深淵の共鳴
学園の地下、最下層へと続く階段は、降りるごとに温度を失い、代わりにねっとりとした死の気配が濃くなっていく。 そこは「沈黙の回廊」――数千年前、帝国が禁忌とした技術を隠蔽し、使い潰された神獣たちの魂を棄てた場所だった。
「……ここよ。私の家門が、代々『管理』を任されてきた禁域」
背後から震える声が響く。セリスが振り返ると、そこには彼を追ってきたリュミエールが立っていた。彼女の掲げる光の魔法は、この場所の濃密な闇に押し潰され、今にも消え入りそうに細くなっている。
「……ついてくるなと言ったはずだ。あんたのような『光』が、見ていい場所じゃない」
セリスは吐き捨てるように言い、腐食した巨大な鉄扉を左腕で押し開いた。 扉の向こうに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。 巨大な魔導容器の中に浮かぶ、異形に変えられた神獣の残骸。それらから伸びる無数の管が、学園の、そして帝都の繁栄を支える魔力供給源へと繋がっている。
「これが……帝国の真実か。神の獣を苗床にし、その悲鳴をエネルギーに変えて、あんたたちは優雅に魔法の勉強をしてたってわけだ」
「嘘……こんなの、間違ってるわ。神獣は聖なる存在で、私たちはその守護者だと教えられてきたのに……!」
リュミエールがその場に崩れ落ちる。 だが、セリスに彼女を慰める言葉などなかった。彼の左腕にある〈虚問の印〉が、容器の中に閉じ込められた神獣たちの「憎悪」に共鳴し、かつてないほど激しく疼き出したからだ。
「が……っ、あ、ああああ!!」
セリスは壁に手をつき、のたうち回る。 左腕の包帯が焼け切れ、中から剥き出しになった漆黒の皮膚が、周囲の闇を際限なく吸い込み始めた。それは食事ではない。数千年にわたって蓄積された「拒絶」の感情が、同じ拒絶の器であるセリスへと流れ込んでいるのだ。
「セリス君! 待って、その闇に飲み込まれないで!」
リュミエールが必死に彼の手を取ろうとする。 だが、セリスが顔を上げた時、その瞳からは感情が消え、底知れぬ虚無が広がっていた。
「……聞こえるか、リュミエール。こいつらの声が。『なぜ自分たちだけが奪われるのか』『なぜ自分たちの名前は消されたのか』……その問いに、あんたはどう答える?」
「それは……私は……」
「答えなんてねえんだよ。だから、オレがすべてを終わらせてやる。否定して、消去して、何もなかったことに戻す。それが、オレに与えられた唯一の名前だ」
セリスの体から溢れ出した闇が、実験場を侵食していく。 その時、回廊の奥からさらに深い闇――大導師ヴァルディウスの監視の目が、冷たく彼らを見据えた。 ユナたちが地上で光を繋ごうとする裏側で、セリスは独り、世界の底に溜まった泥をすべて引き受けようとしていた。
「来るな。……ここから先は、オレと、オレを呪ったこの歴史との対話だ」
セリスは光を拒絶し、さらに深い闇の奥へと足を踏み入れた。 背後でリュミエールが叫ぶ声さえ、今の彼の耳には、遠い世界の出来事のようにしか聞こえなかった。




