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その名はレオン

「……はぁ、……はぁ、……っ!!」


王都の華やかな喧騒から切り離された、旧演習場の片隅。夕闇がすべてを塗りつぶそうとする中、一人の少年が血の匂いの混じる呼気を吐き出していた。 彼の名はレオン・アルヴェンハルト。帝国の第二王子。だが、その肩書きは彼にとって、首を絞める鉄の鎖でしかなかった。


この国において、魔力量は「魂の格」そのものだ。第一王子である兄が華麗な広域殲滅魔法を操る傍らで、レオンに与えられたのは、小さな火を灯すことすらままならない空っぽの魔力回路だった。 「無能の皇子」「アルヴェンハルトの汚点」。 背後で囁かれる嘲笑を振り払うように、彼は素手で、硬質な黒樹の木人に拳を叩きつけ続けていた。


拳の皮は剥け、肉が露出し、流れ出した血が木人を赤黒く染めている。だが、レオンは止まらない。止まれば、自分が何者でもなくなってしまう恐怖に飲み込まれそうだったからだ。


「……魔法を否定し、肉体にのみ縋るか。合理的とは言えんが、執念だけは認めてやろう」


静かな声が、大気を震わせた。 レオンは反射的に構えたが、全身の疲労で膝が折れかける。視線の先に立っていたのは、数日前から城下で噂になっていた異端の賢者、カイルだった。


「……アンタ、何の用だ。オレを笑いに来たんなら、よそへ行ってくれ。王族が土を弄り、拳を振るうのがそんなに滑稽かよ」


レオンは腫れ上がった拳を隠すように強く握りしめた。だが、カイルの瞳に侮蔑の色はなかった。彼は無造作に歩み寄ると、レオンが叩き続けていた木人の表面に指を触れた。


「滑稽? まさか。魔法とは、あらかじめ決められた『数式』にエネルギーを流し込む作業に過ぎん。だが拳は違う。己の骨を削り、痛みを対価にして、世界の理に直接『問い』を叩きつける行為だ。お前は、誰よりもこの世界の不条理に問いかけている。そうだろう、レオン?」


「……問い……?」


「そうだ。なぜ俺には力がないのか。なぜ血筋だけで価値が決まるのか。……その行き場のない怒りを、お前は拳に凝縮している。だが、今のままではただの自傷だ。お前は自分を壊そうとしているだけで、世界を変えようとはしていない」


カイルはレオンの正面に立ち、その鋭い視線で少年の魂を射抜いた。 「いいか。本当の『王』とは、高い玉座から民を見下ろす者ではない。誰よりも先に泥を啜り、痛みを分かち合い、絶望の淵でなお『道はここにある』と背中で示す者のことだ。魔法という既製品に頼らず、剥き出しの拳で運命に抗おうとするお前には、その資質がある」


カイルが、レオンの傷だらけの拳を優しく、だが力強く包み込んだ。 その瞬間、レオンの脳内に、言葉ではない「意志」が直接流れ込んできた。それは、数千年の孤独を耐え抜いた男だけが持つ、圧倒的な存在の重みだった。


「名前という『記号』に縛られるな。お前の名は、お前自身の生き様で定義しろ。……レオン、俺がお前に『問い』の立て方を教えてやる。この歪んだ帝国を、その拳で内側からぶち破るための力をな」


少年の瞳から、絶望の濁りが消えていく。 初めて自分を「王子」としてではなく「一人の男」として認めてくれた存在。その温もりに、レオンは震える声で応えた。


「……ああ。教えてくれ、カイル。オレが、オレであるための戦い方を」


夕闇が完全に世界を支配した時、そこには二人の影があった。 魔法という偽りの光が照らす王国の陰で、後に世界を揺るがす「覇王の拳」が、静かに、だが確実に産声を上げた瞬間だった。

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