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離別と決意

王都エルディアを望む北の峠。 吹き抜ける風には、すでに帝国の軍靴の響きと、焦熱の魔導兵器が放つ錆びた鉄の匂いが混じっていた。


「……ここまでだ、ユナ。オレは、ここから王都へ戻る」


レオンの言葉に、私は足を止めた。心臓が冷たく跳ねる。 「何を言ってるの、レオン? 王都は今、ヴァルディウスの支配下にあるのよ。今戻れば、あなたは反逆者として、殺されるか、一生牢獄に……!」


「わかってる。だが、このまま二人で逃げ回っていても、いつか追い詰められるだけだ」


レオンは振り返り、真っ直ぐに私の瞳を見つめた。その瞳には、かつて演習場で自暴自棄に拳を振るっていた頃の迷いは、微塵もなかった。


「ユナ、お前にはやるべきことがある。カイル様が遺した『真理の剣』を覚醒させ、奪われた名前の力を世界に届ける……それは、お前にしかできない、希望の戦いだ。……そして、オレにしかできないこともある」


レオンは、自分の傷だらけの拳を強く握りしめた。 「オレはアルヴェンハルトの血を引く王子だ。たとえ『無能』と呼ばれていようとな。……オレが王宮の内側に潜り込み、帝国の防衛網を内側から揺さぶる。軍の一部には、今の歪んだ秩序に疑問を持つ奴らもいるはずだ。オレは、そいつらを束ねる『旗』にならなきゃならないんだ」


「そんなの、危険すぎるわ! もし見つかったら、あなたは……!」


「信じてくれ、ユナ」


レオンが私の肩を強く掴んだ。その手の熱さに、私は言葉を失う。 「お前が『光』として表舞台に立つ時、オレがその足元を支える『影』になる。……第8話で誓っただろ。オレはお前の盾になり、剣になると。その誓いを果たすために、オレはオレの戦場へ行くんだ」


レオンは懐から、古い紋章が入ったペンダントを取り出し、私の手に握らせた。王族の証であり、彼がかつて何よりも嫌悪していた「血筋」の象徴。


「これを預かっておいてくれ。……次に会う時は、こんなガラクタに価値がない、誰もが自分の名前を誇れる世界にしてみせる。……だから、泣くな。オレの信じた『聖女』は、そんな顔をしないはずだ」


レオンの指先が、私の涙をそっと拭う。 私は、彼の熱が残るペンダントを胸に抱き、溢れ出す嗚咽を飲み込んだ。彼を止めることは、彼の覚悟を汚すことだと悟ったから。


「……レオン。約束して。必ず、生きて再会すると。あなたがいない世界なんて、私は……!」


「ああ。お前の歌が世界に響く時、オレは必ずお前の隣に駆けつける。……それまで、預けておくぜ。オレの命も、魂も」


レオンは一度だけ、壊れ物を扱うように優しく私を抱きしめた。 その直後、未練を断切るように背を向け、赤く染まった王都の方角へと駆け出していった。その背中は、第4話でカイルが語った「泥を啜り、道を切り拓く真の王」の威厳を、確かに纏っていた。


私は、彼の影が見えなくなるまで見送った後、逆の方向――「境界の森」へと走り出した。 胸に抱いたペンダントが、走る鼓動に合わせて熱く脈動している。


この別れは、終わりじゃない。 私たちが、それぞれの場所で自分自身の「名前」を証明し、再び並んで歩くための、戦いの始まりなのだから。

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