死神の眼差し
帝都の片隅、光の届かない廃聖堂の影。オレ――セリスは、ぼろぼろのフードを深く被り、追っ手たちの死体の山を見下ろしていた。 彼らを殺したのはオレの剣じゃない。左腕に刻まれた、この忌々しい〈虚問の印〉だ。
オレが感情を昂ぶらせれば、闇は勝手に溢れ出す。触れた者の魔力を枯らし、存在の根源を「無」へと削り取る。抵抗する間もなく、彼らはただの動かない肉塊へと変わった。
「……ひ、人殺し……っ! この死神め!」
生き残った一人の兵士が、腰を抜かしながら叫ぶ。 「死神」か。聞き飽きた言葉だ。 だが、その言葉が胸に刺さるたび、オレの脳裏には決まって「あの日」の光景がフラッシュバックする。
かつてオレにも、名前を呼んでくれる家族がいた。貧しいながらも、笑い声の絶えない小さな村。 だが、ある日突然、オレの中に眠っていた「虚無」が暴走したんだ。 母さんがオレの頬を撫でようとした、その瞬間に。 温かかったその手は、オレの闇に触れた途端に黒く腐り、彼女は悲鳴を上げる暇もなく、塵となって消えていった。
オレは、愛する人を自分の手で「消去」してしまった。 以来、オレにとって他人と触れ合うことは、すなわち相手を殺すことと同義になった。
「……そうだ。オレは死神だよ。だから、さっさと失せろ」
兵士が逃げ去るのを見届け、オレは壁に背中を預けて崩れ落ちた。 左腕の印が、血管を焼くように熱い。ヴァルディウスという男に拾われ、「兵器」として育てられた日々。そこには愛も対話もなかった。ただ、オレという虚無を使って、邪魔なものを消し去るだけの毎日。
(カイル……。あんたは、何のためにこんな呪いを遺したんだよ)
第15話で、カイルという男が虚無を「問い」として受け入れたなんて、今のオレにはお伽話にすら聞こえない。 こんな力に、どんな意味がある? 壊すことしかできないこの腕に、どんな未来があるっていうんだ。
その時、遠くで眩しい光が弾けるのが見えた。 ユナの光だ。 彼女は、奪われた名前を取り戻し、世界を肯定するためにその力を使っている。 眩しくて、吐き気がするほどに清らかな光。
「……光があれば、影ができる。あいつが光なら、オレは……」
オレは、震える左腕を強く抱きしめた。 近づけば壊してしまう。触れれば消してしまう。 それでも、あの日母さんが見せた最期の「慈しみ」に似た光を、オレは心のどこかで求めていた。
セリスは立ち上がり、光とは逆の、より深い闇の中へと足を踏み出した。 それは、彼が「共鳴」を知るまでの、あまりにも孤独で痛々しい拒絶の旋律だった。




