月下の誓い
深夜の学園禁書区。月光が、ステンドグラスの破片のような光を床に落としている。 埃っぽい空気の中で、私――ユナとレオンは、カイルが遺したとされる古びた羊皮紙を囲んでいた。
「……やっぱり、読めない。文字が、生きているみたいに動いて……」
私はため息をつき、本を閉じた。指先に残るインクの匂いが、焦燥感を煽る。 「私の〈心詠魔法〉でも、この『真意』までは届かない。カイル様は一体、何を私たちに伝えたかったのかしら」
隣に座るレオンは、黙って自分の拳を見つめていた。 第4話から数ヶ月。彼の拳には、木人を叩き続けたことで出来た消えない痣と、硬い蛸ができている。
「ユナ。……俺は、ずっと怖かった」
レオンが、絞り出すような声で言った。 「魔法が使えない俺は、この国では『透明な存在』だ。誰からも期待されず、ただアルヴェンハルトの血を汚さないことだけを求められる。……名前はあるのに、中身が空っぽな気がしてさ」
「レオン……」
「でも、お前は違った。名前を奪われて、居場所さえ失くしたのに、お前は自分の『声』を探そうとしてる。……禁書区で初めて会った時、お前の瞳を見て、俺は自分の情けなさが嫌になったんだ。……オレも、お前みたいに、自分の足で立ちたいって思った」
月光に照らされたレオンの横顔は、いつもの不遜な態度とは裏腹に、迷子のような危うさを孕んでいた。 私は、気づけば彼の傷だらけの手を、そっと握りしめていた。
「レオン、私だって怖い。……ノクシア(奪われた者)なんて呼ばれて、本当の自分が誰なのか分からなくなる夜があるわ。でも、あなたが隣にいてくれるから、私は『ユナ』でいられるの。魔法が使えなくても、あなたが私を守ってくれるから、私は前を向ける」
レオンの手が、微かに震えた。 「……ユナ。俺は魔法で世界を照らすことはできない。だが、この拳でお前の行く手を阻む壁をぶち抜くことはできる。……誓うよ。お前が自分の名前を取り戻すその日まで、俺はお前の盾になり、剣になる」
「私も誓うわ。あなたの拳が、誰かを守るための『王の力』であることを、私が魔法で証明してみせる」
二人の手が、月光の下で固く結ばれる。 それは甘い恋の約束というよりは、戦場を共にする戦友の、魂の契約に近かった。
「……カイルの『問い』の答え、絶対に見つけてやろうぜ。二人でな」
レオンが照れくさそうに笑い、私の手を引き寄せる。 その胸に耳を当てると、第4話でカイルが言った通り、鼓動が力強いリズムで「生」を叫んでいた。
私たちが求めているのは、与えられた栄光じゃない。 自分たちの手で掴み取る、誇りある「名前」だ。 静まり返った書庫の中で、二人の想いは一つの「共鳴」となり、未来へと続く微かな光を灯した。




