誠一、挨拶しろや」竜也が俺は強面だ、といわんばかりに実の息子を威嚇する。

「こんにちは」

「こんにちわって、もう夜だよ。だから大学生ってズレてんだよねぇ」

 ズレてるのは一体どっちの方だ、と誠一は不満そうに二階の自室に戻ろうとする。

「それよりも、母さんなぁ、肺がんだ。もうすぐ死んじゃうから、離婚な」


 相変わらずのクズぶりを過少申告することなく、むしろ誇らしげに放つ竜也と同じ血が流れていると思うと、誠一は吐き気すら引っ込んだ。

 鹿田和美(しかだかずみ)は、末期の肺がんだ。竜也よりも先に知っている。なにが、肺がんだ。今日わかったみたいに。


 母・和美の肺がんがわかったのは半年前だった。誠一のバイト先ではアルバイトであっても健康診断が義務付けられている。家族に関しては、家族割引で受けられる。採血と検尿程度の無料健康診断とはわけが違う。腹部のエコーも、胃カメラもセットでついている。マンモグラフィーや子宮検査はオプション費用を払えば診てもらえる。


 渋る和美を説得し、誠一は母親に健康診断を受けさせた。それが仇となったというと、本末転倒だが、検査結果は思わしくなく、肺に腫瘍が見つかり、他の臓器にも転移していた。緩和ケアを望む和美に、誠一は学費用に貯めたバイト代を使って母を入院させた。


 それが、昨日のことなのだ。


 翌日、つまり今日の夜八時、竜也は若い女を連れてきて、新しい母親だと言う。和美の入院が送れたのも、竜也のせいだ。金を入れるどころか、金をせびる、盗む、奪う、挙句の果てにはその辺の高利から借りる。


 誠一のなかで、自分を保っている何かが、夜の深まりとともにしっかりと、事切れた。


 寝室で、早速結子とのセックスに溺れる竜也。手をかけるなどたやすいことだ。果てたばかりの竜也を残して、不慣れなキッチンで冷蔵庫を物色している結子がいた。上気した裸の若い女が家にいる。その不自然さよりも、今から起きる自然な衝動に、和美はどう思うだろうと誠一は心を震わせた。


 母の仇ではない、自分の仇なのだ。自分への決着を、今日、ここで。誠一は22cm径の使い込んだフライパンを手に取る。油の臭いが後ろからついてくる。


 寝室の扉を勢いよく引き開ける。起きてきたらそれで迎撃する。反撃の機会は与えない。誠一の覚悟が扉の開け方ひとつに現れる。

 

 うつ伏せで鼾をかいて寝入る竜也を何度も打ち付けた。不思議と血しぶきが出ない。もともと隆起しぎみの竜也の後頭部が平らにならされる。短く刈り込んだ頭髪がこびり付いたフライパン底の油に引きはがされる。


 痙攣する竜也に間髪入れず、そのまま、枕にかぶせられたタオルで締め上げ、呼吸を奪う。手足が震え、「ゴ、ガッ」と誤嚥したかのような最後の生存音を鳴らして、とどめを刺した。窒息死させた。


 わずか10分にも満たない復讐だった。そのあっけなさに誠一は物足りなさそうに、もう一度タオルで締めあげた。寝室の扉をあけたまま、結子が立っていた。リビング側からの灯りで逆光となり、表情はわからない。


 誠一の目が慣れてきた頃、結子は賞味期限切れの魚肉ソーセージの留め具を口でしごき開けて、かぶりついていた。おもむろに、誠一はそのソーセージを投げ捨て、そのまま結子の口の中へ、湿った自分のそれで塞いだ。



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