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闇の胎動

「……レオン、こっちよ。この壁の向こうから、何か……泣き声のようなものが聞こえるの」


学園の地下深く、忘れ去られた旧校舎の貯蔵庫。私――ユナは、湿った空気の中で胸の鼓動が早まるのを感じていた。 隣で魔導ランタンを掲げるレオンも、険しい表情で周囲を警戒している。 「禁書区で見つけた古地図が正しければ、この先は現役の魔導院直轄のエリアに繋がっているはずだ。……学園の敷地内に、これほど広大な『空白地帯』があるなんてな」


私が壁に手を触れた瞬間、指先から冷たい泥のような感情が流れ込んできた。 〈心詠魔法〉が、私の意志とは無関係に周囲の情念を拾い上げる。 (――寒い、重い、光がほしい、私は……私は「304号」じゃない、名前が……)


「っ……!!」


あまりの衝撃に膝を突きそうになった私を、レオンが抱きとめた。 「ユナ! 大丈夫か!?」


「……レオン、この先にあるのは、ただの倉庫じゃないわ。……命が、切り刻まれている。数千年前、カイル様が第5話の記録に残していたあの惨劇が、今もここで……いえ、もっと酷い形で繰り返されている!」


隠し扉の先、私たちが目にしたのは、無数の魔導管に繋がれた幼い神獣たちと、その傍らで「処理」を待つノクス族の子供たちだった。 彼らの手首には、名前の代わりに管理番号が刻印され、その瞳からは生きる気力が根こそぎ奪われている。


中央の大型槽には、人工的に合成されたと思わしき「模造神獣」が脈打っていた。 それは、本来共鳴し合うはずの異なる魂を、無理やり一つに繋ぎ合わせた醜悪な肉の塊。 「……効率のためなら、魂の形さえ弄ぶというのか」 レオンの声が、怒りで低く震える。彼の拳が、石造りの壁を叩き、鈍い音を立てた。


その時、闇の奥から規則正しい靴音が響いた。 「……おや。迷い込んだネズミがいると思えば、まさか第二王子殿下と、例の『名無し』の娘とは」


現れたのは、冷徹な笑みを浮かべた学園の教官、ヴァイスだった。彼の背後には、感情を失った魔導兵たちが音もなく控えている。 「これはこれは。教育の一環としてお見せするには、少々刺激が強すぎましたかな? ですが、これがこの世界の『真理』ですよ。少数の犠牲コストが、多数の繁栄リターンを生む。帝国を支えるための、完璧な算術だ」


「算術……? 命を計算式に当てはめるのが、あんたたちの魔法かよ!」 レオンが一歩前に出る。その拳から、隠しきれない闘志が陽炎のように立ち上る。


「逃げなさい、ユナ。ここは俺が止める」 「いいえ、レオン。私も戦うわ。……あの子たちの消えかけた『名前』を、ここで終わらせるわけにはいかない!」


私の叫びに呼応するように、槽の中の神獣たちが微かに反応した。 数千年前、カイルが残した「反逆の種」が、私の声を通じて目醒めようとしている。 闇に閉ざされた地下で、初めて「秩序」への明確な反旗が翻った。


この日、私たちは知ったのだ。 自分たちが戦うべき相手は、単なる個人ではない。 数千年の間、この世界を縛り続けてきた「命を消費する理」そのものなのだと。

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